安倍政権と「日本会議」 理論的支柱が明かす改憲への道筋

    視線はもう参院選にはない

    注目が集まる保守団体「日本会議」

    日本最大級の保守団体にして、安倍政権に近い「日本会議」に注目が集まっている。著述家、菅野完さんによる「日本会議の研究」は増刷を重ね、ベストセラーに。新聞、週刊誌、海外メディアも次々と特集を組んだ。

    安倍政権のもと、日本会議は悲願である改憲に向けて、準備を着々と進めてきた。この参院選の結果次第で、いよいよ目前のものとなっている。だが、注目のわりに、彼らの肉声は表に出ていない。

    いったい、日本会議は何を目指し、どのような動きをしているのか。

    BuzzFeed Newsは、日本会議の改憲論の理論的支柱、百地章・日本大学教授にインタビューした。百地さんは日本会議政策委員で、彼らが主導する団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の幹事長を務めている。

    昨年、「安保法制は合憲だ」と主張する数少ない憲法学者のひとりとして、安倍政権の憲法解釈を支持したことで、注目された。静岡県生まれ。京都大大学院などで憲法学を学び、博士号も取得。保守派の論壇誌で活躍してきた。

    百地さんは、語気を強めながら語る。

    「長い間、先輩方がずっと取り組まれてきた改憲運動に、私も学生時代から関わってきました。憲法改正がやりたくて、憲法学者になったのです。いま、千載一遇のチャンスがやってきています」

    チャンスだと語る最大の根拠は、安倍晋三首相の存在だ。

    改憲派論客は語る 「国民運動の流れで安倍首相が誕生した」

    超党派による「日本会議国会議員懇談会」には2015年9月時点で、安倍首相を筆頭に、閣僚、自民党役員ら多数が名を連ねている(朝日新聞)。

    百地さんは、安倍首相の支持者を自認する。

    「安倍首相は現にいる政治家の中で、一番秀でていると思っています。なにより国家観、歴史観がしっかりしています。日本会議が安倍首相を誕生させた、という人がいますが、私たちはそんな不遜なことは言いません」

    「日本会議と国会議員、同じ方向を目指し、ともに進んできた。政治活動、勉強会を重ねてきました。結果的に、この運動の流れの中で安倍首相が誕生したとは言えると思います」

    改憲運動は、これまでもなかったわけではない。そもそも自民党自体が、改憲を目的に誕生した政党だ。

    しかし、憲法改正に反対する国民は多く、護憲運動も強かった。

    改憲派はこれまで、「衆議院・参議院それぞれの3分の2以上」という、憲法改正に必要な議席を集めることもできなかった。戦後、憲法が改正されたことは1度もない。

    目標は目先の選挙ではない、国民投票での勝利にある

    ところがいま、自民、公明の与党はすでに衆議院で3分の2を確保し、今回の参院選でも、現状、各社の世論調査では与党優勢と伝えられている。議席数というハードルのクリアは目前に迫っている。

    だから、彼らはすでに先を見越している。憲法を改正するためには、最終的に、国民投票で過半数の賛成を得ないといけない。

    「必要なのは国民を巻き込んだ運動です。理屈、理論だけでは世の中は動きません。草の根運動が必要なのです」


    草の根運動の中心が「国民の会」による1000万筆の署名運動だ。代表発起人には、元小結・舞の海秀平さん、ベストセラー作家の百田尚樹さんといった著名人も名を連ねている

    署名は郵便、FAX、メールで送ることができる。百地さんによると、改憲に向けたこの署名は、単なる数集めのためにやっているわけではない。賛同者のリストはそのまま、国民投票で賛成を呼びかける「基礎資料」に転じていく。

    「私たちは現実の運動をやってきた。単に1000万を集めるのが目的ではありません。選挙並みに考えないといけない。だから、FAXやメール、郵送なんですよ。送られた署名を手元に置いておく。これを元に、国民投票の声かけをするのです。1000万が2000万、2000万が3000万にならないといけない。実際に投票所に足を運んでもらわないと意味がないのです」

