オバマ大統領の広島訪問をどう報じたか 際立つ産経、BBCは核ボタンに注目

    産経「日本は核オプションを議論せざるをえなくなる」

    歴史的なオバマ大統領の広島訪問。各メディアはどう伝えたのか。全体的には評価する記事が多い中、日本の核武装に言及した産経や、オバマ大統領が「核のボタン」を持参した矛盾を指摘したBBCなど、違いもある。

    約17分のオバマ大統領のスピーチ。日本の主要5紙は、犠牲者の追悼、日米の和解、核廃絶への意志、といった意義では一致した。ただ、各社の論説委員たちでまとめる社説や、担当記者による解説からは、それぞれ違う評価が見られた。

    社説は

    毎日

    社説の見出しは「核なき世界へ再出発を」。オバマ氏の決断を評価しつつ、「核兵器のない世界」を改めて訴えた同氏が退任した後の日本の覚悟を求めている。

    さまざまな障害を乗り越えて広島に来たオバマ大統領の決断を評価したい。(中略)「核兵器のない世界」への新たな出発点と考えたい。

    日韓の核武装を認めるトランプ氏(共和党)が次期大統領になれば、「核なき世界」構想は白紙に戻るかもしれない。「オバマ後」は日本が「核なき世界」への運動を主導する覚悟を持つべきである。

    朝日

    見出しは毎日とほぼ同じ「核なき世界への転換点に」。訪問は評価しつつ、「日米両国で、核の役割を下げる協議を進めていくべきだ」と主張した。

    キノコ雲に覆われた地で、当事国の首脳が惨禍に思いを寄せたことは、核時代の歴史の一章として特筆されるだろう。(中略)核軍縮の機運を再び高めるべく、オバマ氏が被爆地で決意を新たにしたことを評価したい。

    核を持つ国々に共通するのは、核の威力に依存し、安全を保とうとする考え方だ。米国と、その「核の傘」の下にある日本もまた、そうである。(中略)核保有国と同盟国が核依存から抜け出さない限り、核のない世界は近づかない。

    日本とアジアの関係についても注文した。

    真の和解は、相互の心情を理解し、歩み寄る努力の先にしかない。(中略)問われるのは日本も同じだ。(中略)戦禍を被った国々と真摯に向き合い、戦地での慰霊といった交流の努力を重ねる。日本がアジアの人々の心からの信頼を得るには、その道しかない。

    日経

    見出しは「日米和解をアジア安定に生かそう」。和解と核軍縮において歴史的な意味があると主張する。日本の核軍縮を主導するように求めた。

    日本にとってはもちろん、世界にとっても極めて大きな意義をもつ訪問である。

    2つの歴史的な意味がある。ひとつは、かつて敵国として戦った負の歴史を乗り越え、日米が和解をさらに深める足がかりになることだ。

    もうひとつの意味は、オバマ氏が09年に唱えた「核兵器なき世界」の目標に、世界の注目があらためて集まる契機になることだ。

    日本は唯一の被爆国として核廃絶を訴える一方で、米国の核戦力によって守られているという矛盾した顔をもつ。核保有国に囲まれた現状では、ただちに米国の「核の傘」をなくすことはできないにせよ、核軍縮の流れを主導する責任が日本にはある。

    朝日と同様にアジアとの関係にも言及した。

    大戦で正面からぶつかった日米が和解を進め友情をさらに深められるなら、同じことは日本とアジア諸国にもできるはずだ。オバマ氏の広島訪問は、そんなメッセージも放っている。日中、日韓はいまだに歴史問題で対立し、ぎくしゃくした関係から抜け出せないでいる。過去を克服し、未来志向の関係を築くきっかけにしたい。

    読売

    見出しは毎日や朝日とほぼ同じ「『核なき世界』追求する再起点」。「戦火を交えた日米両国の和解と同盟関係の深化の象徴でもある」ととらえた。

    「核兵器のない世界」という崇高な理想に向けて、現実的な歩みを着実に進める。そのための重要な再起点としたい。(中略)唯一の原爆使用国と被爆国の両首脳が並んで平和を誓った意義は大きい。現職大統領の歴史的な被爆地訪問を評価したい。

