【相模原事件】植松容疑者は「モンスター」か? 再発を防ぐために精神科医は問いかける

    薬物依存症治療の最前線にいる医師が語ること

    「僕には彼がモンスターだとはどうしても思えないのです」

    精神科医の松本俊彦さんは、BuzzFeed Newsの取材に、そう口を開いた。

    彼とは、神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、障害者19人を殺害したとして、逮捕された植松聖容疑者(26歳)のことだ。

    国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所に勤める松本さんは、薬物依存症治療の第一人者であり、相模原事件をうけて、厚労省が設置した再発防止策検討チームのメンバーを務めている。

    松本さんの問いかけは、こうだ。

    植松容疑者の「奇行」や大麻の使用、極端な障害者差別発言に注目が集まり、モンスターであるかのような印象が先行する。しかし、それは本当なのか。

    「長い笑み」は大麻の影響ではない

    松本さんが、まず注目したのは、送検時に植松容疑者が見せた長い笑みだ。障害者19人を殺害しながら、なんら悪びれる様子もなく、にやっと笑って見せた。その姿は、大麻の使用とともに、繰り返し報道された。

    「まず、強調したいのは大麻の影響で事件が引き起こされた、というのは間違った見方だということです。送検時にはすでに大麻の効果は完全に切れていたはずです。彼の不敵で、どこか場にそぐわない笑みは、大麻の影響でハイになっていたからではないと思います。大麻の影響が抜けても、明らかにおかしな精神状態が存在しているのだと思います」

    では、何が影響しているのか。それを考えるためには、植松容疑者の足取りをたどる必要がある。


    植松容疑者は精神科で「抑うつ状態」と診断されていた。

    検討チームの会合で、厚労省の調査が公表されている。

    植松容疑者は、今年2月、障害者の殺害を予告する発言があり、「自傷他害の恐れがある」と診断され、措置入院になった。この直前に、衆議院議長公邸で、障害者に危害を加えるという手紙を渡している。

    入院中に自分の内面について、「あの時はおかしかった。大麻吸引が原因だったのではないか」と内省するような発言があった。他害の恐れはなくなったと判断され、3月2日に措置入院は解除されている。

    解除後、植松容疑者は3月24日と3月31日に2度、外来を受診している。24日の診察は当初、17日に予定されていたが、約1週間前に変更の依頼があったという。

    予約を変更し、別の日時を指定し、その日に姿を見せる。一見すると、普通の行動だが、「約束をちゃんと守れるというのは、強い治療の意思のあらわれだと思える」(松本さん)。

    そして、この診察で「抑うつ状態」などと診断され、診断書もでている。

    そして3月31日に、5月24日の受診予約をいれた。その後、6月28日に予約を変更したが、姿をみせることはなかった。

    突発的な行動と抑うつ

    植松容疑者は、2度診察を受けて、3度目の予約もいれている。松本さんはここに、「モンスター」扱いされる容疑者像とのギャップをみる。

    「通院が中断されたとはいっても、措置解除後に少なくとも2回は外来受診し、都合が悪くなったときにはきちんと予約の変更もしています。あれだけ重大な犯罪を犯し、逮捕されたにもかかわらず『不敵な笑み』を浮かべる凶悪犯という印象とは、どうも違う何かがある」

    「衆院議長まで手紙を届けようとしながら、診療にもきていて、延期の連絡も自分でいれている。極端なことを言いながらも、入院時には反省するような発言もあり、抑うつ状態にあったと診断されている」

    そして、過去の行動にも注意を向ける。

    「メディアの報道でも、昔は違ったという証言がたくさんでていますね。タトゥーをいれる、ピアスをつける、あるいは大麻や危険ドラッグも、急に目覚めたように、何かを始める。誇大妄想のような障害者差別を公言するのも同じですね」

    彼は「サイコパス」なのか?

    現段階の情報に基づく仮説であること、そして植松容疑者の刑事責任能力についての見解ではないこと、と断った上で、こう続ける。

    「今回の事件が起きた直後、僕は、まず彼がサイコパスや反社会性パーソナリティー障害みたいなものではないか、と疑いました。これは、簡単にいえば、反社会的な傾向、共感性の欠如、他者の権利や財産を侵害しても何にも思わない、嘘をついても悪びれず、平気で嘘の上塗りをするという特徴を持つ性格傾向を指します」

    「病気ではなく、性格傾向ですから、幼少期からほぼ一貫してこうした傾向がみられていないといけない、ということです。しかし、厚労省の調査をみても、それを積極的に裏付けるような情報は今のところない」

    淡々とした口調で、考察を進めていく。

    松本さんの仮説は……

    「双極性障害の疑いがあると、僕は思っています。つまり、躁うつ病の疑いです。双極性障害の患者さんのなかには、躁状態になったとき、いきなり金髪にしたり、タトゥーを入れたり、さらには薬物乱用したりする人がいます」

    「そのなかには、自分があたかも救世主であるかのような誇大妄想を話し出す人もいます。躁状態のときに、考え方や行動が極端になっていくのは決して珍しいケースではない」

    事実として、植松容疑者は、いきなり障害者の殺害を予告したと思えば、次の月には抑うつ状態にあると診断されている。

    「そこに大麻なり危険ドラッグが組み合わされるとどうなるか。躁状態に加えて、薬物の作用が続いているときは、自分が特別なことを成し遂げた人物であるかのように錯覚する。しかし、極端な躁状態は、極端なうつ状態を招きます。躁とうつの激しい波がある」

    奇行にばかり注目、おかしな議論を繰り返していいのか?

