選挙にいかない若者はバカですか?政治学者に聞いてみた

    投票だけでは決められない

    選挙にいく人たちは国の未来を考えている、いかない人はバカ。

    若者はこんなレッテルを貼られ、ウェブには選挙の大切さを語る「お説教」があふれる。果たして、選挙にいかない若者、政治に無関心な若者は、バカなのだろうか?

    政治学者の吉田徹さん(北海道大教授)は「いやいや、そんなことは言えません」と語る。その理由とは……。

    1票は、限りなく軽い

    投票にいかない若者はバカだ、というような言説をどう思うか。吉田さんに尋ねると、困り顔でこう答えた。

    「選挙でなんでも決めることができる。投票さえすればいい、という発想そのものが間違いです。民主主義で、投票は政治に参加するための手段の一つでしかありません」

    「メディアはこぞって『考えて投票しよう』『あなたの1票は重い』と投票にいくように呼びかけます。でも、それって本当なのでしょうか?」

    吉田さんは、世の中で語られている「常識」に疑問を投げかける。

    「いまの時代、国政選挙で、1票差で決まるような選挙はまずありません。世論調査も発達して、結果も始まる前にだいたいわかってしまう」

    「実際のところ、1票は限りなく軽いというのが、現実です。だったら、わざわざ労力をかけてまでいかないよ、という判断があったとして、それは十分に合理的です。こういう合理的な発想をする人をバカと言いきれますか?」

    確かに……。投票にいかない人からしたら「なんで影響がないのに選挙にいくんだろう?そのほうがバカじゃないか」という考えだって成り立つ。

    「肝心なのはそこなんですよ。投票にいかない人をバカだと思うなら、いかない人を説得しなければならない。あるいは、行かない人は行く人が、なぜ非合理かを説明しなければならない。そうした議論があってこその民主主義です」

    意識が低くても参加できる、これが投票だ

    投票の持っている良さとはなにか。吉田さんは続ける。

    「選挙での投票という仕組みが続いているのは、政治の大まかな方向性を一番コストの少ない形で決められるからでしょう」

    「普段の立場や持っている時間に関係なく、平等に1票を持つ。投票する、しないを自由に決められるし、しかもその機会が定期的にある。簡単に手っ取り早く主権者になれるから、とも言えます」

    「意識が高くても、低くても気軽に政治に参加できることが、投票の最大の魅力です。政権に意思表示をしたい人から、付き合いのある人に頼まれたからという人まで、幅広く受け入れる仕組み。だからこそ、民主的でもあるんです」

    「これを、勉強しないと参加しちゃダメ、意識が高くないとダメと参加の制約をかけていったら、投票の良さがなくなってしまう」

    勉強してないのに投票していいの?

    みんなが意識高く投票する。こんな考えはリアルじゃないし、画一的だ。取材をしていると、「投票にプレッシャーを感じる」という声もよく聞く。

    メディアや世間が求める「正しい有権者」は、こんな感じだ。「国の未来を憂い、若いうちから政治に関心を持ち、だれにいれるか真剣に考える」

    ハードルが高い。ろくに勉強しないで投票するのが、申し訳ない気がしてくる。それに対し、吉田さんは、こう断言する。

    「どう投票するのが正しいかなんて、政治学者の僕にだってわかりません。勉強して正解がわかるならそんな楽なことはない」

    「民主主義のいいところは、絶対的に正しい解答がないところです。もっといえば、民主主義とは答えをみんなで作っていくプロセスのことです。解答は作りあげていくもの。あらかじめ解答がある、という考え方との相性はよくない政治システムなのです」

    「選挙で決めることができるのは、この先3〜4年、大まかにどういう方向で国を進めていくか、だけです。1票に過剰な期待をもたせても、待っているのは過剰な落胆になりかねません。それなら1票が大事、なんて思う必要もありません」

    勉強しても、正解はわからない。解答は作り上げていくもの。投票にプレッシャーを感じている人たちに聞いてほしい言葉だ。

    それでも間違った投票はしたくない

    とはいえ、あまり関心を持たず、気軽に投じて、なにか間違ったらどうしたらいいのか。1票が軽くても、なるべくなら、間違いはさけたいというのもまた人情……。

    「民主主義にも間違いは起こりえます。絶対的に正しい仕組みではないし、すごく合理的なわけでもない。でも、いまでもその政治が続いているのは、間違ったときにはやり直しがきくという長所があるからです。他の政治体制と比べて、とても柔軟なんです」

    「もちろん、時として間違いに大きなダメージが伴うときがありますが、その時は違う道が選べるようになっている。ここがポイントです。民主主義で少数意見が大切だとされるのは、それが『正義』だからだけじゃない。違う道を確保しておくためです」

    「だから、多数派『だから』正しいなんてことはありません。むしろ、多数派になっている人たちこそ、自分たちが間違う可能性を考えておくことが大事なんです」

    1回の選挙だけで政治は決まらない。間違えた、と思ったら正せばいい。これもまた、投票をためらう人たちに聞いてもらいたい。

    「民主主義の政治は結婚生活みたいなもの。相手の悪いところがあれば、少しずつ直すように働きかけていけばいいし、自分の悪いところも直していく。たまには怒るのもいいかもしれない」

    「そもそも、正解はない。何が正しくて、間違っているかは、時間が進むなかで相対的に変わっていくものです。結果より一緒に暮らしていく、いけているという生活のプロセスそのものが重要です」

    政治への関心を決める要素

    吉田さんは、人が政治に関心を持つかどうか、最大の要素は周囲の環境だという。 

    「政治に関心を持つことは正しいと思う人もいるかもしれませんが、政治的な関心の有無や高低を決めるのは『関心ある人が周囲にいるかどうか』というのが政治学の知見です。例えば、学校、会社、家庭に関心が高い人がいれば関心を持つようになります」

    「関心を持っている人はたまたま、周囲に恵まれて、関心を持っているにすぎません。関心がない人が多いのだとすれば、それはこの社会の反映でしかないのです」

    「今回の参院選も盛り上がっていませんが、これは、関心を持たせるような訴えや仕掛けをできていない各政党の責任、さらには政治の話をしようとしない社会の責任でもあります。無関心な人が悪いわけではない」

    投票至上主義から一歩離れて……

    選挙をどう捉えるか。吉田さんのメッセージはシンプルだ。

    「選挙が何よりも大事、という投票至上主義から一歩離れてみましょう。これだけ複雑な世の中、1回の選挙で解決できるような問題はありません」

    「政治で何が正しいかはいつだって相対的なもの。どっちが正しいとか間違っている、どちらが上か下かではなく、自分と社会がどうつながっているのかを、まずじっくりと観察し、考えてみてください」

    「そうすれば、政治は投票だけじゃないということがみえてくるかもしれません。その時、はじめてどう正しく投票できるかが理解できるかもしれません」


    投票することにプレッシャーを感じ、勉強していないからと棄権しようとしている人に知ってもらいたい。政治学者もこう言っている。

    勉強しても、正解はわからない

    1回の選挙で、政治は決まらない

    間違えた、と思ったら正せばいい

    「大まかにどういう方向で国を進めていくか」を決める選挙。参院選の投開票日は7月10日だ。