    一方、核軍縮の過程にはこう注文をつけた。核が「抑止力として有効に機能している」という点を評価し、段階的な核軍縮を求めている。

    米国の「核の傘」は、日本など同盟国の抑止力として有効に機能している。核兵器の備蓄や使用をいきなり禁止するのは、各国の安全保障を無視する議論だ。

    安保環境に配慮しつつ、各軍縮を段階的に進めることが現実的なアプローチである。

    産経

    見出しは「核の惨禍防ぐ決意示した」。訪問には最も中立的な立場だった。

    世界に核の惨禍をもたらさない努力を誓い合う、歴史的機会になったと受け止めたい。

    一方、読売と同様に急激な核軍縮には慎重だ。「核兵器なき世界」の実現には「日米同盟は欠かせない」と主張し、核抑止の確保も求めた。

    「核兵器なき世界」の理想を追求する上でも、強固な日米同盟は欠かせない。

    近隣諸国の核兵器は現実の脅威であり、米国が提供する「核の傘」の重要性が増しているのが実態である。核抑止を確保しつつ、核軍縮・不拡散に取り組む。困難な道であっても、オバマ氏の広島訪問を歩みを進める契機としたい。

    各紙の社説をまとめると、朝日・毎日が核軍縮に日本も主体的に取り組むことの大切さを訴える一方で、読売・産経は「核の抑止力」の重要性も指摘し、より慎重な意見だ。日経はその中間か。

    担当者の解説は?

    日経

    編集委員が1面で、いま謝罪は求めなくていいと意見。日本が自らの行動を振り返ることを提案した。

    犠牲者を悼み、人類の愚行を省みる。「自分たちは悪くない」から踏み出しただけでも、歴史的な決断である。それ以上をいま求めなくてもよいのではないだろうか。

    原爆投下を謝らない米国はかなくなだが、日本も似た面がある。そこまで思い至れば、広島と長崎で亡くなった罪なき人々にわずかでも報いることができる。

    毎日

    論説委員長が1面で安倍首相に真珠湾への訪問を促した。

    次は日本の首相が真珠湾を訪れるのが、自然な流れだろう。(中略)原爆と真珠湾というトゲを抜いた先に、日米両国の新しい絆が生まれるに違いないからだ。

    産経

    論調の違いが際立つ。3面でオバマ氏の「記憶が想像力を養い、われわれを変えさせてくれる」との発言部分を批判した。

    「反戦・反核」の情念こそが世界を変えると期待する論理はむしろ、米国の世界的影響力を相対的に低下させ、核軍縮でも不完全燃焼気味だったオバマ氏の「黄昏」を感じさせることとなった。

    1面では、今回の訪問を「中国の歴史カード砕く一撃」という見出しで表現。

    (献花に訪れたオバマ氏の行動は)オバマ氏の外交遺産になり、日本を「米中共通の敵」とする江沢民元中国国家主席の外交遺産を打ち砕く一撃でもあったからだ。

    (中国は)日本の「被害者イメージ」が高まると、日米分断の切り札にこの「加害者カード」が使えなくなる。

    米国はたたきのめした相手国にわびることはしないし、日本も謝罪を求めるような品位のないことはしない。日米戦争は米国にとっての「義戦」であり、大量殺戮の現場を訪れることは難しかったのだ。だからこそ、オバマ氏の広島訪問によって、日米同盟の感情のくびきから解放され、同盟関係は一段と強化されるのである。

    さらに、日本の核武装の可能性にも触れた。

    米国に望むのは、核削減といえども力の均衡を崩さないように減らすこと。米国の「核の傘」に信頼がおけなくなれば、日本は核オプションを議論せざるをえなくなるからだ。


    地元紙は

    地元・中国新聞は「核兵器廃絶の出発点に」とする社説を掲載。スピーチの締めくくり部分を歓迎した。

    平和記念公園に滞在したのは1時間足らずとはいえ、私たちにとってそれ自体が大きな意味を持つ。(中略)オバマ大統領と対面した被爆者たちからも万感の思いが見て取れた。(中略)大統領もその手をずっと握り締めていた。広島の人たちの胸に響く光景だったはずだ。

    「謝罪」の言葉はなかったものの、一般的な戦争犠牲者とははっきり区別して「原爆死没者を追悼するために来た」とも口にした。

    核兵器の非人道性については直接触れなかった。(中略)「核兵器なき世界」を唱えながら、オバマ政権が老朽化した核兵器を更新する計画を持つなど、矛盾する行動を続けている。あえて核兵器を所感の軸に据えることを避けたという見方もできなくはない。

    私たちは前向きに受け止めたい。所感の締めくくりの言葉が印象的だった。「広島と長崎は、核戦争の夜明けとしてではなく、道義的な目覚めの始まりとして知られるだろう」と。そうした未来を世界全体で選び取ろうという核超大国の首脳の決意とすれば評価できる。

