「空想を語るな」と怒られても…。その男は少年マンガ的展開で夢に近づく

    「信頼できる仲間と成功できれば、ほかに何も言うことはないです」

    「宇宙をもっと身近に感じてもらいたい」。そう願って始めたのは、「空想」と一蹴された無謀なスケジュールのプロジェクト。

    しかし、少年マンガの主人公よろしく不思議な力で仲間が集まり、夢への第一歩を踏み出した。そんな人物がいる。

    近藤憲さん。

    彼が挑戦しているのは、6台のカメラを搭載したサイコロ型の機体を特殊なバルーンで成層圏まで打ち上げ、そこから見える景色を撮影。地上に戻ってきた機体を回収し、6台の映像をつなぎ合わせて360度のVR映像を作るプロジェクトだ。

    3月4日、バルーン打ち上げによる撮影は無事に成功。残すは映像を編集し、世に出すだけとなった。

    意外なきっかけ

    「面白いことをしたい、知らない人に会いたい、誰も見たことのないものが見たい」で頭の中が満たされている、という近藤さん。

    高校卒業後、アメリカの大学に進学。カリフォルニアでサーフィンをしている時に「宇宙」を感じたのが、そもそもの始まりだった。

    サーフィンに必要な波(潮の満ち引き)は、主に“月の引力”により発生する。

    「毎日遊んでいる場所が宇宙と関わっていることを感じて、興味を持ちました」

    ちょうどその頃、民間初の宇宙港「Spaceport America」が開港した。これに衝撃を受けた近藤さんは「とりあえず飛び込んでみよう」と決心。

    持ち前の行動力を活かして様々な人に会い、アメリカ航空宇宙局(NASA)が出資する「New Mexico Space Grant Consortium(NMSGC)」でマーケティング担当として働きはじめた。民間でのロケット開発・事業化に携わり、官民学をつなぎ合わせる経験を積んだ。

    苦悩の1か月間

    近藤さんが日本に戻ったのは2016年8月。ある大きな目標を携えていた。

    それは、日本の民間宇宙開発を推進させること。

    「アメリカでは、学生チームがロケットをぽんぽん打ち上げていました。日本とアメリカの差は何かと考えたときに、国土や気候、法律の問題以前に、日本のみなさんが『宇宙はほど遠いもので、自分たちには関係ない』と考えていて、それが要因なのではないかと思ったんです」

    宇宙を身近に感じてもらうための最初のステップ。それが、360度宇宙VR映像を特殊バルーンで撮影する今回のプロジェクトだった。

    しかし、いざ挑戦しようと思っても、宇宙の話をまともに聞いてくれる人は少なかった。

    資金を集めようと投資家に話を持ち込んでも、「空想を語るな」「お前の夢物語には付き合えない」と相手にしてもらえなかった。

    そんな1か月間を、近藤さんは「けっこうツラかった」と苦笑気味に振り返る。

    風向きが少し変わったのは、このプロジェクトを技術面や映像面でサポートしている、360Channelの技術統括/クリエイティブディレクターである松山聡志さんと出会ってからだ。

    難航していた資金集めはクラウドファンディングを利用。3日間で31人のパトロンを得て、目標額を超える125万5000円を集めた。

    新たな刺客「納期」

    2016年1月末、撮影用カメラを格納するための機体の開発と実験を始めた。マニュアルはないため、開発や実験はすべて手探りだ。

    しかも、2月下旬にはバルーンを飛ばすためにニューメキシコ州に行く計画。そのため、ゼロからの機体作りを約1か月で終わらせる必要があった。

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    バルーン打ち上げのイメージ(2013年、アリゾナ州で撮影された単一カメラによる映像)

    「2月下旬」という期限は、ニューメキシコ州の気候を考えてのことだ。近藤さんはこう説明する。

    「ニューメキシコ州は宇宙開発において有利な場所で、雨が少なく、年間300日以上が晴天です。ただ4月は強風に見舞われることも多い。バルーンを飛ばせる確率でいえば、3月と5月が50%。2月であれば80%くらいです」

    機体はバルーンで飛ばし、落下してから回収するため、「軽くて耐久性があるもの」でなければならない。3Dプリンタで作る計画だった。

    しかし、「通常、3Dデザインで3週間、3Dプリンタでの造形でさらにもう3週間かかる」と知る。スケジュールを考えると出発に間に合わない。

    万事休すか……というタイミングで、新たな仲間が現れた。

    「主人公補正」全開

    近藤さんは、3Dデザインを3日、3Dプリンタでの造形を5日ほどで済ませられないかと考えていた。

    先述の通り、いずれも通常は3週間かかるとされているものだ。

    そんな無茶な要求に応えたのが、CADソフト大手のオートデスクでエヴァンジェリストを務める藤村祐爾さん。近藤さんの夢に共感し、二つ返事で3Dデザインを引き受けたという。

    そして、藤村さんのデザインを形にしたのが、3Dプリンタメーカーのストラタシス・ジャパン。近藤さんによれば、クラウドファンディングサイト経由で、協力できることはないかと連絡をもらったそうだ。

    こうして出来上がった機体は、3月4日、ニューメキシコ州の空に舞い上がり、近藤さん達のもとに「宇宙」を持ち帰った。

    「本当に運がよかった」と笑いながら、近藤さんはこう話す。

    「『空想を語るな』と言われても、世界初のことをやろうと思っているので、前例がなくすべて仮説になります。それを面白いと思って協力してくれる人もいれば、金にならない、面白くないと言って一蹴する人もいる。でも、それでいいんだと思えるようになりました」

    「信頼できる仲間と成功できれば、ほかに何も言うことはないです」

    撮影プロジェクト自体の成功は、映像が公開され、人々が視聴できるようになった時。映像は編集作業を経て、360Channelで近日中に無料公開される予定だ。

    追記

    4月12日、プロジェクトは無事に成功。近藤さんたちが作り上げた宇宙360度VR映像が360Channelで公開された。

    「SPACE DRIFTER -VRバルーン、宇宙へ-」