「男でも女でもない」と蔑まれたチベットの修道僧が、スターになるまで

    マリコ、20歳。LGBTのスターがいないチベットで、おそらく一番の人気を誇るスターになった。

    2015年、テンジン・マリコは、インドのダラムサラで開催された「ミス・チベットコンテスト」にパフォーマーとして出演することを決めた。

    初めて立つ公のステージ。彼女はブーイングを受けて、すぐさま舞台から引きずり下ろされるのではないかと恐れていた。

    なぜか。それは彼女がチベットで初めてトランスジェンダーであることを公表した女性だからだ。

    「男でも女でもない」と蔑まれた1年後…

    ほんの1年前、マリコはチベットの修道僧だった。だが、ニューデリーで開かれた友人の結婚式で、女性の服を着てかつらをかぶり、自由気ままに踊っている動画がSNS上で拡散。世間からさんざん嘲笑された。

    マリコは「動画に写っているのは自分ではない」と否定したが、故郷ダラムサラの人々は「修道僧として不適切な行いだ」と彼女を批難。「男でも女でもない」という意味でトランスジェンダーに向けられる蔑称(”Pholo-molo”)を使い、彼女を侮辱した。

    近所の人たちは「子どもの行動に目が行き届いていない」と、マリコの両親を責めた。

    だがその1年後、マリコは白のノースリーブに緑色のロングスカート、ハイヒールという艶やかな姿で同じ観衆の前に立っていた。

    数カ月前に正式に仏道をやめ、親しい友達や家族に自分がトランスジェンダーであることを打ち明けた彼女は、もう隠れたくない、さらに広いチベットのコミュニティに出たいと思っていた。それも、自分が愛するダンスを通じて。

    緊張してはいたが、心の準備はできていた。驚いたことに、観衆も同じ心持ちだった。

    彼女は初めて立ったそのステージで、ボリウッド映画のヒットメドレーに合わせて舞った。

    「本当は卵やトマトが飛んでくるんじゃないかと思っていました。なのに舞台に出た途端、会場全体が沸き上がり、踊り終えるとみんなが『アンコール』と叫んでいました。その夜はとても良い気分でした。ほっとしました」

    20歳になったマリコはいま、メイクアップ・アーティストをめざすダンサーだ。マリコが登場するまでLGBTのスターがいなかったチベットで、おそらく一番の人気を誇るスターになった。

    男5人兄弟の4男、9歳で仏教の道へ

    マリコの本名は、テンジン・ウゲン。インド北部のヒマーチャル・プラデーシュ州のビールという村の出身で、両親は地元のチベット人の学校で働く教師。男5人兄弟の4男として生まれた。

    9歳のとき、弟と一緒にダージリンにある僧院に送られた。4年後、修道僧としてさらに勉強を深めるために2人はネパールのカトマンズへ。16歳で僧院を出てダラムサラに帰った。彼女が変わり始めたのは、この頃からだ。

    子どもの頃からよく母の化粧品をこっそり使ったり、母の服を着たりして叱られていた。修道僧になっても、彼女は「女性らしく」見せる努力をやめなかった。安い粉おしろいを顔にはたき、リップクリームで唇を輝かせていた彼女は、数多いる修道僧の中でもひときわ目立つ存在だった。

    「ほかの僧たちは私のことを『ani(尼僧)』と呼んでいましたが、気にしたことはありません。お化粧するのが大好きだったので、それを正当化するためのありとあらゆるくだらない言い訳を考えたものです」とマリコは微笑む。

    2014年に動画がネットで批判を浴びてすぐに、マリコは修道僧をやめた。家族は当初、「女性になる」という彼女の選択に反対したが、ついには折れた。

    「父にはよく『男に生まれたのだから、男らしくしなさい』と言われました。でも、父に言ったんです。もう男の子として生きるのはイヤ。女の子になりたい、と」

    さらに、「チベット人で初めてのトランスジェンダーとしてみんなに知ってもらえるのはうれしいです」とマリコは続ける。

    「有名人になれたからではなく、私の存在が広く知られたおかげで、ほんのちょっとでも他のトランスジェンダーたちもカミングアウトするできたからです」

    各地で講演、宗教的リーダーらとも対談

    いま、何千人ものチベット人の若者たちが、SNSでマリコをフォローしている。その数はFacebookとInstagramを合わせて2万2000人。だが、彼女を受け入れたのは若者たちだけではない。

    「チベット女性協会」や「チベット青年会議」をはじめとする様々な団体がマリコに講演を依頼し、今ではチベットで開催されるさまざまなイベントの常連に。他にもインド各地のステージでパフォーマンスを披露している。

