「あなたのどこが人間?」ニャースを変えたのは、恋だった

    言葉を喋る理由

    猫の姿をした「ニャース」は、初代ポケットモンスター以来の人気ポケモンだ。話題のゲーム『ポケモンGO』にも登場する。夜に出くわす、おでこに小判を付けたあいつだ。

    ニャースの中にもいろいろな個体がいるようで、アニメに登場する一体のニャースは、二足歩行で、人語を理解し、聞いて、話せる。架空の犯罪組織「ロケット団」の一員として描かれているが、猫なのに人間味があって憎めない悪役だ。

    ポケモン好きからしたら、「二足歩行で、喋れて当然」のあのニャース。しかし、彼がこうなるまでには、「人間になりたい」という憧れと、猫並み外れた努力があった。

    アニメの第67話「ニャースのあいうえお」で、ニャースが回想している。

    不遇な生い立ち

    親も兄弟も、家もなかった。街では食べものに恵まれず、いつも空腹だった。

    ある日、学校のグラウンドで、かごに入った大量のおむすびを見つけた。

    喜んで飛びついたが、実は、おむすびに見えていたのは野球のボール。

    ボールのかごをひっくり返した罰として、人間に縄で木に吊るされた。縄はほどけず、ニャースは鳴き疲れて眠ってしまった。

    目を覚ますと、もう夜だった。

    グラウンドにはスクリーンが張られている。映画の上映会が始まるようだ。

    ニャースは木に吊られたまま、映画に見入った。おいしそうなアイスクリームやフライドチキンが映し出されると、目が輝いた。

    おいしいものがもっと食べたい。

    ニャースは決心した。映画の都「ホリウッド」に行こう、と。

    憧れの地で、恋をした

    トラックの荷台にしがみついてホリウッドまで来たものの、アイスクリームやフライドチキンが簡単に食べられるはずもない。

    また空腹な日々が続いていたが、ある時、ニャースの群れに加えてもらえることになった。

    アイスクリーム、フライドチキン、クレープ、焼うどん。お店からみんなで盗んで食べた。

    そんな生活を続ける中、ニャースの運命を大きく変える出来事が起こる。

    魚をくわえて帰る道すがら、赤いリボンを首に結んだ、メスのニャースを見かけた。

    ニャースは恋をした。一目惚れだった。

    近づいて必死に話しかけたが、反応は鈍かった。

    彼女は、派手な服装が好きな、お金持ちの婦人に飼われていた。

    彼女はニャースの言葉で、蔑むようにこう言った。

    「ご主人さまのように私を綺麗に飾ってくれる? 無理よね。ご主人さまは人間。私の愛が欲しいなら人間になれる? それも大金持ちの。無理よね」

    悔しさのあまり涙を流しながら、ニャースは誓った。

    「人間になる、人間に……」

    彼女を見返すために

    人間になるために、どうしたか。

    人間は立って歩く。ニャースは、バレエのレッスンを天井裏から覗き見て、それを真似た。

    しばらくして、不器用ながら立って歩けるようになった。しかし、立って走るのは難しい。食べものを盗んでもすぐに捕まってしまい、全身が傷だらけになった。

    人間には人間の言葉がある。ニャースは、発声のレッスンを天井裏から覗き見て、それを真似た。

    子ども向けの語学本も手に入れて、家に帰ってからも練習した。

    「イはイタイのイ」

    それが最初に覚えた人間の言葉だ。何度も発声して、はっきり言えるようになった。

    「ロはロケットのロ」

    二番目に覚えた言葉は、後にロケット団に入る一つのきっかけになった。

    立って歩き、人の言葉を喋れるようになったニャースは、彼女にもう一度会った。

    立って、話して、人間になった自分を見せつけた。

    右の前足で、花束を差し出した。

    嬉しそうなニャースを見て、彼女はこう言った。

    「あなたのどこが人間? よく見なさい。あなたは薄汚れた小判しかないニャース。第一、立って歩く、人間の言葉を話すニャースなんて…………気持ち悪いだけ」

    声は静かだが、言葉は強烈だった。

    ニャースは、立って歩いて、人語を喋れるようになった。

    しかし、それは「人間」ではなかった。

    ニャースはその後、失意のままにロケット団に入り、数々の悪事に手を染めていく。ある時、飼い主に捨てられた彼女と再会し命を懸けて守るのだが、それはまた、別の話である。

    どこかでニャースを見かけたら、こんなにすごいニャースがいることを、また思い出してほしい。