日本の科学のタブー「軍事研究」の門は開いた 防衛省の助成は約20倍に。研究者たちの戦後の誓いはどう変わるか

    「学者の国会」と言われる日本学術会議で、50年ぶりとも言われる「軍事研究」に関する議論が続いている。防衛省が2015年度から始めた研究助成制度が、そのきっかけだ。

    戦後一貫して「戦争を目的とする研究には従わない」との姿勢を貫いてきた「日本学術会議」の議論が白熱している。

    議論のきっかけになったのが、防衛省が2015年度から始めた研究助成のための「安全保障技術研究推進制度」だ。

    国立大学の運営費交付金削減など、大学では研究資金不足が課題となっている昨今。15年度には109件の、16年度には44件の応募があった。

    一方で、制度の利用に反対する大学もある。朝日新聞によると、広島大は「原爆の被災から復興した大学として、戦争を目的とした科学研究は行わない」ことを理由に制度を利用しない。沖縄戦の記憶が残る琉球大なども同様だ。

    そんな中、学術会議では2016年5月、「安全保障と学術に関する検討委員会」(委員長:杉田敦・法政大教授)を設置。

    山極寿一・京都大総長や大西隆・豊橋技術科学大学学長(学術会議会長)ら研究者15人が、「学術の公開性と透明性が担保されるのか」「科学者コミュニティの独立性はどうなるのか」などについて、これまで7回にわたり議論を続けてきた。

    そもそも、学術会議はどのように軍事研究に携わらないスタンスを保ってきたのか。終戦後5年、1950年に発表された声明では、こう強い意志を示している。

    戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明(声明)

    日本学術会議は、1949年1月、その創立にあたって、これまで日本の科学者がとりきたつた態度について強く反省するとともに科学文化国家、世界平和の礎たらしめようとする固い決意を内外に表明した。

    われわれは、文化国家の建設者とし、はたまた世界平和の使として、再び戦争の惨禍が到来せざるよう切望するとともに、さきの声明を実現し、科学者としての節操を守るためにも、戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わないというわれわれの固い決意を表明する。

    1967年には、日本物理学会の「半導体国際会議」(66年、日本学術会議が後援)に米軍から8000ドルの資金援助があったことが発覚する。

    学術会議は、「軍事目的のための科学研究を行わない声明」発表し、改めてその態度を明確にした。

    われわれ科学者は、真理の研究をもって自らの使命とし、その成果が人類の福祉増進のために役立つことを強く願望している。しかし、現在は、科学者自身の意図の如何に拘らず科学の成果が戦争に役立たされる危険性を常に内蔵している。その故に科学者は自らの研究を遂行するに当って、絶えずこのことについて戒心することが要請される。

    今やわれわれを取りまく情勢は極めてきびしい。科学以外の力によって、科学の正しい発展が阻害される危険性が常にわれわれの周辺に存在する。近時、米国陸軍極東研究開発局よりの半導体国際会議やその他の個別研究者に対する研究費の援助等の諸問題を契機として、われわれはこの点に深く思いを致し、決意を新らたにしなければならない情勢に直面している。既に日本学術会議は、上記国際会議後援の責任を痛感して、会長声明を行った。

    ここにわれわれは、改めて、日本学術会議発足以来の精神を振り返って、真理の研究のために行われる科学研究の成果が又平和のために奉仕すべきことを常に念頭におき、戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わないという決意を声明する。

    これ以来、50年ぶりに巻き起こった議論。2つの声明を堅持するかどうかも含めて論点は多岐にわたっており、なかなかまとまりを見せていない。

    8回目となった1月16日の会議では、中間とりまとめに向け、「軍事研究とは何か」「自衛権をどう扱うのか」などについて議論が進んだ。

    たとえば、自衛隊などに関わる研究を指す言葉として「軍事的安全保障研究」がふさわしいのかという議論では、「軍事」という言葉を用いるべきなのか、「安全保障」だけなら良いのかなど、意見が交わされた。

    学術会議会長の大西隆・豊橋技術科学大学学長は、防衛装備庁や政府、さらには憲法でも使っていない「軍事」という言葉は避けるべきだと指摘。「防衛装備技術研究」などの用語がありうるのでは、と語った。

    それに対し、「自衛隊は軍事組織として認められている」「防衛装備は民生と軍事の二項対立では軍事に入るのは明らか」などの反論があり、最終的には「軍事的安全保障研究ないし防衛装備技術研究」という書き方にする方針にまとまった。

    自衛権の合憲性や評価についてはどうか。委員長の杉田敦・法政大教授は「日本学術会議として意思決定するべきではない」としていたが、これにも意見が相次いだ。

    小松利光・九州大名誉教授は「これを認めるか認めないかで変わってくる。この判断をしないで、防衛技術研究がだめだと言えるのか」と発言。

    これに対し、井野瀬久美恵・甲南大教授は「1950年、67年の声明の原点は平和。学術会議の根本にある平和というミッションを実現するための議論をすべき」と指摘した。

    小松氏は「学術は何もしなければ平和を得られるのか。あくまでも安全保障はリスクマネジメントだ」と反論。議論は収まりを見せなかったが、結局、「(自衛隊について)意思決定することは適切ではない」としていた項目は、中間とりまとめから削除されることになった。

    長引く議論の一方、「安全保障技術研究推進制度」の拡充は進んでいる。予算は2017年度、110億円に激増した。

    なぜ急な増額が決まったのか。BuzzFeed Newsの取材に対し、防衛省の担当者は言う。

    「防衛省として初めての試みだったことから、まず小規模な形で開始しましたが、たとえば現存しないジェットエンジン用の耐熱材料を実際に製造するなど、研究の完成度を高めるには人的規模の拡充や、新たな製造試験装置の導入も必要になってきます」

    「こうしたことから、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT、内閣府)のような例を参考に、1件あたり同程度の期間、規模まで研究を複数実施し得るよう、予算の拡充を図りたいというふうに考えております」

    16年1月に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」で、「国家安全保障上の諸課題に対し、産学官連携のもと、必要な技術の研究開発を推進する」とされていることも増額の背景にあるという。また、自民党の国防部会も同様の主張をしている。

    つまり、16年度までは、小規模(最長3年間で9000万円)での運用を試していた段階だった。17年度からは最長5年間、30億円〜40億円規模の運用にまで拡大することになる。

    学術会議や大学を巻き込んだ議論が拡大していることについて、防衛省は、どのような見解を持っているのか。BuzzFeed Newsの質問に対し、同省からは明確な回答はなかった。

    担当者は短くこう言った。

    「防衛省と致しましては、日本学術会議における検討あるいは個々の大学や研究者の研究姿勢についてのコメントを差し控えさせていただきます」

    学術会議の委員会では近く、議論の中間とりまとめを発表。最終的に新たな声明案をつくるかは、今後検討する予定だという。