「ネットでバズって書籍化」したライターが、いまいち未来を楽観視できない理由

    “お蔵入り寸前”だった原稿をWebで有料公開したら大反響。書籍『つけびの村』はネットユーザーの熱い支持で誕生した。熱狂の中で、筆者・高橋ユキは「(未来は)あまり楽観的ではない」と語る。その理由は…

    2013年7月、山口県。12人が暮らす小さな集落で、5人が殺害され、2軒が放火されるという凄惨な事件が起こった。

    容疑者として逮捕されたのは、同じ集落に住む63歳の男・保見光成。彼の家の窓ガラスには外から読めるようにこんな意味深な川柳が貼られていた。

    「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」

    この連続殺人放火事件の“真相”を、事件から3年以上経ってあらためて追いかけたルポルタージュが『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)だ。

    村にひそめく「うわさ話」

    「異常な村で起きた異常な事件」という印象で読み進めていくと、その期待はいい意味で裏切られていく。

    静かな集落に満ちる、たくさんの「うわさ話」。何か悪口を言われているんじゃないか。仲間はずれにされているんじゃないか。事件を生んだ闇は、誰しもどこか身に覚えがある感覚だ。

    当初は出版どころか雑誌やWebサイトへの掲載予定もなかったというこのルポルタージュ。

    行き場がなかった数万字の原稿を、著者・高橋ユキさんが自身のnoteに掲載し、有料で販売。大きな反響を呼び、トントン拍子で書籍化が決まった。

    出版不況のなか、ノンフィクションが売れないと言われて久しい。予想外のルートで脚光を浴びた高橋さんに、刊行までの道のりを聞いた。

    お蔵入りにするくらいなら…半年後に突然バズる

    ――noteにルポを掲載されたのが2018年7月のこと。すぐに話題になったわけではなく、少しタイムラグがあったんですよね。

    そうです。あるノンフィクションの賞に応募していた文章だったですが、書籍化はおろか、雑誌やWebメディアに掲載されるめどもなく。「このままお蔵入りになるのも」という思いで公開したものでした。

    アップしてからもしばらく反応はほとんどなく、やっぱりダメかと落ち込んでいたのですが、半年後に突然大量の購入通知がきて驚きました。

    最終的に何人くらい読んでくださったのか、自分でもよくわかっていないんですが。あまりにも購入通知が多く、スマホが思うように使えないほどで、結構大変でした。

    ――有料でも読みたいと思う方がそれだけいらっしゃったということですよね。6本公開して最初の2本は無料、あとの4本を100円という価格設定でした。

    全部で400円、私が子どもの頃に買っていたコミックくらいの値段のイメージですね。それくらいなら買ってもいいかなと思ってくれる人がいるかなと。

    でも、本当にダメ元というか……誰にも読まれないままなのも悲しいので、載せておくか、という感覚だったんです。なので、8万字を超える原稿がこんなに反響があるとは予想外でした。

    それは本当に「思い込み」だったのか?

    ――そもそもこの事件のルポを書くことになったのはどういう経緯だったのでしょう。

    直接のきっかけは、ある雑誌の編集部からの「事件が起きた金峰(みたけ)地区に夜這いの風習があったか調べてきてほしい」という依頼でした。

    容疑者・保見が事件の発端に戦中まで続いた「夜這い」があると話したという報道があり、その真偽を聞き込む取材です。

    加えて、事件当時の物騒な報道も気になっていました。「容疑者は、過去に被害者に刃物で刺されたことがあった」とか「草刈り機を燃やされた」とか……。

    一審判決では「近隣住民が自分のうわさや挑発行為、嫌がらせをしているという思い込みを持つようになった」とされていましたが、これが本当に「思い込み」だったのか少し疑問があったんです。

    各種報道やネット上で見た情報が、現地に行って話を聞くと印象が違うことってあるんですよね。事件から3年以上経っていたからこそ聞けたことも多かったかもしれません。

    ――住民から世間話のように話される内容が「え、それ大丈夫なんですか?」ということも多くて背筋がぞわっとしました。「あの人、酒癖悪いからつい刺しちゃったんだよね」とか「浴室に放火されたことがある」とか、これまでも結構な事件が……。

    そうですよね。私もだんだん驚かなくなってきましたが、お茶を飲みながら気楽な感じで話してくれます。ご近所さん同士でも、うわさが一番の話題だったのだろうと想像がつきました。