    「彼女の勇気を心から賞賛します。彼女はトランスジェンダーにとってだけではなく、すべてのチベット人に勇気を与える存在なのです」と、世界中に3万人のメンバーを誇るチベット青年会議の情報書記を務めるツェワン・ドルマ氏は語る。

    さらに彼女がチベットで受け入れられたことを示すもっとも顕著な証は、宗教指導者たちの反応だろう。それも、非常に宗教的なチベット社会の最上層部にいる人々の。

    ここ2年の間に、彼女は多数の高名なチベット仏教指導者たちとプライベートな席で会う機会を許されてきた。その中には、チベット仏教でダライ・ラマに次ぐ高位のカルマパもいた。

    「本当にありがたい、幸せなことだと感じます」。ネパールのカトマンズからビデオ電話で取材に答えたマリコは、そう語った。「先日もチベット仏教の高僧、ツォクニ・リンポチェ氏にお会いする機会がありました。彼は私が良い働きをしているから応援する、と言ってくださいました」

    なぜチベットは彼女を受け入れたのか

    マリコに対する人々の認識を変えたものはなにか。それは彼女自身ですら説明できない。

    マリコの答えは「修道僧をやめたから」だ。それまでは「女性の格好をするなんて修道僧としての誓いを冒涜している」と憤慨されていた、つまり、彼女がトランスジェンダーであることではなく、僧服を着たまま性を変えることが問題だったのだとマリコは考える。

    だが、この説明では甘いかもしれない。なぜなら、チベットで暮らすトランスジェンダーやゲイの大多数は、今でも公的な場で本当の自分を偽り、姿を隠し続けているからだ。

    また、仏教指導者たちがマリコを認めたとはいえ、仏教の経典では「トランスジェンダー」という言葉が、常に否定的な意味を持ってきたことも事実だ。

    チベット研究者で、自身も修道僧だったタシ・ガンデン氏は、13世紀のチベット語の辞書でトランスジェンダーを表す「maning」という言葉が「生殖器に欠陥を持つ人」と定義されていることを指摘する。

    ガンデン氏は「この定義は他の宗教の経典などから引用してきており、トランスジェンダーに向けられた否定を示唆するものです」と説明。さらに、僧院に入る前に「自分はmaningではない」と宣言しなければならないことも、トランスジェンダーに対する差別的な態度を示すものだという。

    チベット人に多大な影響力を持つダライ・ラマも、公には同性愛を非難していないものの、2014年に行われたインタビューで「各宗教は『性的不品行』に対してそれぞれの定義をしており、信者たちはそうした行為に関わるべきではない」と語っている。

    だが、マリコにはコミュニティよりも大切なのものがある。家族によるサポートだ。

    「みんな、コミュニティより家族がどう反応するかを恐れていると思います」と彼女は言う。「幸いにも私の家族は協力的です」

    また、他の修道僧から外見をからかわれていたにもかかわらず、僧院時代の経験は辛い記憶ではないともマリコは言う。むしろ、彼女は修道僧としての経験が自分を今の人間に変えてくれたと考えている。

    「僧院ではどうすれば良い人間になれるかを学びました。修道僧になっていなかったら、今の自分のような成熟した思慮深い人間にはなれなかったでしょう」

    「ファンをがっかりさせたくないから」

    最近の彼女は、インド中を飛び回ってショーに出る生活を送っている。ダンスのほかにメイクアップとスタイリングにも情熱を持ち、2016年にはニューデリーのスタジオで短期のメイクアップコースを修了。将来はファッション業界で成功したいと願っている。

    マリコのInstagramを見ればすぐに、彼女が自分の外見にどれほど手をかけているかがよくわかる。みすぼらしい服装や、格好悪いスタイルの写真はひとつもない。

    すっぴんで出かけたいと思うときもあると認めるものの、期待してくれているファンのことを考えると…とマリコは語る。「私の姿を見て喜んでくれる人たちに、 SNSに載っているマリコと違う姿を見せてがっかりさせたくないのです」

    マリコの外見は女性そのものだが、「自然に女性的な容貌に恵まれたから」と、ホルモンは摂取していない。それでも、手術代を払えるようになったら性転換手術はしたいという。

    最後に聞いた「いつかビューティー・コンテストに出たい?」という質問に対して、彼女は強くてたくましい、「マリコらしい」答えをくれた。

    「私は“マリコ”であるだけで、すでに多くのファンに愛されています。だから、これ以上の“栄冠”はもういらないかな?」


    Tsering D Gurung is a freelance journalist based in New York City. Follow her on Twitter @TseringDolkerG

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:浅野美抄子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan