国歌斉唱を拒否した選手「人々を虐げる国は誇りに思えない」 反発と擁護と

    「表現の自由はアメリカの原理。国歌斉唱するか、しないかの権利を認めます」とチーム

    プロアメリカンフットボール(NFL)で活躍するクオーターバックが、試合前の国歌斉唱で起立を拒否した。人種差別を是正しない国に誇りは持てない、という抗議表明だ。賛否両論あり、激しい議論が起きている。選手はあらためて、自由と正義というアメリカの理念が実現されるまで起立しないことを強調した。

    起立を拒否したのは、サンフランシスコを本拠地とする「フォーティーナイナーズ(49ers)」のクオーターバック、コリン・キャパニック選手(28)。8月26日夜のプレシーズンマッチで、試合前の国歌斉唱セレモニーに立ち上がらず、座ったままだった。

    NFL QB Colin Kaepernick Sat During the National Anthem to Protest America's 'Oppression' https://t.co/WOWJgtRZJ0

    なぜか。

    同選手は試合後、NFL Mediaの取材にこう答えた。

    「黒人や有色人種を虐げる国の旗に誇りは示しません」

    「わたしにとって、これはフットボールより大事なことなんです。見て見ぬふりをすれば、自己中心的だと思います。路上には死体が転がるのに、有給で職場を離れるだけで、殺人罪を免れている人間がいるのです」

    どういう意味か?

    警官による黒人射殺

    キャパニック選手が示唆したのは、警官による相次ぐ黒人の射殺事件だ。アメリカに根強く残る人種差別を象徴している。

    ルイジアナ州では7月5日、無抵抗の黒人男性が白人警官に取り押さえられて射殺された。その一部を撮った動画がネットに投稿され、抗議行動が広がった。

    翌日にも、ミネソタ州で警官が車を運転していた黒人を射殺。その様子を同乗していた女性がFacebookライブし、衝撃を与えた。

    亡くなるのは黒人ばかり。

    2012年、フロリダ州で17歳の黒人少年が自警団長に射殺された。だが、無罪判決となったのをきっかけに、黒人への暴力に抗議する「#BlackLivesMatter(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大切だ)」運動が始まった。

    2014年にはミズーリー州で18歳の黒人少年を射殺した白人警官が不起訴になり、暴動が発生。ニューヨーク市では白人警官に首を絞められた黒人男性が死亡。この警官も不起訴になった。#BlackLivesMatterが大きなうねりとなった。

    「虐げられている人たちのために」

    キャパニック選手は「状況をきちんと理解する必要性を感じていた」と話し、熟慮のうえでの起立拒否だったことを明らかにした。

    事前にチームや関係者に相談したり、知らせたりはしなかったという。

    「これは誰かに相談してやるようなことではありません」「賛成してほしくてやるんじゃない」

    立ち上がるのは、国旗のためではない。

    「虐げられている人たちのために、私は立ち上がらなければならないんです」

    同選手はチームの中心で、2012年にはチームを18年ぶりにスーパーボウルに導く原動力になった。人種の異なる両親の間に生まれ、白人家庭の養子として育っている。

    チームは「決断を尊重」

    信念にもとづいたキャパニック選手の行動。フォーティーナイナーズはBuzzFeed Newsの取材に、決断を尊重するという声明を出した。

    「信教や表現の自由といったアメリカの原理に基づき、個人が国歌斉唱に参加するかしないかを選ぶ権利を認めます」

    割れる意見

    だが、キャパニック選手の行為をめぐって、意見は真っ二つに割れている。

    「つまらないヤツだ。うせろ。成功するチャンスを与えてくれた国が嫌だって?それなら、出て行け」とメジャーリーグのオーブリー・ハフ元選手はツイートした。

    キャパニック選手のユニフォームを燃やす人たちも。

    If you burned your Kaepernick jersey, you should burn your Ali poster too https://t.co/3rVN5rerrS

    チームのファンだという男性は「ずっと座ってろ。これがおまえへの敬礼だ」と言って、ユニフォームに火をつけるFacebook動画を投稿した。

    別の男性はInstagram動画で、「おまえが敬意を表して立つことを拒否した国旗を守るために、毎日、亡くなっている人たちがいるんだ」と言って、ユニフォームを燃やした。

    賛成する人たちも

    一方、キャパニック選手を応援する人たちも。

    「なんでアメリカを愛しているかって? アメリカには、国歌斉唱の間、コリン・キャパニック選手は座ったままでいる権利があるから」

    「コリン・キャパニック選手のユニフォームを買いに行かなきゃ」

    モハメド・アリの再来

    6月に亡くなったボクシングの元世界王者モハメド・アリを例に挙げて、キャパニック選手を賞賛する動きもある。

    アリは反骨のアスリート。黒人差別について声をあげ続けた。

    1967年には、ベトナム戦争への反対と信仰を理由に米軍への入隊を拒否し、王座を剥奪された。彼はこう言った。

    ベトナム人たちは俺を「ニガー(黒人の蔑称)」とは呼ばない。俺をリンチしたり、犬をけしかけたり、国籍を奪ったり、俺の父や母を殺したり、レイプしたりしない。なんで、俺がそんな人たちを撃ち殺さないといけないんだ? なんで、ベトナムの貧しい人たちを殺さないといけないんだ? 俺を刑務所にでも入れればいい。

    徴兵拒否の罪で起訴されたが、最高裁まで争い、71年に無罪が確定した。2005年、民間人への最高勲章である大統領自由勲章を受けた。

    アリとキャパニック

    こんなアリの姿とキャパニック選手への評価の違いを指摘するツイートが相次いだ。

    薄っぺらい人たちを冷笑するツイート。

    「キャパニック選手を非難するけど、アリは大好きだったというなら、アリが何のために立ち上がったかは実はどうでもよかったってことですね」

    人々の態度の変節を皮肉るツイート。

    「2ヶ月前:モハメド・アリが信じることのために勇気を持って立ち上がったことを賞賛する」「今日:コリン・キャパニックは恩知らずだ!」

    信念のために

    キャパニック選手は28日、あらためて各社のインタビューに答えている

    賛否両論が渦巻くことに、こう反応した。

    「いいことだと思います。意識が高まって、みなが実際に起きていることに気づき、光がより当たる。どうやったら変化を起こせるか会話を始めてくれて、そうすれば前進できます」

    「リアルな会話ができれば、お互いをよりわかり合って、変化を起こせる。みんなが平等に扱われ、同じ自由を持てるようになる」

    起立拒否は、国に命を捧げた人たちへの侮辱ではないかという批判にはこう答えた。

    「この国のために戦ってきた人たちをとても尊敬しています。家族や友人にも国のために戦った人がいます。みんなの自由と正義のために戦ってくれています。なのに今(この国は)そうはなっていないんです。みんなに自由と正義をもたらしていない」

    いつまで抗議を続けるのだろうか?

    「旗が本来象徴するべきものを象徴するようになったとき、私は起立します」

    選手生命を絶たれ、高額の報酬も棒に振ることになるかもしれないーー。キャパニック選手は、こうした反発もすべて予想したうえで、覚悟を決めていた。

    「たとえフットボールを取り上げられても、選手資格を奪われても、正しいことのために立ち上がったと、私自身が分かっていればいいんです」