    金峰地区で取材をしながら私はいつも、彼らが私にしてくれる「うわさ話」の細かさ、情報量の多さに驚きを感じていた。それは同時に、もし自分が金峰地区に住めば、この勢いで自分のうわさ話が集落に広まるであろうことも、容易に想像させるものだった。(書籍『つけびの村』より)


    ――でもそれって、狭いコミュニティではどこでもありえることですよね。「田舎の限界集落」だから特殊なわけではなく、ネット上でも身の回りでも。

    会社のうわさ、業界のうわさ、SNS上のうわさ……「うわさが最大の娯楽」である場面って絶対あるじゃないですか。

    誰しも自分の生活と地続きにあるように想像してもらえたこと、「他人事とは思えない」と感じてくれたことが、これだけ読んでもらえた理由のように思います。

    インターネットへの感謝、紙媒体の行く末

    ――高橋さんご自身のバックグラウンドについても聞かせてください。もともとブログで裁判傍聴の記録を書いていらっしゃったんですよね。

    そうです。2005年から刑事裁判の傍聴をはじめ、記録をブログにつづっていたんです。そのブログが『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)として書籍化したことが、フリーライターになったきっかけでした。

    ――私も大学生の頃にブログを書いていたことが、記者の仕事につながったタイプなので高橋さんと少し似ているがします。お金をもらわずに趣味としてブログで書いていた時と、原稿料をいただいて商業媒体向けに書く時では、文章への向き合い方は変わったでしょうか。

    逆に、そのあたりの意識って、山崎さんはどうですか?

    私はテレホーダイ全盛期にパソコンを使い始めているので、ブログはあくまでその情報を知りたい人向けに書くという気持ちが強く、今のようにフォロワーを得るとか、一種の“仕事”としての発信を意識していたわけではなかったです。

    デジタルネイティブ世代に近い山崎さんは、パソコンに使い始めた頃から、まったくの他者に読まれるつもりで書いていたのでしょうか。Webでの発信に一種の“ビジネス”の匂いがあることを、子供の頃から自覚していた?

    ――ブログを書き始めた頃にはすでにSNSもあったので、そこと比べて自分の予想を超えるところまで届いて面白い、という感覚はあった気がします。でも「じゃあそれを仕事にしよう」「そのために名前を売ろう」という意識はなかったですね……。「もしかして、この延長線に仕事の選択肢もある?」と思い至ったのは就活する時になってからでした。

    そうなんですね。私の場合は、傍聴ブログが書籍化されることになったあたりから、意識し始めた感じです。

    もともとブログ出身であることや、プログラマー時代に、技術的な情報をインターネットからも得ていたことから、個人的にはインターネットに感謝しているというか……そんな気持ちがずっとあります。

    ――書き手として育ててくれた場所、という意味合いでしょうか?

    というより、自分もさまざまなホームページやブログから、いろいろな情報を無料で得てきたので、自分の発信する情報が誰かの役に立つのであれば、という気持ちです。

    なので、いま自分は主に〈時間と経費のかかる取材〉は紙媒体、〈交通費以外には、それほど経費のかからない取材〉をWeb媒体に書いて原稿料を得ていますが、SNSやnoteではたまに無料で情報を発信しています。今のインターネットは殺伐とした雰囲気も多いですが……。

    あと、私は紙媒体の編集さんから「ブログっぽい」と言われることがすごく多かったんです。要するに〈軽い〉という意味だと解釈してますが、今回の『つけびの村』ではその軽さも読みやすさに繋がったのではないかとも考えています。

    ――ネット育ちの高橋さんですが、いま取材活動を続けていく中心にあるのは、紙媒体という意識なんですね。

    書き手の立場からいえば、多くの取材者を支えているのは明らかに週刊誌、月刊誌をはじめとした紙媒体ですね。

    正直なところ、紙媒体が滅んでしまったら、Web媒体の編集さんたちはどうやって現場取材の情報を入手するんだろうか……と、その点は本当に心配になります。

    「編集者」の存在意義

    ――『つけびの村』を読んでいて印象的だったのが、執筆初期から週刊誌の編集者さんに積極的にアドバイスを求めていたことでした。noteやSNSを使えば一人でも発信できるいま、で、編集者という存在をどう捉えていますか?

