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なぜ仕事中や学校でヘルパーが使えないの? 障害者を生きづらくさせている日本の障害福祉制度

参議院選挙で当選したALS患者の舩後靖彦さんは、政治活動にヘルパー派遣の福祉サービスを受けられない不安を明かしました。仕事や学業にヘルパーの福祉サービスが受けられないのはなぜ?

今回の参議院議員選挙では、重度の障害がある人が複数当選した。

ところが、政治活動を始めるに当たって、国の障害者福祉制度の枠組みでは、身の回りの世話に必要なヘルパー派遣が認められていない。仕事中や学業においては、この制度を使えない制限規定があるからだ。

当選したALS患者の舩後靖彦さんは選挙期間中からこう訴えていた。

「障害者が仕事を持つことこそ自立支援だと思います。それなのに、歩けない人のお手伝いがなぜ法律で禁じられているのか。全身麻痺でも働ける障害者はいます。能力はあっても国の法律で制限されても良いのでしょうか?」

さいたま市では今年から、重度障害者の女性が窮状を訴えたのをきっかけに、全国で初めて仕事中のヘルパー代を全額補助する制度を独自に作ったが、国は全く動く気配を見せない。

相模原事件から3年。私たちはまだ、重度の障害者が生きやすい社会を作れていない。

「仕事中に水を飲むのも、トイレに行くのも我慢した」

「仕事中はヘルパー派遣が受けられなくて、トイレも我慢しなくてはいけないし、水分を飲むこともできない。遊んでいる時間ならヘルパーに身の回りの世話をしてもらえるのに、おかしいと思いませんか?」

さいたま市に住む猪瀬智美さん(30)は全身の筋肉が徐々に衰えていく筋ジストロフィーがあり、障害者総合支援法に基づく「重度訪問介護」を受けながら、一人暮らしをしている。

「重度訪問介護」はALSや筋ジストロフィーなど生活の多くに介助が必要な重度の障害者がヘルパーを長時間派遣してもらうことができる公的な障害福祉制度だ。

猪瀬さんは小学生の頃から暮らしていた病院から23歳の時に自立生活に踏み出し、不動産会社の契約社員として、午前中に3時間、午後に4時間半、在宅で勤務している。

わずかに動く指先でパソコン入力をしているが、困るのは勤務時間中はヘルパーを利用できないことだ。腕を自分の力で持ち上げることができず、水も飲むことができず、トイレにも行けない。寒くても暑くても、上着を脱ぎ着することもできない。

「勤務中に体調を崩して近所に住むヘルパーさんに助けを求めたこともありました。たまたま休みで家にいたから駆けつけてくれましたが、来てもらえなかったらどうなっていたか......。トイレや水分補給は仕事そのものではなく日常動作なのに、なぜ介助が受けられないのでしょう。そこが制限されると命がけで働かなくてはならなくなるのです」

さいたま市に要望書を提出 国を動かそうとしたが......

この現状をなんとかできないかと、猪瀬さんはさいたま市に2017年7月、「勤務時間中もヘルパーサービスを使えるようにしてほしい」と、要望書を提出した。

同市はまず国の制度を動かそうと2018年6月、地方分権改革の自治体提案として、「常に介護が必要な重度障害者が在宅勤務している場合、勤務時間中に重度訪問介護を利用可能とすること」を厚労省に提案した。

だが、厚労省は、「就労中の障害者の支援については、就労で恩恵を受ける企業自身が支援を行うべき」「個人の経済活動に対して障害福祉施策として公費負担で支援を行うことについては、個々の障害特性に応じた職場環境の整備(ヘルパーの配置等)などの支援の後退を招くおそれがある」などと認めない回答をした。

提案を検討した専門部会は「提案の趣旨は、在宅就労している重度障害者の業務支援ではなく、日常生活の支援であるから、企業が支援するのではなく、福祉サービスとして支援すべきではないか」などと再度提案を検討するように促した。