    選挙では、こうした基礎資料の質が、勝敗を決めていく。署名は、国民投票勝利のためのツールになるのだ。

    忘れられない成功体験

    「私の成功体験で大きいのは元号法制化運動です」と百地さんは話す。

    元号法は「1.元号は、政令で定める。2.元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。」という、短い法律だ。

    日本会議のホームページに掲げられている年表をみると、手厚く描写されている。成功体験を持っているのは、百地さんだけではない。いま、各地で進む署名運動は、元号法の成功体験が基になっているのだろう。

    昭和、平成という元号を法的に根拠づけるために、1970年代、全国各地で運動が始まった。各地に賛同者を集い、地方議会から議決をあげるよう促し、それを基盤に、最後は国会を動かす。「民主的」な方法で、政治を動かした運動だ。

    この運動を担ったのが日本会議の前身「日本を守る会」である。

    さらなる源流

    今回の署名運動で活用されているのも、その経験に裏打ちされた手法ではないだろうか。誰が考えたのか。私は「日本会議事務総長の椛島さんではないですか」と聞いてみた。

    百地さんはうなずきながら、こう話す。

    「そうでしょうね。(椛島さんは)本気でこの国を立て直したいという気持ちでやっている。その延長で知恵も浮かぶわけです。陰謀論めいたことなんて何にもない」

    椛島有三・日本会議事務総長。

    ベストセラー「日本会議の研究」に、まったくの事実無根の箇所があるとして、出版差し止めを求めた申入書の差出人であり、元号法制化運動の中心的人物だ。さらに言えば、「日本を守る会」のさらに源流にあたる、保守派学生運動の中心にもいた。

    日本会議の中心には、保守派学生運動の出身者が少なくない。当時の志は折れることなく、ずっと持続している。「成功体験」を忘れることなく、運動論を積み上げてきた。彼らからは、地道に保守派の運動を続けてきたという自負を感じる。

    そんな彼らの目標は、目先の参院選だけではない。もうとっくに先回りして、改憲に向けた準備を着々と進めているのだ。

    国家への「純粋」な思い、そして、「現実的」な改憲論

    では、どこから改憲に着手するのか。周辺を取材していても、改憲派は「改憲がしたい。なぜなら改憲が必要だから」ということ以外、一致点がないように見える。

    「いわゆる保守派だけでは、国民投票で過半数を取れません。普通の人が賛成を投じてくれないと改憲はできないのです。だからといって、(改憲の中身が)なんでもいいわけではない」

    日本会議の特徴は、国家再建のための改憲という目的を追求する「純粋さ」と、目的のために理想を一旦置くことができる「現実主義」的な行動力が、両立していることだ。

    日本会議の改憲運動は、いったい、憲法の何を変えようとしているのか。百地さんによると、まずは以下の3点を満たす部分から始めるという。

    1:国家の根幹に関わる事柄であること

    2:緊急性を要すること

    3:国会議員の3分の2、国民の過半数の賛成が得られること

    ここから考えると、護憲派がよく振りかざしている「改憲派の主戦場は憲法9条と自衛隊」という見立ては間違っていることわかる。

    日本会議は早々に、9条改憲に見切りをつけている。なぜなら、現状では国民投票で勝てると思っていないからだ。「仮に安保法制で国民投票をやったら負けていただろう」(百地さん)と考えている。

    最優先は緊急事態条項

    「国民の会」の署名では、次の7つを改正の対象にあげている。

    1. 「前文」…美しい日本の文化伝統を明記すること
    2. 「元首」…国の代表は誰かを明記すること
    3. 「9条」…平和条項とともに自衛隊の規定を明記すること
    4. 「環境」…世界的規模の環境問題に対応する規定を明記すること
    5. 「家族」…国家・社会の基礎となる家族保護の規定を
    6. 「緊急事態」…大規模災害などに対応できる緊急事態対処の規定を
    7. 「96条」…憲法改正へ国民参加のための条件緩和(同会ホームページより)