    妄想は、孤立の中でさらに先鋭化するという。

    「覚せい剤依存症の患者が、刑務所に入って独房に入れられると、妄想が固定化するんですね。他の受刑者と一緒に刑務作業もさせてもらえず、孤立すると『電波攻撃が……』とか『誰かが俺を狙っている』という妄想が取れなくなる。この状態で治療をしようとしても、手の打ちようがないんです」

    「植松容疑者が、地域や他の人間関係から取り残され、孤立していたら……」

    「躁状態、大麻、孤立……。妄想が固定化していくという条件がそろうわけです。彼の発言は波が大きいんですよね。反社会性パーソナリティー障害なら、治療で発言が変わるなんてありえないわけです」

    「植松容疑者になんらかの精神障害があるとしたらですが、障害者が障害者差別を公言し、そして、彼の障害を見ようとせずに、隔離と処罰を求める声が高まってくる。なんか議論がおかしいんですよ」

    メディアやネット上では、奇行にばかり着目した、おかしな議論が横行している。

    措置入院を続けさせればよかった→「退院は適切」

    松本さんが指摘するおかしな議論とは、例えば、こういうものだ。

    なぜ、彼のような危険人物を簡単に退院させるのか、措置入院を続けておけば未然に防げたではないか。

    「僕が担当医でも、これなら退院させます。そもそも『おそれ』の段階で人を隔離できる措置入院は非常にデリケートな制度なんです」

    「現場からすれば、人員的にも、施設の量から言っても隔離はいつまでも続けられません。いつかは地域に戻らないといけない。その時に必要な、制度を議論せずに隔離を続けろというのは、本当に現場を知らないんだな、と思います」

    大麻使用を知った時点で通報すべき→「治療にはつながらない」

    植松容疑者は措置入院時に大麻の陽性反応が出ていたが、病院から警察への通報はなかった。病院が大麻の使用を知ったなら、通報すべきではないか。

    「(通報しないのは)通常の判断です。薬物依存症について知っている医師なら、誰もが同じ判断をすると思います。そもそも、薬物を使っていることを医師が知ったら、すぐ警察に通報する制度ならどうなるか。誰も治療になんかきません。結果、治療から遠ざかった、薬物依存症患者が誰も頼れずに、社会のなかで孤立する」

    そもそも、大麻は「使用」だけでは処罰の対象にならない。大事なのは、単純な処罰感情と、治療への効果をわけて議論するということだ。

    社会の病理論→「かなりの留保が必要」

    障害者への憎悪を募らせたヘイトクライムであり、そこに社会の病理がある。

    「現段階では、かなり留保が必要だと思っています。僕自身は、差別に対して強く抗議しますが、ここぞとばかりに今の政治や社会の問題であるとする発言にも違和感がある。障害を持つ当事者の方が恐怖を訴えるのは十分、理解できるんです。だからこそ、その発言を利用するかのような議論には注意したい」

    「政治状況や、社会の問題だとして、それはどの程度、影響したのか。彼が、どこまで強く障害者を憎んでいたのか。繰り返しになりますが、躁状態に入ったことをきっかけに、極端な言動に走るということは十分にありえることなんです」

    重要なのは実践的な再発防止策

    松本さんは強い声から距離をおく。厚労省の検討チームで考えたいのは、現場での実践を踏まえた、具体的な対策だ。

    「例えば、措置入院制度を残しつつ、退院後のケアまで考える制度にできないか。退院させて、これから病院に行きなさいと言っても、普通は行かないんですよ。誰かが『病院に連絡した?』と声をかける。あるいは、退院時に、次の通院先を決めておいて、その病院から、担当者が来る。本人も交えて治療の方針を確認しながら、引き継ぎをする」

    「地域に戻っても、何かあれば援助者が声をかけるような仕組みにしておくというのもひとつのあり方です。結局、治療には人が必要です。人が隙間を埋めて、孤立を防ぐ。そうしないと、立ち直りは支援できません」

    誰もが孤立しない社会


    ここまで話し、松本さんはふっと息をついた。

    「彼について書かれた資料を読んでいると、もしかしたら本気で障害者の問題を解決したいと思っていたんじゃないかなって考えてしまいます。治療が続けられれば……」

    そして、小さな声で、こう語るのだった。

    「こういうと、容疑者をかばってばかりいると思う人もいるでしょう。でも、大事なのは地域の中で依存症の患者、障害者の居場所を作って、治療をしたほうが効果的で、社会にとっても有用だ、ということなんです。本当に再発防止をしたいなら、植松容疑者みたいな人こそ、孤立させてはいけないんですよ」

    この間、松本さんは、検討チームだけでなく、事件被害者の追悼集会の呼びかけ人にも名を連ねた。

    その理由は、明確だ。

    松本さんが、現場での実践を通して目指す社会像は「誰もが孤立しない社会」だからだ。