TOKIOの福島産小麦に「人殺し」 危険論は、なぜ繰り返されるのか?

    ほとんど「検出せず」なのに…「人殺し」発言までエスカレートする背景

    人気番組「ザ!鉄腕!DASH!!」のなかで、TOKIOが福島県産小麦を使ったラーメンを披露したところ、Twitterにこんなツイートが投稿された。「TOKIO。究極のラーメンて、福島の小麦から作った麺なのかよ。人殺し。」「未だに『食べて応援』している馬鹿がいて頭が痛くなる」。

    元になったツイートは削除されているが、このツイートに対して「根拠を示してほしい」「風評被害を拡大するな」と批判が殺到した。福島産の食材が紹介されるたびに起きる、既視感のある話題だ。なぜ、問題は繰り返されるのか。

    2012年以降、小麦は基準値以下

    福島県水田畑作課の松浦幹一郎さんは淡々とした口調で語る。

    「放射性物質の検査結果はウェブ上で公開しています。ここで、小麦の数値をみると、2012年以降で基準値超えはありません。2011年7月に広野町で収穫されたものが1件基準値を超えていますが、それ以外はない。これが事実です。福島県の小麦は2015年で約430トン収穫がありましたが、ほぼ放射性物質は『検出せず』です。農家の方々も放射性物質を出さないように懸命に対策をしています」

    松浦さんが指摘するように、小麦について情報は公開されている。小麦に限らず、福島県産農産物はウェブ上で膨大な検査結果を知ることができる。

    米は全量全袋調査継続 2015年産は基準値超えは0

    例えば、出荷される米をすべて調べる全量全袋調査を続けていて、2015年産では約1046万点すべてで基準値を下回っている。福島県の米農家や農業関係者は冗談交じりに「いま、福島の農産物で市場に出回っているのは世界一、安全だよ。これだけ気を使って、ちゃんと検査をしているのだから」と話すのを聞いたことがある。

    「人殺し」はヘイトスピーチ 問われるべきは情報のアップデート

    原発事故後、ホットスポットとなった千葉県柏市で地元農家と消費者、流通業者をつなぐ活動をし、農業の信頼回復に結びつけた筑波大准教授の五十嵐泰正さん(社会学)は事態をこう分析する。

    「『人殺し』というのはもはや、ヘイトスピーチであり、まったく許される発言ではありません。一方で、延々繰り返されているように、こうした人に情報をアップデートしろ、データをみろ、風評被害だと言ってもなかなか届きません」

    なぜか。

    「情報のアップデートを必要としていないからです。情報は必要に迫られたら更新されます。原発事故直後の認識で止まっているような発言が繰り返されるということは、東京、関西、海外と福島からの距離が遠い人ほど、そのときから情報を集めなくても、生きていけるということではないでしょうか。彼らに風評被害だと言ったところで『買わない消費者が悪いのか』とさらなる反発につながるだけです。いま考える課題は、どういう発信が情報のアップデートに結びつくか、でしょう」

    事実は積み上がったが、「信頼」は失われたまま

    五十嵐さんは、いま、福島県の海、魚の状況を調査する「うみラボ」の活動も支援し、継続的に福島に通っている。そこで痛感したのが、情報のアップデートに必要なのは、科学的に集められたデータとともに信頼される「人」の存在だ。

    「ウェブ上にアップデートされた情報があるのも事実ですが、普通は必要に迫られない限り自らデータをチェックしたりしません。大多数の中間層はもっとなんとなく、漠然と信頼できるかどうかを決めています。それを非難しても仕方ないのです」

    「情報を自分と地続きの『わがこと』にして、信頼してもらうために、大事なのは『人』です。いくらデータについて教えられても『わがこと』にはなりません。自分が関心がない、あるいは必要がないと感じているニュースについて想像してみてください。データをチェックしろと言われてもしませんよね」

    科学だけではない、これは社会の問題だ

    「福島産を巡る発信は、行政や専門家に対する信頼が失われた、という前提で考えることがポイントになります」

    科学的に計測し、事実は積み上がっている。しかし、これが受け入れられるかは別の問題が絡んでくる。さらにもう一段階、コミュニケーションが必要だ。

    「残念ながら、2011年3月11日以降、混乱の中で信頼は毀損してしまった。だからこそ、農家個人や調査する団体が、『民間』の立場でボトムアップ的に信頼関係を構築することが大事になります」

    「信頼は情報が耳に入ってくるかどうか、(情報を発信する)この人が同じ価値観を共有しているかどうか、人格的に信頼できるどうかで決まっていくことがほとんどです」

    「多くの人にとって、すべてのデータソースにあたるより、そのほうが効率的だからです。これだけデータが積み上がっている以上、『この人なら信頼できる』という人や活動が増えることが、最終的に一般的な福島産への信頼につながっていくと思います」

    福島産を巡る問題は、科学だけでなく、「社会」の問題でもある。非難だけでは解決しない。だからこそ、五十嵐さんはこう強調する。

    「陣営にわかれて対立しているように『見える』だけで、中間層はめんどくさくなって結果的に関心は離れていきます。悪い意味での『風化』です。大事なのは、データを集める、信頼を積み上げていくという地道な活動です。震災から5年が経っても、それは変わらないのです。科学的には決着したと思っている人も多いかもしれませんが、社会的には何も終わっていません」