「男性保育士に女児の着替えをさせないで」は誰が言っている? 保育園の主役は子どもたちです

    「男性保育士のオムツ替えは抵抗がある」という保護者の意識が可視化された。実は数十年前から、この問題は現場で”穏便”に済まされてきた。そのツケが、いまの社会の価値観をつくっている。

    熊谷俊人・千葉市長のTwitterでの発言をきっかけに、男性保育士についての議論が沸き起こった。熊谷市長は自身のFacebookでさまざまな論点をまとめている。

    発端となった千葉市立保育所男性保育士活躍推進プランには、こう記してある。

    保育士としてのキャリア形成のため、男性保育士も女性保育士と同じように、こどもの性別に関わらず、保育全般を行っていきます。保護者には市の方針であることを説明し、理解を求めます。

    「保育士のキャリア」と「保護者の理解」に、重点が置かれている。ところで、同じ趣旨のことが、厚生労働省の保育所保育指針(2008年改定)にも記されている。こちらは「子どもの保育」の視点からだ。

    保育の実施上の配慮事項(1項目のみ抜粋)

    子どもの性差や個人差にも留意しつつ、性別などによる固定的な意識を植え付けることがないよう配慮すること。

    保育所保育指針とは、保育の内容や運営について定めた、いわば保育の学習指導要領だ。保育士試験にも出題される。指針を現場に浸透させるための解説書は、このように補足している。

    保育所において、固定的なイメージに基づいて子どもの性別などにより対応を変えたり、固定的な意識を植え付けたりすることがないようにしなければなりません。子どもの性差や個人差を踏まえて環境を整えるとともに、一人一人の子どもの行動を狭めたり、子どもが差別感を味わったりすることがないよう十分に配慮します。子どもが将来、性差や個人差などにより人を差別したり、偏見を持つことがないよう、人権に配慮した保育を心がけ、保育士等自らが自己の価値観や言動を考察していくことが必要です。(後略)

    子どもが性差による偏見を持たないよう、人権に配慮した保育を心がける、と明文化している。どういうことなのか。

    BuzzFeed Newsは、男性保育士らの任意の集まり「東京男性保育者連絡会」の事務局長、山本慎介さん(40)に聞いた。山本さんが園長をつとめる東京都板橋区の認可保育所わかたけかなえ保育園では、20人の保育士のうち5人が男性だ。

    「男性保育士が女児の着替えをすることについて、保護者が不安に感じる、いやそれは職業差別だ、といった議論は、すべて大人の視点です。子どもを中心に考えてみてほしい」

    わかたけかなえ保育園の方針は明確だ。たとえ親が嫌がったとしても、保育士の業務を性別によって制限しない。だが、子どもが異性の保育士を嫌がったら、同性が対応する。

    生活環境や発達段階によって個人差が大きいものの、目安として、3〜4歳で異性を認識するようになり、4〜5歳で羞恥心が芽生えるとみている。子ども同士もお互いの違いを尊重できるよう、着替えや排泄の様子を見つつ「プライベートゾーン」について子どもに教えていく。子どもが異性による介助を負担に感じていると判断した場合には、保護者に説明し、その子どもには「同性介助」の方針をとる。

    赤ちゃんのオムツを替える意味

    では、乳児はどうか。

    食事や排泄などの「生活介助」を持続的にすることが、言葉を交わせない乳児と愛着関係を育むために重要だということは、複数の研究で明らかになっている。

    「赤ちゃんは、自分の安全を守ってくれる人や不快さを取り除いてくれる人に、性別や血縁に関係なく養育者として絶大な信頼を寄せます。日常の保育から生活介助を外すのは、ありえないことです」と、山本さん。

    オムツ替えでウンチをチェックすることが健康管理に必要だから、という理由だけなら、保育士同士でコミュニケーションを取ればいいことになってしまう。一方、愛着関係を育むための持続的な生活介助は、オムツ替えだけ切り取って他の保育士に代わっていいはずがない。

