航空総隊幕僚長、キラキラ広報(※)に物申す 『空飛ぶ広報室』のモデルが語った

    「誰かに怒られるかもしれませんが」

    テレビドラマや映画で、戦闘機や救難ヘリが飛ぶシーンを見たことがあるだろう。その撮影の裏には、航空自衛隊の広報室の存在がある。

    具体的に、どんなことをしているのか。それは、航空自衛隊の広報室が舞台になった小説・ドラマ『空飛ぶ広報室』を見るとよくわかる。

    同作には、鷺坂正司というキャラクターが登場する。航空自衛隊 航空幕僚監部の広報室長として、主役の2人に大きな影響を与える人物だ。

    ミーハーでおどけたような態度を見せているが、本当は部下思いで、交渉や根回しが巧みなことから「詐欺師」の異名を持つ。ドラマでは柴田恭兵さんが演じた。

    この鷺坂のモデルになったのが、当時、実際に航空自衛隊 航空幕僚監部の広報室長を務めていた荒木正嗣氏。作家の有川浩氏に「航空自衛隊をネタに小説を書いてもらえないか」と持ちかけたのもこの人だ。

    2014年8月からは航空総隊司令部 幕僚長を務めていたが、2016年7月1日をもって退官した。

    ▲鷺坂正司のモデルになった防衛省航空自衛隊 航空総隊司令部 幕僚長の荒木正嗣空将補と、テレビドラマで鷺坂正司を演じた柴田恭兵さん

    「まあ私は確かにミーハーですし、小説の中で描かれていることのほとんどは事実がベースになっています。ただ、ドラマの柴田恭兵さんは強烈。『顔が違うじゃないか』と隊員からずいぶん言われました(笑)」

    6月17日、東京・多摩にある横田基地で会った荒木氏は、鷺坂そのものだった。口角を上げてニッと笑い、飄々と話す。今はすでに広報担当ではないが、「航空自衛隊の広報活動に貢献できるなら」とBuzzFeed Newsの取材に応じてくれた。

    “リアル鷺坂”にとって、航空自衛隊の広報とはどういうものだったのか。

    荒木氏のいた「空幕広報室」には、広報班と報道班がある。広報班は、戦闘機などの装備、イベント、また組織自体を“商品”とみなし、メディアの取材依頼に応じる。

    一方の報道班は、報道記者に対応するのが主な役割。航空自衛隊に関わる事件や事故が起きた際には、事実を確認して発表する。

    荒木氏は、広報室長として両班の指揮をとっていた。

    ——広報室長になった経緯は?

    私はもともと、広報の教育は何も受けていません。普通は、民間のPR会社に研修に行ったりします。陸上自衛隊や海上自衛隊などでも、経験者が広報を担当するケースが多い。

    私はたまたま40代前半の時に、統合幕僚会議事務局(現・統合幕僚監部)というところで広報班長を任されたことがありました。これが本当にひどい話で(笑)、何の事前教育も受けないで任されたのです。そこでは、売り物(PRに使える材料)が何もなく、日々、記者の千本ノックを受けているような、守り一辺倒の仕事をしました。

    『空飛ぶ広報室』ではあまり描かれていませんが、広報と報道対応は両輪です。いま映画が上映されている『64(ロクヨン)』のように、広報室と報道記者とのせめぎ合いがあります。

    私は広報の専門用語もわからない状態から、そんな現場で揉まれました。その経験を買われて、空幕広報室に補職されたのだと思います。

    空幕広報室での仕事は、半分は報道対応でしたが、もう半分は小説で描かれているような「攻めの広報」でした。これは純粋に楽しかったです。

    ——広報室長時代に最も印象に残っている出来事は?

    有川さんに小説を書いてもらうような楽しい仕事がある一方で、胃が痛くなる事案もありました。

    空幕広報室の報道対応において、最も重大な案件は「航空機事故」です。広報室長の任期もあと数ヶ月となった2008年9月、ペトリオットPAC3(地対空誘導弾)の発射試験を広報するための米国記者ツアー随行が数日後に迫った状況の中で、F-15戦闘機の墜落事故が発生しました。

    部下全員を指揮所に詰めさせて状況掌握、記者発表準備をさせながら、私は一人で記者対応にあたりました。

    幸運にもパイロットは緊急脱出して無事に生還しましたが、戦闘機の墜落だけに、報道対応を誤れば航空自衛隊の信頼を失墜させかねない事案です。10人を超える記者対応を、状況が明らかになるまでたった一人で続けるのは、シビレました。

    広報というのは、危機管理対応において独立した一つの機能ではありません。よく、指揮所活動というでしょう。どの組織でも、事件が起きた時には、対策本部のようなものを立ち上げて、組織的に活動する。その中の一つに広報が組み込まれていないといけません。

    一番大事なのは、組織に信頼されること。クライシスマネジメントのための部署であるがゆえに、現業を担う部署から「何かあった時には頼むぞ」と信頼されることが重要です。

    その時に考えるべきは、他の部署のために汗をかくことと、自分たちは一歩下がること。『空飛ぶ広報室』では有川さんの意向もあって空幕広報室が舞台となりましたが、本来、輝かせるのはその現業の部署であって、広報ではない。

    よくいるじゃないですか、あんまり言うと誰かに怒られるかもしれませんが、「広報のプロでーす!」と戦略もなくやたら前に出たがる人(笑)。

    ——「キラキラ広報(ただしセルフブランディングに重きを置く者に限る)」と呼ばれる人ですね。

    そうですね。今回、取材を受けさせてもらっているのは、航空自衛隊を知ってもらう機会になると思っているからです。

    そういえば先日、『空飛ぶ広報室』の文庫本の解説を書かせていただきました。受けた理由は、私が現役のうちに本が出そうだったから。一番こだわったのは、肩書きをしっかり載せてもらうこと。私の名前はどうでもいいから、肩書きを載せてください、と。それが載れば、航空自衛隊のためになる。

    ——荒木さんが広報として最も伝えたかったこととは?

    「自衛官」という存在を、もっと身近に感じてもらいたいと思っていました。警察官や消防隊員に比べると、国の安全、国民の生命や財産、主権を守るという点で同様の任務を遂行している組織でありながら、「どういう人たちなのか」が国民に圧倒的に知られていないと感じています。

    「自衛隊」というと、どうしても、人ではなくて装備品のイメージが先行しがちです。「戦闘機を扱っている人たちだから、私たちとは違う世界の人たちだ」と皆さんに思われてしまっている。

    ドラマや映画の撮影時に航空自衛隊が相談される話は、戦闘機やヘリコプターを飛ばしてほしいというものばかり。人が出てこない。セリフがないわけですよ。

    自衛官が「記号」として捉えられていて、感情が表に出ていない。私はそれをなんとかしたいと思い、広報室長として勤務していた時に自らのテーマにしていました。

    有川さんに小説にしていただいたことで、航空自衛隊、自衛官という存在を、新しい視点で伝えられたと思います。

    ただテレビドラマについては、「自衛官をデフォルメしすぎじゃない?」といったご意見もいただきました。柴田さんが演じられた鷺坂をはじめ、冗談が好きだったり、茶目っ気があったり、個性的な空幕広報室のメンバーを見て「そんな自衛官がいるわけないじゃないか」と。

    でも、これが案外いるんですよね(笑)。