それでも厚労省は「就業時間中のトイレや水分補給等は労働(経済活動)の一環であると捉えられる」「障害福祉サービスに係る財政負担に大きな影響を与えることが懸念される」などとして、2021 年度の障害福祉サービス等報酬改定まで結論を先送りした。

こうした国の反応に業を煮やして、さいたま市は今年度から、約300万円の予算を計上して、重度障害者向けに独自の就労支援制度を全国で初めて作った。就労時間中のヘルパー代を全額補助する。現在、女性を含めた二人が利用しているという。

同市障害支援課の担当者はこう話す。

「労働時間と生活時間を切り分けるのは確かに難しい。しかし、重度の障害がある人を働きやすくすることは、生きがいを持って生活するために必要な支援です。この制度を使って生き生きと働く重度障害者の姿を見ることで、他の人も就労意欲を持っていただける。国の制度として広がることを願っています」

仕事や学業では受けられない障害福祉サービス

ところで、なぜ、国は勤務中のヘルパー利用を認めていないのだろうか?

重度訪問介護の利用要件を定めている厚生労働省告示では、「通勤、営業活動等の経済活動に係る外出、通年かつ長期にわたる外出及び社会通念上適当でない外出を除く」という制限を設けている。

この規定により、報酬が発生する仕事中や通勤・通学、学業などでは、重度訪問介護は使えないことになっているのだ。

この制限のために、仕事をする間はヘルパーの派遣を受けずに健康上の危険をおかしている人がいたり、そもそも働くことを諦めたりしている人もいる。

この規定について、厚労省障害福祉課はこう説明する。

「個人の経済活動にあたる就労での支援を公費で負担すべきではないという議論があるし、福祉(厚労省)と教育(文部科学省)の役割分担をどう考えるのかという議論もある」

「障害者差別解消法では差別を解消するために『合理的配慮』が求められており、その配慮は、障害者が働く職場の事業主や教育機関が行うべきだと考えられている。現状では、雇用者や教育機関が合理的配慮をするべきだ、と整理している」

「合理的配慮」がどれほど職場でなされているか実態は不明

それでは重度障害者を雇う企業などは、合理的配慮を十分行なっているのだろうか?

経済情勢が厳しい中、一人を雇用するのに「合理的配慮」のためのコストが上乗せされるなら、雇うこと自体を敬遠する企業もあることは容易に想像がつく。

厚労省障害者雇用対策課によると、民間企業や公的な機関で働く障害者は2018年6月現在で約60万人いる。重度障害者はそのうち約15万人だ。

2016年4月に障害者差別解消法が成立してから3年が経ったが、実際にこの合理的配慮がどれぐらいの事業者によって行われているか、実態を把握した調査はない。同課は2019年度から20年度の2年間で全国の事業者に調査するという。

企業などの負担を軽減するために、国は、障害者の法定雇用率を満たせない企業が収める「障害者雇用納付金」を使って、通勤用のバスを購入する費用や介助者を雇う人件費などを一部助成する制度を設けている。

この助成制度を運用する「高齢・障害・求職者雇用支援機構」によると、2018年度でこの助成金を支給した実績は以下の通りで、計7億2500万円。重度障害者が働いている人数や助成要件の厳しさを考えれば、十分とは言えないだろう。

  1. 障害者作業施設設置等助成金 87件 4600万円 
  2. 障害者福祉施設設置等助成金 0件 0円
  3. 障害者介助等助成金 4,291件 5億6700万円
  4. 重度障害者等通勤対策助成金 701件 1億1200万円
  5. 重度障害者多数雇用事業所施設設置等助成金 0件 0円


文部科学省特別支援教育課によると、重度障害児が教育機関で学ぶために、医療的ケアのできる看護師や、トイレや車いすの介助など身の回りの世話をする「特別支援教育支援員」が自治体によって配置されることもある。看護師を配置するために国の補助金も出る。

ただ、これも法律で定められた制度ではなく、教育委員会の裁量で配置するか、どこまでケアできる人を置くかなどが決まるため、住む自治体によって充実度はバラバラとなる。

外出の移動支援も通勤・通学に使えない

この他、外出時にヘルパーが付き添う「移動支援事業」も、障害者総合支援法に基づく地域生活支援事業として自治体が行なっているが、同じ考え方から通勤・通学には使えない。

