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幻の発禁本「昭和エロ・グロ男娼日記」 1930年代の東京で性的マイノリティはどう生きたのか

一人称で書かれた小説は、当時の社会の空気を伝える貴重な史料だ。

「昭和エロ・グロ男娼日記」という、1931年の本がある。刊行翌日に内務省から発禁処分を受けた、幻の小説だ。

当時東京に実在した「男娼」を、一人称で描いた作品。客のこと、化粧のこと、恋のこと……。モダンガール(モガ)に扮した彼女たちが、どう日常を過ごしていたのかが記されている。

実話を基にしたとも言われ、当時の性的マイノリティがどう生きてきたのかを伝える貴重な史料だ。

大正後期〜昭和初期に実在した男娼たち

1931年5月に発行された「エロ・グロ日記」の主人公は、女性の心を持った22歳の男性「愛子」だ。

女性の格好をした男娼として、東京で暮らす愛子。上野や浅草、銀座に繰り出す彼女の私生活が、108ページにわたってつらつらと「語り」のスタイルで描かれている。

登場する客たちはみんな、愛子にメロメロだ。

客層は会社員や日雇い労働者に始まり、企業の重役、丸ビルに事務所を構えている弁護士から退職した陸軍大佐までと幅広い。

「フィクションではありますが、ほぼ当事者の語りが忠実に、生々しく描かれている作品だと言えます。おそらく、ここに書かれていることはほとんど事実。取材に基づいたものでしょう」

そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、近代日本のセクシャリティについて研究している関西大学准教授の古川誠さんだ。

古川さんによると、愛子のような男娼たちが東京や大阪など大都市に大量にその姿を見せるようになったのは、大正後期〜昭和初期。本場は大阪だったという。

「雑誌のルポルタージュなど、あくまで外部からの眼差しとして男娼が描かれた作品は多い。それを小説にせよ、内部の視点から描いたという意味では、『エロ・グロ日記』は非常に貴重なものなんです」

ちなみにこのタイトルは、当時流行っていた言葉「エロ・グロ・ナンセンス」を文字っているそうだ。

「あたし、オトコ、オンナなのよ」

どんなことが描かれているのか。本を開いてみよう。

△月△日 朝起きたが、ゆうべの疲れでねむい。時計を見るともう九時半だ。またいつもの『安房屋』へ飯を食ひにゆかぬと定食の時間が切れてしまう。窓をあける。流石に朝の活動小屋はヒツソリしてゐる。まづ床の上へ腹這ひになつてバツトを一本つける

そんな書き出しで始まる「昭和エロ・グロ男娼日記」。口語で書かれており、文体は軽やかで読みやすい。作者は流山龍之助という人物だが、ほかに著作は見当たらない。

冒頭の場面で主人公の「愛子」は、タバコ「ゴールデンバット」を吹かしながら、「ゆうべの客は随分面白い男だつた」と、昨日取った客のことを振り返る。

何しろ、僕が例の草町の第二盛館へ連れ込むまで、あの男は僕を女だと思つてゐたらしいんだから笑はせる。「君見たいなキレイな女が、こんなところへ出るなんて、一寸以外だなあ」なんて云ひながら、ソツと僕の手を握ってひとり悦に入つてゐた

客の男は、独り身の会社員。愛子が女性ではないと気が付くと狼狽し帰ろうとするが、彼女はこう囁く。

ねえ、でも、あたし、オトコ、オンナなのよ。いいでしよう?だつて、ホラ、あたし、かうして髪を断髪にして、白粉をつけて、口紅をつけて、眉墨ひいて……。どこか、あなたの好きな「彼女」に似てゐないこと?

結局、2人は一夜を共にした。男は別れ際に愛子にこう言った。

「ねえ、君の名前何て云つたけねえ?」「僕はスツカリ君が気に入つちやつたよ」

そうして回想を終えた愛子は、朝の支度をはじめる。

まづコールド・クリームを丹念にマツサージユして、水白粉で生地をととのへパウダアでスツカリむらを仕上げ、頬紅をはなやかにたたいて、口紅、眉すみでシツカリとピリオドを打つ。それから乱れた髪にザツと櫛目を入れ、アイロンで巻き毛とウエーヴでポイントを打つと、見ちがへるほど美しくなつた

なぜ「愛子」は女性として生きるようになったのか

愛子はなぜ、男娼になったのだろう。新聞記者から取材を受け、自らの出自を語るというシーンがある。

群馬県の百姓の家出身。姉が4人、末っ子という設定だ。

小さい時から女の子ばかりの中に育つたためか、どうも木登りとか、戦争ごつこなんていふ遊びよりも、夫婦ごつこなどのやうな、女のやることが好きでした

姉に着物を着せられたことが「何故かうれしかった」といい、成人して上京してからは「C大学」の学生とねんごろに。

「男同志で夫婦になろう」と誘われ、これを機に「思い切つて、男の生活を一切棄てて、オンナになつてしまつた」という。

女性として生きるようになった愛子は、そこに居心地の良さを覚えるようになる。

全くオンナとしての私は自信がついて来たのです。最初は絶対に夜分しかでないものが、こんどは昼間も段々と出て、「あら、あらそうだわよ」なんて、女のダワヨ言葉が云へるやうになったのです。無論銭湯も女湯の方へ這入ってゐたのですが、一度も見破られたことはありませんでした