    「全体を見渡して、構成のアドバイスやディテールの細かさを提案してもらう」という意味で、よい文章を作っていくために不可欠な存在だと思っています。取材者はどうしても、個々の事象に集中して視野が狭くなりがちなので。

    ――普通はその役割を出版社の編集者の方、『つけびの村』でいえば、晶文社の江坂祐輔さんが担当すると思うのですが、今回は藤野眞功さんというフリーランスの編集者も加わっていますよね。

    藤野さんは、ちょっと変な人なんですよ(笑)。気が向いたときに編集も受けているみたいですけど、基本的には私と同じ書き手側の人です。

    だから、事件を取材するプロセスは把握していますし、その取材成果をどうやって原稿に反映させるかというニュアンスを、細かく説明する必要なしに理解してくれます。

    ――そういった事件取材のニュアンスを理解するのは、出版社でずっと編集だけをやっている人には難しいということですか。

    うーん、そういうことでもないというか……週刊誌では、版元の編集者の方も取材現場に出たり、そもそも記事を書くので、書き手と同じように、事件取材のニュアンスを理解している編集さんもいらっしゃいます。

    週刊誌や月刊誌を経て、書籍の部署に移る方も少なくありません。ただ今回の場合は、藤野さんは友人でもあるので、そもそも取材当時から相談に乗ってもらっていました。

    加えて、本にも書きましたが、noteにアップした原稿は、別の版元の編集さんに協力してもらって書いたものでした。ざっくり言うと、半分の原稿が存在する状態で、江坂さんに声をかけてもらったんです。

    江坂さんは編集者として、かなり多様な経験を積んできた方ですが、単行本編集者なので、事件取材を担当したことはなかったんです。

    ――となると、今回の書籍については「編集自体は藤野さんに外注」というイメージになるんでしょうか?

    分かりにくい説明になってしまうのですが、外注ではないです。原稿はつねに3人で共有していました。私が書き、藤野さんが赤字を入れ、その赤字が入った原稿に江坂さんが青字を入れて、私に戻すというルーティンですね。

    イメージとしては、藤野さんが〈現場取材者としての指標〉を設定してくれて、江坂さんが〈一般読者としての指標〉を設定してくれた感じです。

    たとえば、カバーデザインは、寄藤文平さんと鈴木千佳子さんがつくってくれたのですが、良い意味でノンフィクションらしからぬ装丁と褒めていただくことが多いです。この方向づけをしてくれたのは江坂さんで、私と藤野さんだけでは出てこなかったと思います。

    ――なるほど。「編集」のプロセス自体を複数の視点で見ているんですね。一人でもできてしまう時代に、あえてチーム制で作り上げていくやり方は逆に新鮮にも感じました。

    書籍刊行についてのお知らせ記事を書きました。素敵なカバーデザイン、帯文、どうかご覧ください。→もうやめろよ。取材続けてどうするの?――『つけびの村』完成のご報告|tk84yuki @tk84yuki|note(ノート) https://t.co/BHy89soQsX

    「有料公開」はノンフィクションの生きる道になるか?

    ――noteでの有料掲載は、「メディアからの原稿料」とも違う、「読者に直接ネットで購入してもらう」形ですが、ノンフィクションライターとして新しい可能性は感じましたか?

    正直、あまり楽観的ではないです。

    「書いたものを売る」という形式だと、せいぜいかかった取材費を取り戻す程度な気がします。新しい発信手段にはなるかもしれないですが、収益としては現実的じゃないかなと……。

    やっぱり、ノンフィクションの取材で一番大切なのは労力をかけた取材なんですよ。でも、取材はお金をかければ必ず成果があるというわけではない。わざわざ時間と交通費をかけても、空振りに終わることも少なくありません。

    取材費をクラウドファンディングで募ることも一瞬考えたのですが、明確なリターンを確約できないので難しいなと思いました。


    「noteからノンフィクションの書籍化が続くかも!」「今後の出版業界におけるヒントになりうるケース?」というふうには、あんまり思えません。なぜなら、書籍の原型となった原稿は、紙媒体の助けがなければ、完成していなかったからです。

    未だ私は、これからどうしたらよいのか、悩んでいます。(「『ノンフィクション』はオワコンなのか?」より)


    ――『つけびの村』も単純に前向きな結論で終わらない、いい意味でもやもやした読後感だったので、楽観的に言い切らない高橋さんの姿勢はとても納得できます。

    すみません、きれいな結論を言えず。紙媒体のライターであれば誰しもボツ原稿ってあると思うので、それを載せてみるのはありだとは思います。思いも知らない方向に届く可能性があるので。

    とはいえ、これからの時代は否が応でもネットと出版、両方の世界でやっていかなければならないですよね。明るい展望があるわけではないですが、これからもいろいろ試していきたいとは思っています。