    だが保育園によっては、保護者からクレームを受け、オムツ替えを同性介助にしているところもある。

    「保護者との間に波風を立てたくないからか、園長にも偏見があるからでしょう。大人の事情に配慮するあまり、保育で最も大切な『子どもにとって必要かどうか』という視点が抜け落ちてしまっています」

    男性保育士が増えない理由

    ところで、こうした議論は保育先進国といわれるスウェーデンでも、数十年にわたって繰り返されてきた。

    スウェーデンのウプサラ大学で研究員をつとめるかたわら、就学前学校(ほとんどの1〜5歳児が通う施設)で教諭として働く浅野由子さん(41)によると、「男性保育士に女児のオムツを替えてほしくない」「男性保育士を増やさないでほしい」といった保護者の要望は根強くあるという。

    きっかけは、40年ほど前に起きた男性保育士によるわいせつ事件のようだ。さらに2015年にも、派遣会社から保育園に派遣された男が、1〜3歳の複数の女児のオムツ替え中に性的虐待をしていた事件が発覚し、保護者に衝撃が走った。

    スウェーデンの場合、保育士の給与(月37万円)に男女差はなく、平均給与(月39万円)との差もあまりないため、待遇面というよりは社会的な抑圧が、男性保育士が増えない一因だとみられる。保育士のうち男性の割合は2.5%(2005年)〜8%(2015年)で推移しており、日本の4.4%(2013年)とほぼ変わらない。

    就学前学校の福祉に関するNGO「スウェデュケア」役員のカトリン・マッツソンさんは2014年、こう話していた。

    「事件の影響に加え、幼い子どもの世話は女性の役割だという昔ながらの考え方がある。就学前学校で働いているのがほとんど女性という現状が、その意識を再生産してしまいます」

    浅野さんによると、一部の保護者の抵抗感は根強く、要望があれば、男性保育士にオムツ替えをさせないよう個別に対応している就学前学校もあるという。

    性差のない教育

    男女平等の意識が高く、女性国会議員が半数、男性の育児休業取得率が9割のスウェーデンでさえ、保育士のジェンダー・フリーは進まない。

    2005年には教育省が旗を振り、男性の育児と性役割(ジェンダー)に関する報告書をまとめた。就学前学校では性差と関係なく本や遊びの教材を選ぶことや、保育士養成プログラムの提供など10項目を定めている。就学前の段階から、子どもに性差のない教育を提供しようというものだ。

    浅野さんは言う。

    「こうした教育を進める環境として、男性保育士を含む多様なメンバーが現場にいることが望ましいです。幼いときの環境や受けた教育は、大人になったときの価値観に大きく影響します」

    女性ばかりの就学前学校で育った子どもが成長し、いま親になって、子どもを就学前学校に通わせている。

    翻って、日本はどうだろう。一般的には、男女の賃金格差が大きく、女性管理職が少ない。一方で保育士の業界には女性が多く、男性は少数派だ。男女雇用機会均等法が施行されたのが約30年前。当時の子どもたちが親になる世代となり、一部は男性保育士に抵抗をもっている。その価値観は、どこで身についたものだろうか。

    東京男性保育者連絡会の山本さんは、親が男性保育士のことを不安に思う心理は当然だ、と話す。不安にさせるような事件が起きているのは事実で、保育園の安全性を確立することが大前提だ。そのうえで、こう付け加える。

    「漠然とした不安もあるでしょうし、なかには保護者のつらい体験や理不尽な経験から生まれた不安もあるかもしれません。それは、悔しいけれど、自ら好んで持つようになった感情ではないですよね。不本意に植え付けられてしまった感情や価値観を、子どもにも植え付けたいでしょうか?」

    子どもにとって保育士は、親代わりになる養育者だ。性別が異なるという理由だけでその保育士を子どもから引き離すことこそが、大人の固定的な価値観を子どもに押し付けることになってしまわないか。保護者や園長が「男性保育士に女児の着替えをさせない」と決めることは、子どもが将来もつ価値観に影響をもたらすことと紙一重なのだ。

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