うつ病脱出マンガ「うつヌケ」が異例のヒット 作者が語る自分を「褒める」ことの大切さ

    著者の田中圭一さんも反響に驚く

    うつ病から脱出した人の体験談をまとめたマンガ「うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち」(角川書店)が発売20日で5万部と異例のヒットとなっている。

    手がけたのはギャグ漫画家の田中圭一さん。「正直ここまでとは思わなかったので、うれしい誤算です」とBuzzFeed Newsに話す。

    手塚治虫のパロディーなどで知られ、自ら「本業はお下劣下ネタギャグ漫画家です」と笑顔を見せる。そんな田中さんもうつ病経験者、そしてうつから脱出した”うつヌケ”経験者だ。

    うつ病の最中にマンガを描くと決意

    田中さんがうつ病にかかったのは2005年ごろ。そこから毎日続く原因不明の疲れと不安に襲われ、一時は自殺を考えたこともあった。

    うつ病脱出のきっかけはたまたまコンビニで出合った一冊の本。精神科医自身がうつになり、自ら考えた方法で脱出したと書いてあった。

    本を読んだ後、自分を肯定することが大事と考え、それが”うつヌケ”につながった。

    うつ病の最中から、いつかうつ病のマンガを描くぞと思っていたという田中さん。

    「うつ病って、なった側とならない側は全然意思疎通ができない。うつの人はこうだよと伝えきれてないし、うつじゃない人はうつ病を想像しきれていない。あんなに苦しい思いをしたので、何とか苦しんでいる人を一人でも救い出せないかという気持ちはありました」

    異例のうつ病脱出者の体験マンガ

    ほかの病気と違い、うつにはこれくらいの期間で治るという目安がない。一生続くのではという恐怖がある。

    一方、うつから脱出したという体験談はあまりなかった。田中さんはマンガを脱出の体験談をまとめたものにしようと考えた。

    マンガには田中さんだけでなく、ミュージシャンの大槻ケンヂさん、作家の熊谷達也さん、フランス哲学研究者の内田樹さん、脚本家の一色伸幸さんなど17人の体験談が描かれている。それぞれ”うつヌケ”するきっかけは違う。

    「マンガを描くとき、自分の経験だけでなく、いろんな人を取材して、いろんなケースを載せようと思いました。僕は医者ではないので、これが正しいとはいえない。読んだ人の中で、これは自分にあてはまると感じてもらえる本にしたかった」

    「うつは『こうすれば絶対治る』とは一概に言えないですし、言わないというのがこの本の趣旨。いろんなケースをみて、いろいろ考えて自分で合っているものがあればやって、自分に合ってないものは無視してほしいです」

    取材の中で、もっとも印象的だったというのがAV監督の代々木忠氏。脱出のきっかけは、幼いころの母の死という自分の過去を見つめ直すことだった。

    「あの方の人生が壮絶なので。どこか心に虚勢を張っていたところ、鎧を脱いで、自分の過去と向き合って、劇的に回復されている。心がうつを生み、心がうつから抜け出せさせるんだなとわかった回でした」

    ネットの反響呼んだ寒暖差とうつの関係

    田中さん自身の体験も多くの共感を呼んだ。

    一つはうつの「突然リターン」。一度抜けたと思っても、再びうつ病の状態に戻ることだ。

    「絶望的な気持ちになりますよ。抜けたと思ったら、抜けていなかった。また、苦しみに戻るんだという怖さ」と語るが、それは波のようなもので再び、元に戻る。

    「脱出したのに、また戻っちゃう。その経験をたくさんした方がいらっしゃって『僕だけじゃなかった』『普通に起こることなんだ』と安心したとの声はありました」

    激しい気温差がある時、うつになるとツイッターで投稿し、多くの共感を得たこともある。

    ここ数日、急に気分が沈んできた方!私の周りにもたくさんいるので安心してください。あなた個人が抱えている悩みが重くのしかかっているように思うかもしれないですが、それは錯覚です。寒暖の差とか台風による気圧の差が原因です。そうでないと多くの人がいっせいに落ち込む理由が説明できません。

    作中でうつ病について、正体の分からない「幽霊」ではなく「妖怪」で「好ましい存在ではないけれど、付き合い方がわかれば、けして怖くない」と語っている。

    「うつヌケ」はうつという「妖怪」とうまく付き合うためのきっかけとなる本といえる。

    自分を「褒める」ことの大切さ

    田中さんは「階段ではなくグラデーション」と、うつ病とうつ病じゃないことに明確な境目はないと話す。

    うつ病のきっかけとして体験談で多かったのが「自分を嫌いになること」。そして田中さんの”うつヌケ”を助けたのは「自分を好きになること」だった。

    「自分を嫌うことはライトな感じではみんなやってますよね。『しっかりしろ、自分』ってやるじゃないですか。それが過度になると、生きているだけで迷惑をかけているのかなとなっちゃう。そこは体も心も望んでいない」

    「自分を責めることが、スキルアップや成長のために必要という人はいるけど、そういう人って往々に、うまくいったときに自分を褒めないじゃないですか。ダメもありだけど、うまくいったときに褒める。その両方が必要」

    では、うつ病にかかった人の周囲はどう対応すればいいのか。

    「医者ではないから断定はできないですけど、多くの人が自分を否定していると思うので、それを取り除く必要がある」

    「最終的にはうつの人当人が何とか抜け出したいと動機を持たなければ、周りの人がなんとかするのは難しい。だからこの本を出したのもある。いやらしい話ですが、この本をすすめてください(笑)」

    「うつヌケ」が流行語になれば

    「うつヌケ」は田中さん一人ではできなかった本だ。企画スタート時から取材に同行したのは、本書中にも登場する女性編集者。

    「マンガ、文芸どちらも担当もされた方で、取材が終わった後にキーワードや背骨となるポイントを教えてくれた。その部分が読者に刺さった。『うつヌケ』はうつにかかった担当さんと組めたからできた。僕一人じゃできなかった」

    本のデザインを担当した別の編集者にも感謝する。

    「タイトルがわかりやすく、女性も手に取りやすい。うつの本ってレジにもっていくのは抵抗があるけど、このカバーだと抵抗は少ない。僕をもともと知っているファンの方は、どんな下ネタが載ってるかと思っちゃうかもしれませんけど(笑)」

    今も気温差がある時には気分がどんよりすることもある。でも、気温が上がれば治るよねという気持ちでいられる。

    気温という自分ではどうしようもないものに操られているだけ。だから自分を嫌わずにいられる。うつとうまく付き合えている。

    「『うつヌケ』という言葉が流行語になればと思っています。本はうつに苦しんでいる人に勧めてもらえればうれしい」

    そう語る田中さんの笑顔は穏やかだった。