【プロ野球】YOUは何しに日本へ? “珍”助っ人外国人

    今回は6人の選手を紹介します。

    マイク・グリーンウェル(阪神)

    Doug Pensinger / Getty Images

    ▲レッドソックス時代

    1997年に年俸3億円超という球団史上最高額で阪神タイガースに入団。

    しかし、シーズン開始前の春キャンプで背中の痛みを訴え、一時帰国。4月下旬に再来日した。

    同年5月3日からの対広島3連戦では12打数5安打5打点という好成績を記録。しかし、5月11日の対巨人戦で自打球を右足甲に当て骨折。

    「野球を辞めろという神のお告げ」と勝手に引退宣言。5月16日に帰国した。

    ホアン・フランシスコ(巨人)

    時事通信

    2015年4月にブルージェイズから移籍。日本球界デビュー戦となる5月2日の阪神タイガースでは、初安打・初打点を記録し、お立ち台にあがった。

    しかし、その後はエラーと三振が相次ぎ、5日後の7日には2軍落ち。背中の張りや腰痛を訴え、一時帰国をする。同年12月に自由契約選手として公示され、球団を去った。

    ケビン・ミッチェル(福岡ダイエーホークス)

    Otto Greule Jr / Getty Images

    ▲サンフランシスコ・ジャイアンツ時代

    1995年に福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)に入団。年俸は4億円超だった。

    シーズン開幕戦の西武戦の初打席で、満塁ホームランを放つド派手なデビューを飾ったが、その後は故障を連発。5月に勝手に帰国したが、7月に再来日した。

    8月にはケガを理由にまた勝手に帰国。球団は即刻解雇した。ミッチェルは年俸全額支払いを要求し、裁判沙汰にまで。

    当時のスポーツ紙では「金と共に去りぬ」などと揶揄された。地元サンディエゴでは「Syndo Mob」というギャング団に入っており、3度銃撃されていたそう。

    レックス・ハドラー(ヤクルト)

    AFP=時事

    ▲フィラデルフィア・フィリーズ時代

    1993年にヤクルトに入団したハドラー。守備要員で入団したが、エラーを連発。当時の野村監督も評価しておらず、わずか1年で退団。

    また、ハドラーは「ゲテモノ食い」としても有名だった。明治神宮野球場でミミズを見つけたハドラーが、チームメイトに「もしこれを食べたらいくらくれる?」と持ちかけ、そのまま踊り食い。

    すぐにスポーツ紙では「ミミズ男」の異名をつけられる。2003年にはマリファナ所持で逮捕た。

    ケビン・ウィット(ベイスターズ、楽天)

    時事通信

    2005年に交渉が決裂したT・ウッズの代役として横浜ベイスターズに入団。MLB時代にはホームラン王(3Aリーグ)に輝くなどの成績を残していたが、不振に陥る。

    二軍落ちし、そのまま解雇。「日本の野球は難しかった」と言い残して帰国した。

    2007年、なぜか日本球界に復帰。楽天ゴールデンイーグルスに入団したが、シーズン終了後、戦力外となりわずか1年で球団を去った。

    トロイ・ニール(オリックス)

    時事通信

    1995年にオリックス入団。2000年の退団まで主にDHとして活躍していた。

    ファンの間で伝説になっているのが、1998年5月15日の対ダイエー戦。

    試合前から激しい嘔吐、下痢に襲われていたニールは、4番DHで先発登録。

    1回裏。なんとか打席に入り、早く打席を終わらせたい一心でバットを振ると、打球はライトスタンドへ。先制の2ランホームランになった。

    ニールは全力疾走でダイヤモンドを一周し、すぐにベンチ裏へ消えた。