    この中で最優先とされているのが、「緊急事態条項」だ。

    「私の修士論文は、当時の西ドイツ、ワイマール憲法の緊急権の研究だったんです。私は国家論をやりたかったから。そう考えると感慨深い」としみじみと話す。

    「首都直下地震、大規模テロ……国家の存亡に関わる事態が想定できます。だから緊急事態条項は喫緊の課題であり、かつ賛同も得られやすいと考えています」

    百地さんは、産経新聞や保守派のオピニオン紙「アイデンティティ」に書いた論考を、私に見せながら力説する。見出しには「緊急事態条項で改憲の発議を」「『緊急事態条項』で一点突破を!」。力強い言葉が躍っていた。

    改憲への追い風は吹いている

    自民党改憲草案に緊急事態条項が書かれているのも、追い風になるだろう。今年に入ってから安倍首相も、国会でこう発言している。

    「大規模な災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るため、国家そして国民自らが、どのような役割を果たしていくべきかを憲法にどのように位置付けるかについては、極めて重く大切な課題と考えております」

    こうした考え方には「緊急事態宣言中、三権分立・地方自治・基本的人権の保障は制限され、というより、ほぼ停止され、内閣独裁という体制が出来上がる」(憲法学者・木村草太さん)という批判もある。

    なぜ、ここまで「現実的」な改憲にこだわるのか。百地さんは語る。

    「大事なのは、憲法改正の体験、達成感ですよ。憲法だって、基本的には法律と変わらない、と。我々のルールなんだから。なんで国民自身の手で作り変えられないのか、という思いを共有してくれると思うのです。第一歩を踏み出して、成功すれば次だということに当然なる。(改憲に対する)国民の抵抗感も薄れてくると思います」

    改憲のポイントが7つある以上、憲法改正は1回だけでは終わらないだろう。

    その次に見据える「家族」

    いまの憲法は「家族」を軽視している、と百地さんは指摘する。

    「家族には、祖先以来の血がつながった縦軸の家族、結婚によって成立する横軸の家族があります。いまの憲法には横軸しかないのです。家族より個人のほうが重い、というのがいまの憲法の考え方。この考えを徹底すると家族の崩壊につながるという人もいます。個人が中心ですから」

    「家族を、憲法の中に位置付ける必要があると考えています。家族を保護するのは世界の傾向です。いま憲法には、家族を保護する条項がない」

    日本会議は夫婦別姓導入にも反対している。別姓で家族の絆が失われるというのが、その主張の根本にある。

    「祖先以来の家族、歴史、伝統を大切にするというのが、日本人の倫理・道徳観の支えにもなっていると思います。戦前の家族制度には、マイナス面もあったけど、相互扶助や家族同士の助けあいなどいいところもあったんですよ。いまの憲法には伝統的、大切な家族がどこにもない」

    「こういうと、個人を否定して家族ばかり強調するという人がいますが、違います。家族は社会の基礎だと言っているだけです。個人の尊重と家族の保護。これを両方書くべきという考えなのです」

    これは、自民党の改憲草案にある「 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として 、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という一節にも通じる考えだ。

    9条改憲も現実的に考える

    そして9条。自衛隊との関係をめぐり、長年、憲法問題の中心だった。最もこだわる人が多い条文だが、ここでも彼らの現実論が顔を覗かせる。

    「仮に9条を変えるなら(戦力不保持を定めた)2項の改憲が現実的だと思っています。もちろん実現したい。しかし、いまは時期尚早です。9条改憲の国民投票で負けたら、意味はないし、何より次はないのです」

    憲法を語らない安倍首相、議論をリードする日本会議

    改憲への純粋な思い、悲願達成のために着実に歩を進める現実主義。それは安倍政権の戦略とも重なる。

    今回の参院選では、長年の持論である、改憲主張をあえて封じた。街頭演説ではアベノミクスと野党批判を強めるだけで、憲法にはほとんど触れていない。党首討論では、いきいきと改憲を語り、参院選後に改憲議論を本格化させるとも話し、野党を論破しようと発言を強めているにもかかわらず、だ。

    首相が街頭で語らずとも、改憲問題が参院選の争点の一つであることは間違いない。そして、議論を改憲派側でリードしているのは、安倍首相と歩調をあわせてきた日本会議である。

    これが、いまの現実だ。