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「サラリーマン教師」じゃダメですか? 無駄な忙しさに疲弊する小学校教諭のつぶやき

子どもたちをのびのび育てたい。そんな目標を掲げる教員が、忙しさに追われている。業務効率化とはほど遠い現場で、何が起きているのか。

子どもたちが下校した放課後、職員室に戻ると、約30人分のテストやプリントが、机に山積みになっている。

ここからが、1日の仕事の第2ラウンドだ。小学校の女性教員のAさん(40代)は、気を引き締める。

先回りして情報提供

今日は算数を丁寧にみることにしよう。丸をつけ、点数を控える。翌日の授業のために教材や指導法を予習する。その後、別のクラス担任と打ち合わせ、授業で使うプリントを共有する。

あ、今日は校務分掌の会議が入っていた。定時に帰るのは無理かな......。だったら、保護者に電話を1本だけ入れておこう。さっき友達とケンカをしたB君のお母さんは、午後6時すぎなら帰宅しているはずだ。

保護者が不安を感じる前に、先回りして情報提供する。20年近い教員生活で身につけた、保護者対応の極意だ。

「教師は人気商売ですよ」

BuzzFeed Newsにこう漏らしたAさんは、関東地方のある小学校で、高学年の担任をしている正規採用教員だ。ベテランだが、クラス替え直後の4月、5月は特に気を抜けない。最近はママ友同士のLINEで、新しい担任の評判があっという間に広まるからだ。

1時間の授業に1時間の準備

定められている勤務時間は、午前8時15分から午後4時45分。Aさんは課外活動の顧問をしており、朝7時半には出勤している。定時で帰る目標がかなわない日もあるが、遅くとも午後6時には学校を出るようにしている。

学校にいるのは約10時間半。給食の時間や休み時間も子どもの様子を見守り、息つく暇がない。専科教員ではないので、6時間授業なら6時間、まるまる教壇に立つ日もある。

1時間の授業をするためには、1時間の準備が必要だとされている。経験が長いAさんは手早く済ませられるようになってきたとはいえ、学習指導要領の改定などで、一から準備せざるをえないこともある。

「中学校の先生の部活動による負担ばかりが問題視されていますが、小学校の教員は部活なんてとてもできませんよ。この多忙感、どうにかしてほしい」

保護者ウケするノート

Aさんは一般企業で働いた経験があり、業務の効率化を意識している。だが、毎日午後9時10時まで残業をしている同僚の教員もいる。

「子どものノートを全部チェックして、一人ひとりに丁寧にコメントを書いている。すごいなーと思います。保護者ウケはするんじゃないですかね」

Aさんは、教員が丸つけをすると、子どもが間違いを見つける力を身につけられないと考えている。丸つけは子どもにさせ、丸つけが終わったノートを回収してチェック。「ここは丸がついているけど違うよ」という指摘をする。

丁寧に丸つけをする教員も、丸つけをしない教員も、それぞれのやり方であり、どれが正解というわけではない。上司である校長から指導されることもない。

「基本的にひとり親方。それぞれの美学があって、他の教員にあれこれ言われるのはみんなイヤなんです」

生活指導もそうだ。Aさんは、挨拶やマナーを厳しく指導するタイプ。地道な努力で得られる「成果」は、子どもの成長や自立という、非常に見えづらいものでしかない。

その結果、職員室に長時間いる教員が、なんとなく「頑張っている」と周囲から称賛される雰囲気ができあがってしまう。子どものために割く時間が長く、払う犠牲が多い、昔ながらの熱血教師こそ「仕事ができる先生」とみられる構図になってしまうのだ。

すべては「子どものために」

残業規制や業務の効率化とはほど遠く感じられる、教員の働き方。

「学校は、仕事を増やすことはできるが、減らすことややめることができない」と、Aさんは指摘する。例えば、昨年やっていた行事を今年はより充実させます、ということはできても、やめます、というためには教育委員会や地域住民、保護者など各方面にお断りをしなければならない。

「そういう時、やめないための決まり文句が『子どものために』。たいていの業務改善案は、この一言で封じられますね」

東京都の区立小学校で非常勤講師をしている鈴木茂義さん(39)はブログで、小学校教員は決められた休憩時間を取れない、と仕事ぶりの実態を明かした。

毎年、約5000人の教職員が精神疾患によって病気休職をしているという文部科学省の調査を紹介し、「私も病気休職を意識したことがあります」と書いている。

翌日のクラスや授業のことが不安になり、心配する気持ちばかりが大きくなりました。

夜はなかなか眠れなくなり、眠れたとしても、夜中の2時や3時に目が覚めてしまうこともありました。

鈴木さんは持ちこたえたが、教員が日々の多忙感に押しつぶされそうになる理由の一つに、長期的なキャリア展望を描きづらいという事情がある。

「副社長」は雑用係

現場教員のキャリアのトップは、校長。その下の管理職は副校長だ。

Aさんによると、校長は「社長」、副校長は「副社長」という隠語で呼ばれている。

「一般の企業だとありえないでしょうが、『社長』の指示を誰も聞こうとしませんね。『やりたくないんで』といってやらない選択肢があることにびっくりしました」

学校は「なべぶた式」の組織だといわれてきた。校長と教頭がふたのつまみ程度の管理職で、あとの教員は全員ヒラでフラットだったからだ。

2007年の学校教育法の改正で、副校長、主幹教諭、指導教諭という新たな役職をおくことができるようになった。主幹教諭は学校運営などマネジメントをする立場、指導教諭は授業のスペシャリストの立場だが、管理職にはあたらない。

管理職を目指さない

Aさんは昇進試験を受け、いまは「主幹教諭」の立場にいる。ここで経験を積めば、いずれは副校長、校長がキャリアコースになる。

だが、「もういいや、ここまでで」。副校長を目指す気は、さらさらない。

これまで異動した先の学校で、楽しそうに働いている副校長を「一度も見たことがない」からだ。

副校長の仕事は、教育委員会から毎日20〜30本は届くメールの仕分けと確認、校長のスケジュール管理。それに加え、校務も担う。あそこで水が止まった、こっちで雨漏りがした、と駆け回り、土日は地域の会合でつぶれる。管理職という名の雑用係だ。

東京都の場合、小学校の副校長への登用を想定した管理職選考の倍率が、2000年度の3.2倍から、2015年度はほぼ1倍に。経験年数などの受験資格を満たしているにもかかわらず、受験しない人が増えている。

ドラマ「3年B組金八先生」のように、管理職にならず、ずっと教壇に立ち続ける熱血教師が、教員の理想形になっている。

管理職を目指さないAさんのキャリアプランもそうだ。だが、そこにも迷いはある。

「毎日、校門を出ると、何もかもすべて忘れます。サラリーマン教師といわれるかもしれませんが、この世界に染まってしまっていいのかな、という思いもあるんです。子どもの生活だけでなく、自分の生活も大事ですから」

年度末の終業式の日、成績表を渡して、担任した子どもたちとさよならする。自分の手を離れ、自立した大人になってほしい、という願いをこめて。1年間でもっとも達成感に満たされるときだ。

「担任した子どもの人生が80年だとしたら、そのうち一緒にいられるのはたった1年。その子の人生に大きく影響するとも思えませんが、私の指導がちょっとだけでも刺激になれば」

ひとを育てる、という夢と希望のある仕事にはそぐわないようにも思える、刹那的な言葉。「そうやって割り切らないと、とても仕事を回していけません」と、Aさんは言った。