美しい絵画には闇がある。意味がわかると背筋が凍る「怖い絵」たち

    真っ白なドレスを着た16歳の女王の残酷な運命。

    その闇を知ったとき、名画は違う顔を見せる。

    名画の裏にある時代背景や隠された物語を解説することで、美しさの奥にある「恐怖」が浮かび上がってくる――。

    そんなコンセプトで2007年に刊行された美術書「怖い絵」のシリーズ10周年を記念した「怖い絵」展が上野の森美術館で開催中です。本に登場する作品たちを実際に鑑賞することができます。

    会場で見られる作品のいくつかを、特別監修を務めた作者の中野京子さんの解説付きで紹介します。

    ポール・ドラローシュ 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》

    イングランド歴代女王といえば、メアリ1世、エリザベス1世、メアリ2世、アン、ヴィクトリア、エリザベス2世(現女王)の6人とされているが、正確にはもうひとりいる。

    メアリ1世より先に即位し、イングランド最初の女王を宣言したジェーン・グレイだ。ただし玉座に座ったのはわずか9日間。追われて半年後には処刑されてしまう。まだ16歳と4か月。花の盛りだった。

    きわめて演劇的な、計算されつくした画面。左に巨大な円柱があり、宮殿の一間とおぼしき場所で処刑が行なわれようとしている。(略)若々しく清楚な白い肌のこの少女は、一瞬後には血まみれの首なし死体となって、長々と横たわっているのだ。そこまで想像させて、この残酷な絵は美しく旋律的である。(「怖い絵 泣く女篇」より)

    ヘンリー・フューズリ 《夢魔》

    眠りはある意味、こま切れの死だ。夜がその黒々とした翼を拡げるたび、幾度も幾度も自我を完全喪失させねばならない。そして疑い続けねばならない――眠っている間、何か怖ろしいことが我が身の上で営まれているのではないか、と。

    眠りのそんな恐怖の一面を、妖しくエロティックに表現して強烈なインパクトを与えるのが、フューズリの《夢魔》である。

    オーブリー・ビアズリー  ワイルド『サロメ』より《踊り手の褒美》

    右手でヨハネの前髪をむんずと掴み、左手を粘つく血にひたすサロメの、鬼気迫る姿が描かれている。(略)「ぼくの目的はただ一つ。グロテスクであること」――ビアズリーのその目的は、間違いなく達成されていよう。

    ウィリアム・ホガース 『ビール街とジン横丁』より《ジン横丁》

    18世紀半ばのロンドン。貧民街では誰も彼もが(子どもまでも)安酒ジンを飲み、地獄さながらの様相が繰り広げられている。

    中央の階段に腰かけた、見るからに荒んだ酔いどれのヒロインは子持ちの娼婦だ。素足に梅毒の腫れものを浮かべ、嗅ぎ煙草をつまもうとして、授乳中の我が子が転落しかけても気づかない。そばには前後不覚に酔いしれた元兵士がいる。彼の籠から反ジン・キャンペーンのチラシが覗く。この版画自体が反ジン・キャンペーンなのだ。

    ジャック=エドゥアール・ジャビオ 《メデューズ号の筏(テオドール・ジェリコー作品の模写)》

    フランス王政復古期に起こった、無能な貴族艦長による弱者切り捨ての大スキャンダルがメデューズ号事件だ。

    わずかの水と食料だけで筏に放置された150人近い乗員たちは、炎天下のアフリカ海域を13日間も漂流し、生き地獄を味わった。飲み水を巡る争い、殺し合い、病死、溺死、自殺、発狂、餓死、果ては人肉食……最終的にサバイバルできたのは、10人に満たなかったと言われる。政府は事件をもみ消そうとしたが、ジェリコーの傑作がそれを許さなかった。

    フランソワ=グザヴィエ・ファーブル 《スザンナと長老たち》

    裸体の女性に、異様に接近する中年の男たち。一人は薄布を掴んで引き剥がそうとし、もう一人は「声を出すな」と言うように人差し指を立てる。彼女は男の腕を非力な手で押しもどし、胸を隠しながら涙ぐんだ目を天へ向ける。神さま、どうか助けてくださいまし。

    旧約聖書外典に載っている「スザンナの水浴」は、絶大な権力を持つ二人の長老が、人妻スザンナによこしまな心を抱くところから始まる。ファーブルの本作は、貞操の危機に陥ったスザンナの恐怖と絶望感がリアルに伝わってくる。

    視覚的な怖さから、隠された背景を知ると背筋が凍る怖さまで。

    「怖い絵」展では、約80点の絵画・版画からじわじわにじみ出る「恐怖」を体感できます。上野の森美術館で、12月17日まで開催中(会期中無休)。詳細はこちら

    BuzzFeed JapanNews