厚労省の自立支援振興室によると、やはり通勤・通学にも使いたいという要望が当事者から寄せられているが、認められてこなかった。「早急な議論が必要だろう」と同室の担当者も言う。

法律家の見解は? 「法的根拠はない」

障害者自立支援法違憲訴訟弁護団の事務局として、障害福祉制度の改善を訴え、「介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット」共同代表の弁護士、藤岡毅さんは、「就業中に重度訪問介護等の障害福祉制度を使えるようにするべきとの点は、障害者自立支援法違憲訴訟団が国に対して文書で毎年のように求め続けている事項です」と話す。

今年2月に行われた厚労省との定期協議でも、この制限規定について問題にしており、要望書でこう批判する。

平成18年告示523号は、障害者総合支援法29条3項の定めに従って、厚生労働大臣が、介護給付費について事業所の介護員に対する報酬を定めるに当っての単位数を定める基準にすぎない。自立支援給付の範囲に関する法的根拠とは言い得ません。すなわち、現行法上、通勤途中を含む就労中の自立支援給付を制限する法的根拠はありません。

そして、以下のように訴えている。

障害者総合支援法の旧法である障害者自立支援法導入の際の謳い文句は、障害者が働ける社会にすることだったはずです。働いている障害者の支援をしないことは法の目的に反します。

また同様に、通学・通園等の利用も多くの自治体では利用が認められていません。これも何ら法的根拠はありません。

基本合意・骨格提言・障害者権利条約に照らし、障害者に対する就労時・通勤・通学・通園等における公的介護給付を認めるべきです。

藤岡さんは、就労中にヘルパーサービスを使えない制限規定が差別に当たる可能性についてもこう話す。

「障害者権利条約27条が、障害者が他の者との平等を基礎として労働の権利を有するとしていることの意味を、そして、障害者福祉制度は障害者が障害のない一般の人々との差を埋めるための制度であることと合わせて考えれば、障害福祉制度が労働において利用できないことは、法制度の矛盾であり、障害者差別にあたるという考え方もあり得ると思います」

重度障害者の国会進出で、制度は動くか?

今回、重度障害がある政治家が誕生し、障害者福祉制度に疑問を持ちかけているのを見て、制度の壁に阻まれてきた障害のある人たちも期待を高めている。

筋ジストロフィーで人工呼吸器と胃ろうを使い、重度訪問介護を使っている仙台市の詩人、岩崎航さんも作家の立場で行う報酬のある講演や対談で出かけるとき、書店周りをしたりするときなど、経済的な活動とみなされる時間では制度が利用できないため、自費でヘルパー代を負担してきた。

寝台型の車いすを使う岩崎さんは、外出時には常にヘルパー2人の付き添いが必要で、人件費と往復の介護タクシー代で市内でも1回あたり2〜3万円以上の出費となっていた。

岩崎さんはこう訴える。

「ヘルパーには、障害者本人が行うその仕事自体を手伝ってもらうのではなく、勤務中でも勤務外でも時間を問わず必要な日常生活に欠かせない介助を行ってもらうのであり、これは『本人の生活を支える』ためのサービス利用です」

「実際に、労働時間における介助者費用を負担できる民間企業・団体がどれくらいあるか。まずこのご時世ではなおさら、現実的には無理のある話ではないでしょうか。合理的配慮に生活支援の介助費用まですべてを雇用者の努力に求めて、負担させる仕組みでは、障害者が働く機会はずっと狭まったままになるでしょう」

「障害者が就労の機会を得るスタートラインに立てる前に、介助が得られないことで諦めたり、自立や社会参加の意欲も失わせてしまうのは、制度の趣旨にも合いません。就労支援は、自立支援であり、生きるための介護保障にも関わることです」

「今回、重度の障害をもつ政治家が国会に声を届けてくれることで、私たちの生きる権利、生活する権利が現実の就労や学業といった生活の場でも、等しく認められることを願っています」