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「焼く」と「炒める」の違い、説明できる? 広辞苑はここまでこだわる

「メタボ」はあるけど「アラサー」はない。広辞苑の中身ってどう決まってるの?

今回新たに加わる言葉は、約1万項目。「東日本大震災」「iPS細胞」など時事ニュースに関するもの、「朝ドラ」「小悪魔」「ちゃらい」など日常的な用語、「スマホ」「ブロガー」「ビットコイン」などこの数年で登場したIT用語までさまざまです。

中には「がっつり」「パワースポット」など、今までなかったんだ! なんて意外に感じるものもありました。

広辞苑は採用基準を「日本語として定着した言葉、または定着すると考えられる言葉」としています。

収録語は一体どうやって決まっているのでしょうか? 辞典編集部の平木靖成さんに聞きました。

結構、感覚的? 意外な採用基準

――日々生まれる言葉の中から広辞苑に載るのは1万語。どうやって絞り込まれていくのでしょうか?

テレビや新聞、日常生活から集めたり、他の辞典と照合してないものをリストアップしたり、日々地道に収集していきます。候補の時点では約10倍、10万語ほどはあります。

この時点ではいわゆる「JK用語」など若者言葉も含めて、です。最終的には載らないだろうというものも含めて広く採集します。

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――「日本語として定着」しているかどうか、膨大な候補の中からどう見極めるんですか?

広辞苑のコンセプトは「国語辞典+百科事典」。医療分野や歴史用語などの百科項目になるとまた少し基準は変わるので、国語項目について説明しますね。

まずは、前回の改訂後から技術や社会の変化で生活に根付いたもの。「スマホ」「ブルーレイ」などですね。こちらは比較的わかりやすいと思います。

続いて「日本語として定着した言葉」。先頭を切って新語・流行語を載せるのが広辞苑の役割ではありません。

「定着」しているか否かは、編集会の合議でひとつひとつ検討していきます。メディアや出版物での用例などのデータは参考にしますが、人間が作る、使う辞書ですから、最終的には個人的な感覚を大切にしています。

――はっきり基準があるわけでないんですね。

人が見ている世界はさまざまなので、だからこそ年代・性別を交えよく議論するようにしています。

例えば、介護の現場では当たり前に使われているけれど、そうでなければ聞き馴染みがない言葉というものは少なくありません。介護の問題に直面している人から「この言葉はあった方がよいと思う」という声があれば、やはり通りやすくなります。

他にも、例として今回収録を見送った例を見ていきましょうか。

「きしょい」「ググる」「ディスる」は個人的な感覚だとなしですね。「告る」はギリギリあってもよかったかもしれません。「ガン見」は使うけど辞書には載せないかな、とか。

「アラサー」が不採用な理由

――「がっつり」はこれまで載ってなかったんだ、と意外でした。

これは私があるラジオ番組に出演した時に、MCの方に「がっつり、入れてください!」と強く推された言葉なんです(笑)。

――え、そんな感じで決まるんですか!?

もちろんそれだけではないですが、いざ言われると「そうか、そんなによく使われている言葉なのか」と気になるところはありますよ。

「がっつり」は第六版の責任者が最後まで入れるかどうか迷った言葉でもあるらしく、10年越しの収録になりました。

――そういう個人的な感覚で言うと、「アラサー」はもうすっかり定着している気もします。

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使用頻度としてはそんな気がしますよね。でも「アラ○○」って他の単語にも付けられる言葉じゃないですか。

「アラサー」を入れるなら「アラフォー」「アラ還」も項目を立てるべきでしょうか? あるいは「アラ」の接頭辞として作るべき? という話になってきます。

――なるほど! 一般的ではあるけれど、辞書にどう載せるべきかというと難しいですね。

出始めた頃は使用法がぶれていたものが、年月が経って固定化するケースもあります。

例えば「萌え」。10年前はどういう使われ方なのかまだ混沌としていたのですが、最近は「○○萌え」と接尾辞的に使われる形が定着してきました。意味や用例が「定着」してきたので、第七版で初めて収録しています。

「メタボ」は病気の意味が変わった?