    一方、編集局長は1面で「まるで哲学者のようなスピーチ」「具体性に欠けた」と指摘。

    廃絶への道筋をはっきり示したとも言えない。(中略)核兵器廃絶というゴールが遠いのも、悲しいかな、国際政治の現実だ。

    さらに、広島の人々の思いをこう表現した。

    被爆者たちが、死を免れた喜びではなく、むしろ「自分だけが生き延びて申し訳ない」と自らを責め続けたことも理解されたと信じる。その自責の念があるからこそ今回、多くの被爆者は「まどうてくれ(元に戻してくれ)」という広島弁を自ら封印したのだ。謝罪の代わりに、ヒロシマの地できっぱりと核抑止力からの決別を宣言してくれると、オバマ氏だからこそ期待したのだ。

    3面では痛烈な批判も。

    個人の感受性は伝わるが、被害者の願いである核兵器廃絶への具体策は皆無。(中略)歴史的な訪問を果たした核超大国の指導者の決意としては、あまりに物足りなかった。

    日米同盟の強化は強調していない、という解釈を示した。

    核被害の当事者を前に「核兵器で日本を守る」とはさすがに言えまい。核兵器の恐怖と戦争を避ける方策として、日米同盟関係の強化を強調することなく、「われわれは人類という一つの家族の仲間であるという根源的な考え」などとしたのも印象的だった。

    欧米メディアの視点は異なる

    原爆を投下したアメリカのメディアは淡々と事実を伝える一方、日本の新聞と違う視点も投げかけている。

    真珠湾へ

    独自部分が際立ったのはワシントン・ポスト。ホワイトハウスは真珠湾攻撃から75年となる今年12月に安倍首相が真珠湾を訪問することを歓迎していると報じた。米政府高官は「安倍首相が来なければ、驚きだ」と話したという。

    広島訪問の背景はこう解説した。

    歴代の米大統領は、ハリー・トルーマン大統領が決定した原爆投下への謝罪とみなされることを恐れて広島訪問を避けてきたが、(中略)オバマ氏と顧問らは、任期最後の年となるこの時期に、謝罪としてではなく、2国間の同盟に焦点を当て、日本に投下された爆弾より格段に強力な現代の核兵器の脅威を警告するために巡礼をすることはふさわしい、と判断した

    戦争の責任については、こう指摘した。

    オバマ氏は、すべての側が苦しむと同時に、戦争の惨禍に責任があるとはっきりさせようとした。昔の戦争の残虐行為を巡って日本と近隣諸国が激しい議論を続ける中であってもだ。

    「安倍首相への褒賞」

    ニューヨーク・タイムズは、オバマ氏の広島訪問は「安倍首相が、2国間の関係を改善し、緊密な軍事関係を築いたことへの褒賞」の意味もあったと指摘した。オバマ氏のスピーチが多くの日本人に歓迎されたと報じた。

    慰霊碑に刻まれた「過ちは繰返しませぬから」という文も紹介。

    過ちとは、原爆なのか、それとも戦争そのものなのか、さらに、誰をとがめているのか、これらは語られていない。

    原爆に至った日本自身の役割を認識していないことは、帝国支配下で苦しんだ中国や韓国などを長く苛立たせてきた。

    謝罪をめぐる中国や韓国からの懸念にも触れ、こう解説した。

    オバマ氏は謝罪をしなかっただけではなく、日本は「単純な部族間で起きたのと同じように、支配し、征服したいという基本的な本能によって生まれた」戦争に責任があると明確にした。

    このオバマ氏の発言部分は、アトランティックも引用した。

    第2次世界大戦中に日本帝国陸軍のもと苦しんだ中国や韓国を含む多くの日本の近隣諸国は謝罪に反対した。今日も、戦時中の日本の支配の傷やその期間の市民の取り扱いは、生傷のままだ。

    いかにも、オバマ氏は「戦争は、単純な部族間で起きたのと同じように、支配し、征服したいという基本的な本能によって生まれてきました。古いパターンが新しい能力によってさらに増幅されてきました。制約はそこには働きませんでした」と広島で発言して、日本の行動について触れた。

    辛辣なBBCの指摘

    オバマ大統領の発言の矛盾を冷静に突いたのがBBC。大統領が被爆地で「核兵器のない世界」を訴えながら、いつも通り、核攻撃命令の暗号を収めたブリーフケースを持ってきていたことを指摘した。

    確かにその演説は高邁な理想に溢れてはいたが、世界最大級の核兵器備蓄量を誇る国の最高司令官であることには変わりないと指摘する人もいるだろう。しかも(オバマ氏は)その核兵器の備えを刷新するため、数十億ドルの予算措置を承認した当人でもあるのだ。

    大統領からわずか数列後ろにはいつものように、核攻撃命令の暗号を収めたブリーフケースを手に、将校が待機していた。


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