【参院選】ネット党首討論 で憲法を語り、街頭で経済を語る首相 改憲は争点なのか?

    23分50秒の街頭演説では、憲法を語った時間は0秒だった。

    盛り上がった憲法議論

    新聞やテレビの政治部記者が、口々に感想を述べあっていた。

    「憲法で盛り上がったね」「思った以上だったね」

    6月19日午後8時、六本木。BuzzFeed Japanを含むネット企業10社の共同プロジェクト「わっしょい!ネット選挙」が企画したネット党首討論の一コマだ。

    党首討論は前半に経済、後半は憲法がテーマになった。後半のほうが、議論は盛り上がった。

    理由は、はっきりしている。安倍晋三首相が野党を名指しで批判し、活発に議論を交わしたからだ。

    経済論戦でも、各党から主張が続いたが、金融政策から、税の徴収の仕方、奨学金、労働法制、規制緩和まで話が広がり、論点がはっきりしなかった。

    憲法問題は参院選の争点か?

    憲法は違った。憲法改正は参院選の争点なのか、どこを改正しようとしているのかを巡って、正面から議論が交わされた。

    そもそも改憲は安倍首相の悲願だ。今年3月には国会でこう語っている。憲法改正を「私の在任中に成し遂げたいと考えている」。しかし、参院選に向けて自民党が作った政策パンフレットで、改憲はわずか10行で書かれているだけだ。

    民進党の岡田克也代表は、安倍首相の姿勢をこう批判した。

    「安倍首相が憲法改正に熱意を持っているのは間違いないと思います。改憲勢力で3分の2を目指すと発言していた。ところが、選挙が近くなると、これは争点ではないという。堂々と、憲法のどこをどう改正するのか。この参院選で議論しようじゃないですか」

    安倍首相がすかさず反論する。

    「自民党は結党以来、憲法改正を掲げている。憲法改正を考えている人が集まっているのが自民党。憲法を変えるが、どの条文かというのは決まっていないので、(今回の選挙では)議論できない。憲法審査会で議論していく」

    さらに「決めるのは国民投票。国会議員ができるのは発議までだ」と付け足す。

    自民党と一緒に政権を担っている、公明党の山口那津男代表は「我々は国会で議論を深めて、合意を作ることに努力をしたい。残念ながら(議論が)成熟していないので、今回の選挙では争点にはならないと思っている」と発言した。

    別の党首の発言も挟みながら、議論はさらにヒートアップしていく。

    岡田代表は再度、質問した。

    「私が安倍さんに申し上げたいのは、この選挙で憲法9条を変えると、自分は変えたいと思っていると正々堂々と議論すべきじゃないですか。普段は言いながら、選挙になると隠して、黙って、これは争点じゃないという。まったくおかしい」

    安倍首相の反論はこうだ。

    「我々は憲法改正草案を示してますから。何にも隠していませんよ。それを見ればわかることです」と短く反論し、素早く質問を返す。

    「(共産党の)志位さん、自衛隊が憲法違反なら、自衛隊をすぐに廃止すべきではないですか。その共産党と一緒に政権を作るんですか、岡田さん」

    共産党・志位委員長の発言にも言及する。改憲問題をきっかけに、安倍首相はどんどん多弁になっていった。

    安倍首相「岡田さんは、志位さんが民進党と一緒に政権を作っていくといっていましたが、岡田さん、それでいいんですか」

    岡田代表「現時点で政権をともにすることはないと言っています」

    安倍首相「現時点で、ということは将来はあるんですか。安倍政治にノーとか言ってますが、それしか一致点がない。私がやめたらどうするのですか。参院議員の任期は6年ありますよ。無責任ではないですか」

    「時間が過ぎております」と司会者が止めに入っても、発言は止まることがなかった。

    時間を追うごとに、安倍首相の表情には笑みが増していった。憲法を議論すること自体が、楽しそうにみえる。

    安倍首相の街頭演説 憲法に言及した時間は0秒

    ところが、党首討論でこれだけ雄弁に語っていた憲法問題を、安倍首相は街頭で語らなかった。党首討論の前、同じ19日午後4時から、JR吉祥寺駅前であった街頭演説会。

    選挙カーの上から、安倍首相が演説した。時間は、手元の時計で23分50秒だった。

    この間、安倍首相が「改憲」に言及した時間は0秒だ。そもそも、憲法という言葉を一言も使わなかった。

    では、なにを語ったのか。

    「経済政策」と「民進党、共産党の無責任さ」だ。

    「この参院選、問われているのは経済政策」であり、「野党は批判ばっかりで、無責任だ」と語る。

    この日、「批判ばかり」だと、言われたのは野党だけではない。

    「帰れ」コールに安倍首相は……

    安倍首相に批判的な聴衆から、登壇と同時に「帰れ」コールが起きた。彼らは安倍首相の政策に反対するプラカードを掲げていた。

    彼らを意識したのだろう。安倍首相は笑い声も混ぜながら、こう言い返した。

    「子供の時、お母さんからあまり人の悪口を言ってはいけないと言われましたから、人を批判したくありませんが、わかりやすく話をさせていただきたい。批判ばかりしている人が、妨害ばっかりしている人がいますけど、皆さんこういうことはやめましょうね。恥ずかしいですから」

    支持者からは、ここで大きな拍手が起こった。

    安倍首相「気をつけよう、甘い言葉と民進党」

    経済が争点と自ら語るだけあって、アベノミクスの「成果」については、雄弁だった。雇用が増えた、有効求人倍率が高水準になっている、高卒の就職率は98・4%……。

    「政治に求められているのは雇用を生み出すことだ」

    安倍首相は、テンポよく語る。

    「批判ばかりしていても、何も生み出すことはできない。私たちは結果を出している」

    「女性の皆さんが家庭においても、職場においても、地域においても可能性や能力をいかすことができる社会を作る。保育の充実、介護の充実、待遇改善も行う」

    安倍政権の成果と公約を語るとともに、セットで必ずと言っていいぐらい民進党など野党との比較、批判がつく。とりわけ、象徴的なのはこのフレーズだ。

    「『気をつけよう、甘い言葉と民進党』です、皆さん」

    ここでも、大きな拍手が起きた。

    対照的な首相

    肝心の憲法に触れられないまま、23分50秒の演説は終わった。憲法について、なにか発言するのではとICレコーダーを回し続けたが、最後は締めのガンバロー三唱だった。

    ネット党首討論で見せた「イキイキと野党の矛盾点を批判し、雄弁に憲法問題を語る安倍首相」と、街頭演説で見せた「経済政策にほとんどの時間を費やし、憲法について一言も触れない安倍首相」。

    この日、首相の語った言葉、姿はあまりに対照的だった。参院選は6月22日(水)に始まり、7月10日(日)に投開票される。