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セクハラや長時間労働に悩む女性記者たち マスコミの抱える課題

電通で過労自殺した新入社員の女性。それを伝えるメディア側の働き方について、同世代の女性たちに話を聞きました。

電通の新入社員、高橋まつりさん(当時24)が自殺したのは、2015年のクリスマスの朝だった。

報道各社は当初、電通の労働体制や働き方の問題点などを批判的に指摘。ほかの企業における長時間労働にフォーカスを当てた記事も多く伝えた。

でも、報じる側はどうだろう。マスコミの働き方には問題がないのだろうか。

BuzzFeed Newsは、新聞と雑誌業界で記者として働いてきた20代の女性に話を聞いた。

本当に辛かったサツ回り

「電通の長時間労働を批判する記事を書いているのは、自己矛盾じゃないかなと感じました」

全国紙の新聞記者として働いてきた20代女性は、BuzzFeed Newsにこう語る。伏し目がちなまま、こう続けた。

「社会にいくら訴えても、自分たちが変わらないと説得力がないですよね」

彼女自身も、長時間労働に苦しんできた一人だ。現状を少しでも訴えたいと、今回の取材に応じてくれた。

特に大変だったのは、事件事故の担当をしていた時だった。特に、毎月のように事件があったある1年間は、「本当につらかった」と振り返る。

全国紙の新聞記者は、ほとんどの場合、入社後すぐに地方に配属され、警察取材、通称「サツ回り」で鍛え上げられる。あらゆる事件の情報が集まる警察署で、取材力を磨き、なにかが起きた時の瞬発力をつけるためだ。

その日に事件や事故が起きるかどうかは、神のみぞ知る。人口が多い地方に配属されれば、忙しさは確実に増す。

火事や大事故、殺人事件が起きれば、いつどこにいようが現場や警察署などに駆けつけないといけない。寝ていても、飲んでいても、お風呂に入っていても、恋人と過ごしていても。

「移動の自由」はなかった

「事件、ニュースに動かされる仕事なんだから、仕方がないとも思ってきました。入る前から想像していた通りでした」

たとえば朝5時に起きて、口紅だけをつけて30分で家を出る。8時に警察幹部の家の前にたどり着く。笑顔であいさつをしたら、そのまま記者クラブへ向かう。

午前中に記事を執筆。昼休みは1時間。その後はいろいろと雑務をこなし、夕方から朝の12〜1時まで、再び警察幹部の家を回る「夜回り」だ。

そう、すべては「ネタ」のため。

食事はコンビニのおにぎり。家に帰ってするのは、シャワーを浴びて、寝ることだけ。

深夜2時ごろに布団に入ると、「なにをやってるんだろう」と、自然と涙が出る日も多かった。常に携帯が鳴っている気がして、なかなか眠れなかった。

ほっと一息をつく休みだってない。今になって当時を振り返ると、鬱だったんじゃないかと思っている。

「休日も、なにかがあっても呼び出されることばかりでした。それに、地方支局の人が減らされていて、土日の出番(当直勤務)を回されることも多かったですね。もちろん、平日に代休なんか取れません」

それでも誰かに相談しようと考えたことはなかったという。「実情を訴えてもなにも変わらない」と、諦めていたからだ。

もう一つ彼女を悩ませたのは、「移動の自由」だったという。新聞記者の多くは、たまの休日にも、基本的には自分が管轄する県(エリア)から自由に出入りすることはできない。

いつ、何が起きても対応できるようにするためだ。上司に理由を伝え、許可を得ることが必須だ。「友達の結婚式がある」と言ったが、上司から県外に出る許可を得られなかったことだってある。

「デスクには、『葬式なら納得できるけど』と言われました。こんなに移動とネットが発達した時代に、なんでだろうと思いましたね」

遠距離恋愛をしていた彼氏とは、長くは続かなかった。

仕事熱心=働いている時間

数年ほどして、部署が変わった。警察担当だった頃よりは、忙しくはなくなった。ただそれも、当時と比べてみれば、という話だ。

正確な残業時間はわからない。ただ、家に出て家に帰るまでの時間を計算してみれば、毎月100時間を超えるのは当たり前だという。

「12時から飲み会をすることとかもあるし、時間の感覚が社会からズレてる感じがするんですよね。プライベートも仕事も境目がなかったし、それが良しとされている。仕事熱心=働いている時間という感覚なんですよ」

「ニュースを追う仕事をする限り、誰かがどこかにいないといけないなのはわかっています。でも、潤沢に人がいたり、若い記者がたくさんいたりした時代と今は違う。もう新聞社の働き方のシステムは回っていないと思います」

会社が変わるなんて思っていないし、「結婚や子育てをしながら働く、ワーク・ライフ・バランスの実現なんて無理だ」という絶望しかなかったという。

長時間労働の温床となる「みなし労働制」

長時間労働がメディア業界に蔓延している事実は、データからもわかる大きな課題だ。

16年に始めて発表された「過労死防止白書」には、厚生労働省が企業約1万社(回答1743 件)、労働者約2万人(回答1万9583人)を対象に昨年、実施したアンケート結果が載っている。

