リオ五輪男子サッカーの決勝戦、ブラジル対ドイツが20日(日本時間21日)に行われ、ブラジルがPK戦の末にドイツを下した。
ブラジルがサッカーで金メダルを獲得したのは史上初。エースのネイマールは最後のPKを決めると、ピッチに泣き崩れた。
計り知れないほどの重圧から24歳のスターがやっと解放された瞬間だった。
勝利が史上命題だったブラジル
「リベンジしなければならないとは感じていない。時代も選手たちも違うんだ」
ドイツとの決勝戦を前に、ブラジルのロジェリオ・ミカレ監督はメディアにそう語った。
ブラジルの選手たち、特にエースであるネイマールへの重圧を少しでも減らしたかったのだろう。
ブラジルにとって地元開催の五輪で、サッカー初の金メダルを取ることは史上命題。
ただでさえ重圧がかかる中、決勝の相手は「ミネイロンの悲劇」と呼ばれる、2014年ブラジルW杯準決勝で1ー7の大敗を喫したドイツだった。
この試合、ネイマールは脊椎を負傷し試合には出場していない。だがファンはドイツとの決勝を2年前の屈辱を晴らす場と捉え、その思いをネイマールに託した。
勝利を求める声はさらに大きくなり、チーム、そしてネイマールを襲う重圧がさらに増した。
「神よ僕達を祝福し、お護りください」
ネイマールは試合3時間前、SNSに神への祈りを書き込み、ドイツとの決戦へと向かった。
ブーイング響くブラジルでの試合を勝ち抜いたドイツ
「あの時とは違うチームだ。我々は自分たちの夢のためにここにいる」
ドイツの指揮官ホルスト・ルベッシュも決勝戦の前、ドイツが大勝したW杯準決勝との関係性を否定した。
ブラジルは6月のコパ・アメリカを欠場させてまで、オーバーエイジ(OA)枠でネイマールを五輪に参加させ、若手有力選手の多くを招集している。
一方、ドイツはスヴェン、ラースのベンダー兄弟とペーターセンをOA枠で招集したものの、フル代表のレギュラーではない。
6月のEUROに出場した若手有力選手の招集はできず、優勝を狙えると断言できるだけのメンバーではなかった。
さらに決勝に勝ち進むまで、ピッチ以外にも"敵"がいた。
「ミネイロンの悲劇」を恨むブラジルサポーターから試合中に何度も理不尽なブーイングを受けてきた。
そんな厳しい状況の中で勝利してきた選手たちに、ルベッシュ監督は「選手たちは素晴らしい仕事をしている。感謝したい」と目を細める。
前夜の女子サッカー代表の金メダルにも刺激を受けた若きドイツ代表は、ブラジルの大観衆が待ち構える決戦の地へと向かった。
ゴールを決めた2人のキャプテン
リオデジャネイロのマラカナンスタジアムで行われた決勝、最初に試合を動かしたのはネイマールだった。
グループリーグ無得点だったためメディアから批判を浴びたネイマールだが、準々決勝コロンビア戦で見せたフリーキックでの大会初ゴールでその声を黙らせた。
そして決勝の前半27分、ネイマールのフリーキックは美しい放物線を再び描き、ゴール左のネットを揺らした。
ドイツは0ー1とリードを奪われたまま、前半を終えた。
だが後半14分、右サイドからのクロスをMFマックス・マイヤーが右足のダイレクトボレーで決め、試合を振り出しに戻す。
2年前から指導し「特別な存在」と指揮官が絶賛する173センチの小柄なキャプテンは、大舞台でその信頼に応えた。
マイヤーの得点は、ブラジルが今大会で奪われた初めてのゴールだった。
その後は一進一退の攻防が続き、連戦の疲れから足がつる選手が増えていく。90分では決着はつかず、試合は延長戦へと突入した。
延長戦、ドイツのDFが自陣でボールを回し始めると、場内にはこれまで以上に大きなブーイングが上がる。
だが、ドイツはその音でむしろ冷静になったようにプレーを進めていく。試合は動かず、勝負はPK戦に持ち越された。
試合に出られなかったGKのためにも
運命のPK戦。両チームとも1人目からゴールを決め続け、緊張感が高まっていく。
そして、5人目のキッカーを迎えた。
ドイツの5人目はOAのペータセン。そのシュートをブラジルの守護神ウェベルトンが止める。
ウェブルトンは、OA枠で参加予定だった38歳のベテランGKフェルナンド・プラスが負傷したために、急遽招集されたメンバーだった。
スタジアムの大歓声を受けたウェベルトンは、ボールにキスをすると、全ての命運をラストキッカーのネイマールへと託した。
興奮に包まれるマラカナン。対照的に、ネイマールは冷静だった。
所定の位置にゆっくりとボールを置き、長めの助走からボールを左隅に蹴った。ゴールネットが揺れた。
その瞬間、ネイマールは顔をくしゃくしゃにして、そして、泣き崩れた。
チームメイトもキャプテンの元へと駆け寄る。ミカレ監督も涙が止まらなかった。チームの誰もが泣いた。
スタジアムでは歓喜のブラジルサポーターが黄色の波となって揺れていた。
ドイツ監督は敗北にも「幸せだよ」
PKを決められた後、ドイツのGKホルンは座り込むとしばらく動けなかった。ほかの選手たちも一様に呆然とした表情を浮かべた。
ドイツのルベッシュ監督はブラジルがピッチで喜ぶ中、選手たちを集め、円陣を組んだ。そして、この試合をもって退任する65歳の監督は、五輪チームに最後の言葉をかけた。
「PK戦の前に選手たちには『君たちはとてつもないことをやったんだ』と告げた。我々は敗者ではなく、勝者としてここを去る。もちろん私も選手たちも金メダルは欲しかった。けれど幸せだよ。最後の4日間は選手村で素晴らしい思い出も作れた」
ルベッシュ監督はドイツサッカー連盟のホームページで、試合について振り返った。
PK戦を外したペーターセンについても責めず、会見で記者から「何と言葉をかけたいか」と聞かれると、こう答えた。
「心配するな、それも人生だ」
若きブラジル選手たちは勝者として自信をつけ、若きドイツ選手たちは敗北の悔しさをバネに成長していくだろう。
ブラジルとドイツ、両チームの五輪は終わった。けれど、サッカー選手たちの物語はまだ続いていく。