――「コスプレ」も「第六版で見送り、今回収録された項目の例」の中に入っていますね。

「コスプレ」ではなく「コスチューム・プレー」の語釈として、「仮装しておこなう演劇」と並んで「漫画・アニメの登場人物などの扮装をして楽しむこと」があったのですが、今回独立させました。

「コスプレ」と「コスチューム・プレー」はもはや別物ですし、前者の意味を知りたい人は後者では引かないですよね。

近い例だと「メタボ」でしょうか。

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「メタボリックシンドローム」(第七版の表記。第六版では「メタボリック症候群」だった)が語源ではありますが、もはや病名を離れて単に「太った人」を示す意味でも広く使われていますよね。

日常的なこの使われ方を鑑みて、第七版では「メタボ」は新たな項目を立てて収録しました。

――逆に、削除される言葉もあるのでしょうか。

あります。が、「今使われていないから削る」ことはしません。

時代の変化で使われなくなっても、過去の資料を読み解くためには必要な言葉ですから、後世のためにも残す意義があるという考え方です。

一番削りやすいのは単なる複合語、例えば「書留小包」など。

書留小包自体が郵便制度としてなくなっていること、「書留」「小包」で独立して項目があるので調べる際には別々に引けることから、第七版で削除しました。

あとは、表記の変化に伴うケースですね。「ベテラン」には長らく「ヴェテラン」という参照見出しがあったのですが……そっちで辞書を引く人、今やそうそういなそうですよね?

定着し始めた頃は表記がぶれていたのだと思いますが、今は圧倒的に「ベテラン」で使われているので、こちらも削除しました。

ニーズはあるのに載っていないあんな言葉

――今回、新収項目として、医学や生命科学を重点分野に上げていますが、背景にはどんな理由があったのでしょうか?

広辞苑にはモバイル版があるのですが、そこで「検索されたけどヒットしなかった言葉」の上位に、薬の名前や病院で聞く言葉がかなり多かったんですよ。

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――そうか、「広辞苑なら信用できる情報が載っているかも」と。

きっとそう思って調べてくださっているのでしょうね。このデータ自体、読者のニーズをダイレクトに反映している結果なので、かなり参考にしました。

採用した言葉でいうと「サプライズ」「レジェンド」がそうですね。ニュースで聞くことが多いのか「これだけ検索されているなら加えよう」と採用に至りました。

とはいえ、上位を単純に反映していけばよいかというと、そういうわけでもなく……。どんな言葉が上の方に来るか予想できますか?

――なんだろう、みんなが知ってて、わざわざ辞書で引きたくなる、でも広辞苑には載ってない言葉……?

そうです、そうです。……つまり、見事に、エッチな言葉が並ぶんですよ。

――すごい、一瞬で納得しました。初めて国語辞書を手にした小学生と同じ行動ですね!

なんだか微笑ましいですよね。スマホ片手に、居酒屋でお酒を飲みながら引いているのかな、なんて想像しています(笑)。

――真面目な広辞苑はどう説明するのか聞いてみよう、みたいな……。へえ〜すごく面白いですね!

「焼く」と「炒める」の違い、説明できる?

どうしても追加項目に目が行きがちですが、既存の項目もかなりの割合で見直しています。特に動詞とオノマトペ(擬音語・擬態語)を中心に、似たような言葉の違いがわかりやすくなるように努めました。

「なでる」「こする」「さする」の違い、「焼く」と「炒める」の違い、説明できますか? 第六版と第七版でこんな風に変わっています。

【焼く】

1.熱を加える。

(1)火をつけて燃やす。

(2)火に当てる。あぶる。

1.熱を加える。

(1)火をつけて燃やす。

(2)火を当てたり熱した器具の上に乗せたりして、食材を加熱・調理する。

【炒める】

食品を少量の油を使って加熱・調理する。

熱した調理器具の上に少量の油をひいて、食材同士をぶつけるように動かしながら加熱・調理する。

――本当だ、より具体的になっていますね。感覚的に違うのはわかるけど、こう説明するのか!

「自動販売機」も記述を変えています。第六版では「貨幣・カードなどを投入口に入れると、物品が自動的に出て来る装置」となっているのですが、これでは「Suicaでピッ」が抜け落ちてしまうので。

――い、言われてみれば……。辞書の記述が頭になければ「あそこ、変えた方がいいな」と思いつくことすらできないですね。

少し視点が変わりますが、私が感動したのは「やばい」。これは原稿をいただいた時に「すごい!」と思いました。

ネガティブな意味とポジティブな意味、どちらにも使う言葉をどう表すかはとても難しいところ。その中間を「のめり込みそうである」と表現するのはイメージとしてもわかりやすいですよね。

――「こんな言葉が加わりました」だけでなく、どう書き換わったかの視点でも楽しめるんですね。

辞書は、すべての項目が他の何かとつながっています。ある言葉の語釈を書き換えると、関連する言葉もすべて見直さなければならない。

「右」の記述が変われば、「左」の記述も変わります。たった一つの修正から連鎖して、数十の項目に手が入ることも珍しくありません。

なので、改訂作業をしながら「今回は間に合わないけれど、次はここが課題になるだろう」というポイントは、実はわりに早い段階から頭にあります。新版まで10年かかりましたが、本当はもっと前から「第七版」への思いはつながっているんです。

いつか出る「第八版」の作業はもうすでに始まっている、とも言えます。

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