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福島の農家の嘆き「情報が伝わらない」積み上げたすごいデータ

福島第1原発事故を受けてはじまった、食品の放射性物質検査。いま、体制の見直しが議論されている。そこで、ひとりの福島の農家が語ったこと。

事故からまもなく6年を迎える。福島県産の食品は、生産者の努力により、内部被曝調査をしてきた科学者が「人々が普段食べているものなら、福島産を食べることはまったく問題ないと断言できる」(早野龍五さん)と言うまでになった。

2月2日、東京都内で開かれた農林水産省など関係省庁による意見交換会「食品に関するリスクコミュニケーション」。この日の主題は、国が打ち出す放射性物質の食品検査体制の見直しだ。

「食品の検査体制を見直したい」(農水省)

農水省食品安全政策課の吉岡修課長の発言が端的に、国の姿勢をあらわしている。

「放射性物質の検査をしているから安心というステージから、リスクが低いから検査を効率化するというステージにいきませんか、というご提案をしているということなんです」

福島県郡山市の米農家、藤田浩志さんらパネリストとともに、関係省庁の職員が壇上にずらりと並び、会場から寄せられる質問に答える。

質問の中身から察するに、市民団体や行政の関係者などが多そうだ。

「国はリスクが低いと言っているが、いまの福島の状況は危険だ」「検査の縮小をすべきではない」といった質問に対して、官僚が淡々としたお役所言葉で答弁を繰り返す。

危険か、安全か。リスクが高いのか、低いのか。福島を巡り、繰り返されてきた議論が、この会場でも出てくる。その様子は、コミュニケーションというより、説明会あるいは、双方が意見を述べ合うだけの場といったほうが適切だ。

「誇りを持って福島県で農業をやっていきたい」

たまらず、手を挙げた藤田さんはこう切り出した。

「現場からすると、議論が『空中戦』(地に足ついていない)すぎる。検査をゆるめるべきだ、厳しくすべきだという議論は全然、福島の農業の現場に寄り添っていない。残念です」

そして、こう続ける。

「僕たち生産者が困っているのは、売り上げが下がった云々じゃない。築き上げてきたブランド価値や消費者との絆、後継者が頑張ろうというときにくじかれたこと。それが辛いんです」

「国が検査を縮小するというなら、もう少しポジティブに打ち出してほしい。福島県は世界でもっとも安全性が確認された農産物を出せる県にする。栄養価や美味しさを打ち出すとか、付加価値をつけたいと僕たちは思っている」

ふっと一息つき、一段と声を張り上げる。

「僕たちのことをみてほしい。僕たちは数字じゃなく、生きている。誇りを持って福島県で農業をやっていきたい」

その日、藤田さんは憤りを通り越して、疲弊しているようにみえた。

憤り、疲弊の背景にあるもの。いま、福島県の農産物を巡る最大の課題は、生産者が積み上げてきたデータがうまく伝わっていないという現状だ。

一つのデータからはじめたい。

これは福島県が2012年からはじめた米の全量・全袋検査の結果を示すグラフ(2016年生産分)だ。

福島県で生産された1年あたりおよそ1000万袋以上の米を調べた結果が、一目でわかる。2016年、放射性セシウムの基準値(1キロあたり100ベクレル)を超えたものは0。それも2014年から0が続いている。

グラフをみれば明らかなように、99・9%以上が測定下限値の25ベクレル未満だ。つまり、ギリギリで基準値をクリアしているのではなく、大幅に下回っていることを示している。

日本の基準値は海外と比べても厳しい。例えばEUの基準なら1キロあたり1250ベクレルとなる。

ちなみにカリウム40などの放射性物質は、多くの食品に原発事故前からある。例えば ポテトチップスは1キロあたり400ベクレル含まれている(科省)。

検査結果も、福島県などでつくる「ふくしまの恵み安全対策協議会」のウェブサイトで簡単に調べることができる。

それなのに、と協議会の担当者はBuzzFeed Newsの取材に嘆く。

「主食のお米に関しては福島県で、全量全袋の検査をしています。国以上に厳しく検査をしているのに、市場価格は低値安定です。買われるけど価格は戻っていない。これが現実なんです」

他の農産物の検査結果はどうか。

ふくしま新発売」というサイトに飛べばいい。2016年、基準値を超えたものはどれだけあるか?検査件数の多い野菜や果物、肉類も「該当情報がありません」と表示されるはずだ。

つまり、ないのだ。

福島県庁担当課の職員はこう話す。

「主力の米、野菜、果物に関しては基準値超え0が続いています。安全は証明できたと思っています。検査品目は維持しますが、件数の効率化は図ってもいいと思うのです」

もちろん、懸念は残っている。

「原発の廃炉作業は終わっていません。原発で何か起きたら、私たちは消費者や業者のために『基準値以下』であることを証明し続けないといけない」

積み上がったデータは伝わっているか?

国が見直しを打ち出す背景にあるのも、こうして積み上がったデータに根拠がある。しかし、それは伝わっているのか。

これで「検査縮小」や「検査体制見直し」という言葉が独り歩きしたらどうなるのか……。藤田さんは違和感を隠さずに、発言した。

「情報が伝わっていないですよね。これだけ伝わらないなかで検査縮小という見出しがでたら、どんなイメージになりますかね?『福島県はお金がなくて、検査を縮小したんだな。もうダメだな』となってしまう」

「(検査を縮小するなら)2011年の情報で止まるのではなく、2017年版の情報にアップデートできたうえで、縮小するというのが手順ではないか」

国の姿勢に対する、根本的な批判だ。

もっと実りある議論がしたい

名ばかりの「リスクコミュニケーション」が終わった後のことだ。藤田さんはこんな話をしてくれた。

「検査体制を縮小するのは、これだけデータが揃っているから構わないんだけど、その次がないといけない。きょうはお互い言いたいこといっただけで、コミュニケーションじゃないでしょ」

「次にいくために必要なのは論点を変えることだと思う。論点は、検査体制の見直し云々じゃなくて、これからの福島県をどうするか。これからの子供たちに安全で安心した食べ物を提供するにはどうしたらいいか」

生産者が嘆いてしまうコミュニケーションの場、公開している情報が伝わらない……。これが2017年、福島の食を巡るやっかいな現実だ。

「あんまりしゃべってないのに、本当に疲れた」と苦笑しながら、藤田さんは語る。

「俺は賛成、俺は反対じゃなくて共通の目標を設定したいなぁ。もっと実りある議論がしたいんですよね」