【訃報】「こじらせ女子」生みの親、ライター雨宮まみさん死去

    「生きていることは、当たり前じゃない」

    雨宮まみさん死去

    流行語「こじらせ女子」を生み出したライターの雨宮まみさん(40)が11月15日に亡くなった。BuzzFeed Newsの取材に出版関係者が明らかにした。

    雨宮さんが連載していた大和書房によると15日朝、自宅で床に倒れているところを警察に発見された。同社は「事故」で亡くなった、としている。葬儀は親族のみで執り行われ、一般向けのお別れ会は予定されていない。

    雨宮さんのツイッターは11月14日で更新が途切れている。

    代表作に「女子をこじらせて」「自信のない部屋へようこそ」、社会学者・岸政彦さんとの対談「愛と欲望の雑談」などがある。

    「女子をこじらせて」では、女性性に劣等感を持ち、AVライターの道へ進んだ彼女の人生観が描かれ、女性を中心に多くの共感を呼んだ。「こじらせ女子」は2014年の流行語となった。時代を象徴する言葉を生み出した。

    大人になっても人生で迷ってもいいんだな

    雨宮さんのエッセイの魅力は、どんな時も「なんとなく押し付けられる正しさ」を振り払ってくれるところにある。

    現在連載している「40歳が来る!」は、桐野夏生『ダーク』から引用した「40歳になったら、死のうと思っていた。」から始まる。


    「ババア」と呼ばれると、怒りとか失望とかよりも先に「ああ、こういう『女の年齢』ってものに、いつまでつきあわされるんだろう?」という気持ちがわいてくる。若さや美しさに嫉妬? そんなこと、まともにしていたら、40歳まで生き延びることはできなかった。自分より若くて美しい人間は死ぬほどいる。さらに自分より才能もずっとあって、お金もずっとあって、成功している人だっている。そういう人たちの前で、「自分は自分です」と存在するために、卑屈にならずに快適な友達付き合いができるように、どれだけ気持ちをしっかり持ってきたことか。

    いつまでも若い人でいたいわけじゃない。もうババアですからと自虐をしたいわけじゃない。私は私でいたいだけ。私は、私のままで、どうしたら私の「40歳」になれるのだろうか。そしてどんな「40歳」が、私の理想の姿なのだろうか。

    死にたい夜を超えて

    自身のブログでもまったく飾らず、率直に寂しさを表現していた。今年の6月に更新された「死にたくなる夜のこと」には、自身の死生観についても綴っている。


    死んでもなにも起こらない。

    あとに残された人がいろいろ面倒だろうから、申し訳ないだけで。
    それでも、この苦しさがあとどれだけ続くのかと思うと、耐えられなくなって、ベランダからじっと地面を見つめるときがある。

    それでも、最後には「明日が、強烈な一日であるように」と締めくくる。それが雨宮さんらしかった。

    独身で生き、寂しさと優しさを正面から描いた、雨宮さんの文章に元気づけられた女性は多いだろう。「あわせなければいけない」という無言の圧力、こうあらねばならないと押し付けられる「正しさ」から守ってくれる言葉だった。

    先述の連載では、11月1日に「40歳で人生が始まる」というタイトルの記事を書いていた。だからこそ、雨宮さんの人生の続きを見ていたかった。

    40歳は、80歳まで生きると仮定したら、ちょうど折り返し地点になる。生きていることは、当たり前じゃない。だから私たちは何度でも誰かと約束を交わし、相手と生きて再び会えることを祈る。

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