これによると、1年で残業が一番多い月の残業時間が「過労死ライン」とされている80時間以上だった企業の割合は、テレビ局、新聞、出版業を含む「情報通信業」が44.4% (平均22.7%)と一番高い。

ただ、オフィスの出入りが激しい記者や編集者は労働時間を把握しづらいため、労働基準法に基づく裁量労働制(みなし労働制)を取り入れている職場も多い。

労使協定によってあらかじめ所定労働時間を決める制度だが、それが実質的な長時間労働の温床となっていることもある。

たとえば朝日新聞社では、裁量労働制職場の記者が記録した2016年3〜4月の2ヶ月分の出退勤時間を、所属長が短く書き換えていた。BuzzFeed Newsが11月に報じている。

常に締め切りに追われる仕事だった

「この間、知り合いと会ったら、こんな笑い話をしていました。『うちは電通のことを書けないね、ブーメランになって返って来るから』って」

ある雑誌社で記者経験のある女性は、BuzzFeed Newsの取材にそう語る。

常に締め切りに追われる仕事だった。終電で帰れることは、まずなかった。

「ネタを探すのが仕事。でも、実にならない時間がほとんどでした。普段は絶対に会食があるし、休日も取材関係の人と会ったり、飲んだり。丸一日休むことはあまりなかったですね」

目の前で当時の手帳を開いて、勤務時間を計算してもらった。毎月だいたい、140〜150時間は残業をしていたという。

そういう経験をしたことがあるからこそ、高橋さんのツイートには共感を覚えるものが多かった。「眠りたい以外の感情を失った」という言葉も、そのうちのひとつだ。

「普段はほとんど寝られないですし、体力的にもきつい。頭も働かないし、落ち込んでやる気がなくなって、仕事がうまくいかないという負のスパイラルに入ってしまうんですよね」

「アルコールがはけ口というか、飲まないと寝られないこともある。次のネタが見つかるか、1日1日を乗り越えられるかが不安でした」

そんな飲み会でのストレスも大きかった。政治家やジャーナリスト、評論家、芸能関係者などの飲みの席でセクハラされることなんて、日常茶飯事だったからだ。性的な関係を迫られ、断ると激昂する男性もいた。

我慢しながら続けても

「なんというか、むなしくなるんですよね。情報ってすぐに食い尽くされて、話題は消える。一体何の達成感があるんだろうって。楽しいと思えればいいんですけれど、やらされている仕事が多いからかもしれません」

自分でネタを取らないと始まらないという強迫観念に苛まれ、もはや立ち止まることすらできなかった。相談できる上司もおらず、毎日のように限界を感じていた。起きてから会社に行くまでが、つらかった。

高橋さんが自死を選んだ理由もわかる。自身も「ふと、ここで死んでもよいと思う気持ちになることがあった」という。

「ワーク・ライフ・バランスを求める人は、別のところにいけばいいんじゃないかっていう空気があるんです。仕事を楽しめないのは、その人自身の問題だって。そう思われるのが悔しいから辞めなかったし、休日は仕事を持ち帰って取材もする。休めないまま日々が過ぎる」

そう語る女性は、ギリギリのところでなんとか前を向こうとあがいていた。

「特ダネが取れたらいいな、と思ってたんです。ここで何もできなくて辞めるのは嫌だ。そう我慢しながら、続けていました」

この2人のような働き方は、マスメディアの記者の世界では珍しくない。BuzzFeed Japanには私(籏智)を含め、新聞、雑誌、テレビの世界で働いてきた記者やライターたちがいる。その多くが同じような経験をしたと語る。

命より大切な仕事はない

日々のニュースの仕事を左右される記者、ひいてはメディア業界全体の働き方は、往々にして過酷になりがちだ。

大事件や災害など、それが止むを得ない時もある。私が朝日新聞で記者をしていたときも、同じだった。日々の事件事故、熊本地震などの大災害、高校野球や選挙。多忙を極めた時期はいくらでもある。

そういう働き方を辛いと思わず、楽しめているときだってあった。世の中のためだと思って踏ん張ることもあった(死ぬほど嫌だったときもあったが)。でも、それが当たり前だ、としてはいけない。

高橋さんの母親・幸美さんは11月、シンポジウムでこう語っている。

「命より、大切な仕事はありません。娘の死はパフォーマンスではありません。フィクションでもありません。現実に起こったことなのです」

「自分の命よりも大切な愛する娘を突然亡くしてしまった悲しみと絶望は、失ったものにしかわかりません。だから同じことが繰り返されるのです」

BuzzFeedでは可能な限り効率的に、短時間で働けるように取り組んでいる。一方的に長時間労働について報じているだけではなく、まずは自分たちから。

自分たちを含む社会全体の問題と捉え、改善策を探る必要がある。これ以上、犠牲者を出さないために。