朴大統領、突然の辞任受け入れ 韓国政界が直面する想定外の危機

    なぜ11月29日の表明なのか?

    激震の韓国

    韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は11月29日、国民向けの談話を発表し、2018年2月の任期満了を前に大統領辞任を受け入れる考えを表明した。

    支持率が低迷しても、大統領の座にとどまろうとしているようにも見えた朴大統領。突然の辞任表明の背景はなにか。韓国政治の専門家、新潟県立大大学院の浅羽祐樹教授はこう語る。

    「一見、潔く見えるが、まったく潔くない。狙いは政局の『錯乱』。今回の発言で、韓国政界はさらなる混乱の可能性が強まった」

    朴大統領を巡っては「長年の友人」崔順実(チェ・スンシル)氏の国政介入事件以降、支持率が低迷し、退任を求めるデモも広がりを見せていた。

    Q1:突然の辞任表明、なぜいまなのか?→実はぎりぎりのタイミングだった

    浅羽さん:11月30日は韓国国会が野党及び与党セヌリ党内の非朴派の賛成のなかで、合意した弾劾訴追(憲法で規定された大統領の責任を問う手続き)案が国会に提出される予定でした。

    朴大統領の問題で、与野党がようやく一致して、弾劾訴追からの憲法裁判所での審判、そして罷免を目指すというシナリオが見えていたのです。

    きょう、11月29日は朴大統領が動くことができる、ぎりぎりのタイミングでした。今回の発言の狙いは明確にいえます。政局の「錯乱」です。

    朴大統領は今回、直ちに退くことも、辞める時期を明言することもなく、いつ辞めるかを国会に丸投げしています。一見、出処進退を潔く表明したように見せつつ、まったく潔くない。

    例えば退任時期を来年2月と表明すれば憲法の規定に則り、来年4月にそもそも予定されていた国会議員補欠選挙に合わせて、大統領選も可能になった。しかし、朴大統領は明言せずに「自身の進退は国会に委ねる」という。

    与野党は弾劾訴追で方向は一致し、それが落とし所になっていました。

    それが今回の朴大統領の発言で、各勢力から「状況が変わったので、弾劾訴追そのものも考えなおそう」「訴追しても、憲法裁判所による弾劾審判の結果を待つことなく、政治的に決着させるべきだ」「国会で話し合って、次期大統領選の日程決めを優先すべきだ」という声があがることは必至です。

    つまり、オプションが増えた分、与野党の期待がまとまらず、割れることを狙ったわけです。 弾劾訴追までは一致していた、与野党もポスト朴のシナリオ想定はそもそも思惑が錯綜していて、分裂する余地を抱えていた。

    野党は弾劾訴追をし、政治的な主導権を握ったまま次の大統領選を有利に戦いたい。一方の与党の場合、弾劾訴追に賛同していた非朴派のなかには「この際、憲法改正も同時に進めるべきである」という声もあがっていて、流動的になる。

    与党とすれば、大統領選の日程が早ければ早いほど、不利なのは間違いない。今回の朴大統領の発言で、弾劾以外のオプションが出てきたことで、選挙時期や、さらには憲法自体が駆け引きの対象になります。

    「ポスト朴」をめぐる分裂を狙って、朴大統領が投げたボールはくせ球だが、非常に狡猾なわけです。

    朴大統領は、弾劾訴追をされたら、最終的に罷免される可能性が高く、それは民間人になることを意味します。一民間人となれば、今回の国政介入問題で、刑事責任を問われるのは間違いない。

    (大統領を辞任しても)そこは変わらないのですが、国会に任せて辞任表明をしたことで、朴の排除では一致していた国会や与野党、次期大統領候補たちの間に、「ポスト朴」をめぐる対立が惹き起こされる。

    大統領選挙の候補者が「ルール」や「日程」をめぐって争う、憲政史上初めての事態になります。

    Q2:韓国政界に与える影響は?→怒りの矛先が国会に向かう可能性も

    浅羽さん:そもそも憲法のルールに則り、朴大統領を排除するという話を進めていました。今回、朴大統領の要求は「通常ルールではないところで決めてくれ」というところにポイントがあります 。

    つまり、憲法のルールに則り決めるという「通常政治」ではない。もし、既存ルールとは関係ないところで決めるということになるなら、韓国政界の先行きは不透明になるでしょう。

    なぜなら、いまの大統領制、韓国憲法でまったく想定されていない事態が始まっているからです。

    憲法典は改正されていないのに、憲法体制は、この瞬間にも刻一刻と変わっているわけです。そもそも憲法が予定していないかたちで、解決策を見出さないといけないのです。

    もちろん、憲法典そのものの改正を主張する動きも出てくるでしょうし、落とし所をめぐって争いが起きます。

    弾劾でまとまった野党と与党の非朴派の動きで、既存のルールに従って政治を動かしてきた世界から、一気にルールそのものがない、なんでもありの世界になることになります。

    このまま混乱が続けば、国民は朴大統領もダメだが、弾劾訴追もできず、政治決着もできない国会もダメだとなる。国民の怒りが国会に向かう可能性も否定できなくなります。ここで、朴大統領を排除できなければ、国会の責任は重くなる。これは間違いないことです。

    Q3:日本への影響は?→安全保障面への影響は必至

    浅羽さん:大統領選のスケジュールが読めなくなり、流動性が高まっているのは事実です。次期大統領候補を検証する時間もなく、さらに動向も読みにくい。

    いま韓国に吹いている、ダイナミックな風にのった人が勝つということになるが、風の向き方も読めません。

    いま日韓関係はようやく正常化しつつあったところです。

    日米韓で安保連携も強まり、北朝鮮問題に対応するという方向でまとまっていました。

    しかし、本来の大統領選の予定より前倒しでの選挙が確実視されているなかで、北朝鮮に対して融和的な政策をとる候補の当選、あるいは対アメリカより、対中国との関係を重視する候補の当選もありえます。

    そうなった際には、慰安婦問題、軍事情報協定など既存の合意事項は見直しの可能性もあり、トランプ次期大統領の誕生のなかで、不透明度が増していた日米韓の関係は、さらに不透明になるでしょう。韓国の政局がアメリカも交えた日韓の安全保障に影響を及ぼすのは必至です。

    【関連記事】

    「疑惑の本命は朴大統領その人だ」 韓国政治専門家が読み解くシナリオ

    【動画】朴槿恵大統領の辞任を求め、韓国でデモ 最大100万人規模を予想