その後、学生と別れた愛子は、食いぶちをつなぐため、路上へと繰り出したのだった。

いまと変わらぬ社会の空気

いまから85年前に書かれた「エロ・グロ日記」。戦前の東京に、いまと変わらない暮らしがあったことも垣間見える。

たとえば、浅草公園や上野のガード下などで客を探していた愛子が、銀座の街頭へと稼ぎの場を変えるシーンはこうだ。

一番いい着物をきて、表へ出た。今日ばかりは電車なんかオカシクつて乗つてゆけない。で、早速、タクを一台とめて、銀座へーー。

全く、銀座の夜はジヤズで踊つてリキユールで更けて、人通りは刻一刻と増してゆく

36人は常客がいたという愛子。その稼ぎは、どれくらいだったのか。「時間の客が一人、泊まりの客が一人」で6円という記述がある。

1日で2人の客を取って6円。当時の物価はビール1本が39銭、縫製工場で働く女工の日給が1円だ(1930年統計)だから、決して悪くない儲けだろう。

フィクションではない男娼の存在

とはいえ、売春は違法だ。愛子は結局、警察に捕まってしまう。

「『旦那如何ですか』モガ姿の変態が刑事に誘ひ」との見出しで、愛子が刑事を誘って逮捕されたという記事が、新聞に載ってしまったのだ。

留置所でも女性と間違えられたというオチもある話だが……。実はこれは、フィクションではない。

当時の読売新聞をめくると、まったく同じ見出しの記事がある。

この男娼が愛子のモデルなのかは、定かではない。しかし、愛子ような存在は、間違いなく実在していたのだ。

しかしなぜ、1930年代になって愛子のような男娼が広まったのだろうか。先出の古川さんは言う。

「そもそも日本は元来、男性同士の同性愛に寛容でした。たとえば明治よりさらに遡れば、歌舞伎の女形もある。トランスジェンダー的な美や芸術は世の中にあってしかるべきという緩やかな共通理解があり、排除対象ではなかったのです」

「そうした土壌があるなか、1900年代になると、『硬派』と呼ばれる男子学生同士の恋愛が広く行われるようになった。さらに1910〜20年代にかけて、こんどは女学生同士の恋愛が広まり、『同性愛』という言葉が認識されるようになりました」

ただ、その10年後に男娼が広がった理由に関しては、「はっきりしない」そうだ。

「そういった女性性のありかたへの社会の注目とクロスオーバーするかたちで、江戸期にあった陰間(女形の男娼)のようなトランスジェンダー的な存在が再び社会に現われたのかもしれません。そしてそれは社会全体のジェンダーのありかたの変化と関連していると思います」

当たり前な存在としての性的少数者

では、この時代を生きた性的マイノリティの人たちは、社会にどういう風に認識されていたのだろうか。

「先ほどお話しした通り、昔から日本にはさまざまな性のありかたに寛容な文化があった。しかし明治維新以降、性的マイノリティを異常とする西洋医学が浸透し、徐々に社会にも排除の感情を持つ人も増えてきたのです」

「さらにその後、大正期のメディアの普及と大衆文化の広まりによって、『おかしなもの』という考え方が急速に広がっていきました」

実際、愛子のような男娼の逮捕を伝える当時の新聞にも「変態」などの見出しが目立つ。

「いまの社会にも潜む差別や偏見などの原型は1920~30年代に出揃って、ずっと続いていると言えます。ただ、愛子の生きた昭和初期はまだ、寛容さ・受け入れの感覚と、排除・蔑視する考え方が混在していた時代でしょう」

そうした時代に出版されたのが、「エロ・グロ日記」だった。古川さんはこうも語る。

「愛子は『変態』だから悩んでいるわけではない。純粋に自分たちの暮らしを面白おかしく淡々と語っています。つまり、彼女たちが特別ではない、同じ人間として暮らしているんだ、ということを伝える内容になっている」

「彼女は自分を肯定的に、当たり前だと受け入れて生きていますよね。その感覚を、おそらく当時の人たちは共有していたのでしょう。この作品は、社会が性的マイノリティに寛容であったひとつの証拠です」

男がオトコに恋したら

さて、「エロ・グロ日記」に戻ろう。物語の終盤、愛子は恋に落ちる。

相手は最初に出てきた「ゆうべの面白い男」ーー。25歳会社員のお客「上沼さん」だ。

これが恋かも知れない。でも、恋なんてこんなにもツライ苦しいものだつたら、人生なんて、なんてさびしいものなんだらう。でも、オトコの僕が、男の上沼さんを愛してはならないのだらうか?きつと、神様はゆるしては下さらないかもしれないけれども、僕は泣いて神様に許していただきたいと思ふのだ

果たして、愛子の恋の行方はいかに。「エロ・グロ日記」は国会図書館の端末から閲覧できるほか、「近代日本のセクシュアリティ」(ゆまに書房、2009年)にも収録されている。


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