ヘイトスピーチ裁判、なぜ在特会は負けたのか 「名誉毀損」と「論評」の境目は

    判決文を詳しく読み解いた

    在日朝鮮人のフリーライター李信恵さんと「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井誠元代表らが、お互いに名誉毀損などの損害賠償を求めて争っていた裁判。大阪地裁(増森珠美裁判長)は9月27日、李さんの訴えを認め、慰謝料など77万円を支払うよう命じる判決を出した。桜井さんの訴えは退けた。

    現行法では、民族などの大きな集団に向けられたヘイトスピーチの責任を、刑事、民事の裁判で問うことは難しい。今年6月、不当な差別表現は許されないと宣言する「ヘイトスピーチ解消法」が施行されたが、この法律には罰則がない。

    しかし、ヘイトスピーチが特定の個人・団体に対して向けられていれば、名誉毀損や侮辱として法的責任を追及できる。

    今回の裁判は、ひとりの在日朝鮮人が、在日朝鮮人排斥を掲げる在特会元代表から差別的な発言を受けたとして訴えたもの。ヘイトスピーチ的な要素が、民事裁判でどう考慮されるのか。ヘイトスピーチ問題の中心となってきた団体がかかわる、象徴的な裁判として注目を浴びていた。

    どんな発言だったのか?

    争点となった発言は原告・被告双方合わせて、A4用紙に15ページ分。判決はそのうち桜井さんの発言2点を名誉毀損による、19点を侮辱による不法行為と判断した。

    名誉毀損とみなされたうちの1つが、2013年3月15日に配信されたネット動画での発言だった。桜井さんはその中で、李さんは嘘を垂れ流しているライターだという趣旨の、次のような発言をしていた。

    • 「在特会が主催したデモに関して、あなた(原告)が垂れ流した嘘ですね」
    • 「キーホルダーをね、こちら側の人間が踏みつぶしたとかなんとかってね」
    • 「完全にこれ、虚偽ですのでね」
    • 「でたらめな情報を流して申しわけありませんでしたと、これから入らなきゃいけない」

    名誉毀損について

    ここで名誉毀損のルールについて、簡単に説明しておく。

    民事訴訟における名誉毀損とは、ひとことで言うと「他人の社会的評価を低下させること」だ。ただし、表現の自由との兼ね合いもあり、その場合でも一定の条件をクリアすれば、違法にはならないというルールになっている。

    1つ目のポイント「社会的評価を低下させるかどうか?」

    判決は今回の表現について、一般の読者に「原告が真実と異なる虚偽の内容の記事を執筆掲載しているという印象を与えるもの」だと認定し、李さんの「社会的評価を低下させる」と結論づけた。

    2つ目のポイント「公正な論評の範囲内かどうか?」

    被告側は「公正な論評の法理」を持ち出した。これは、仮に意見・論評が誰かの社会的評価を低下させたとしても、それが次の条件をすべて満たしていれば違法ではないというルールだ。

    (あ)公共の利害に関する事実にかかる

    (い)目的がもっぱら公益を図ることにある

    (う)前提となった事実の重要部分が真実だという証明がある

    (え)人身攻撃に及ぶなど、意見・論評の範囲を逸脱していない

    判決は、先ほどの発言だけでは、意見・論評の範囲を逸脱するものとまでは認められないと判断した。しかし、一連の発言の中で、「こいつら平気でうそを垂れ流してね」「いけしゃーしゃーと取材要請しましたって。馬鹿か、お前らってね」といった表現があった点に注目。このような侮辱的な表現を使い、原告の容姿についても侮辱的な表現で揶揄した、と認定した。

    そして、桜井さんの発言は「いたずらに原告を誹謗中傷することを主たる目的として行われたものと認めるのが相当」で、「人身攻撃に及ぶものであって、意見ないし論評の域を逸脱したもの」だと評価した。

    先ほどの条件で言えば、(い)と(え)をクリアしていないので不法行為になる、という判断だった。

    侮辱について

    侮辱部分について判決は、桜井さんが、三宮駅付近の街宣活動で、李さんについて「朝鮮人のババア」「ピンク色のババア」などと呼んだことが「限度を超える侮辱行為」で、「人格権を違法に侵害するもの」だと判断した。

    他にも「差別の当たり屋」など、李さんの「容姿や人格を貶める表現」について、「執拗に原告を貶める表現を繰り返して誹謗中傷した」と認定し、不法行為に当たるとした。

    慰謝料の金額について

    判決は、名誉毀損については「社会的評価を低下させる程度は比較的小さい」と判断。一方で侮辱発言については、「無用に原告の容姿や人格を攻撃」「繰り返し執拗」として、「名誉感情を害する程度は甚だしい」と認定した。

    さらに、一連の発言が「在日朝鮮人に対する差別を助長し増幅させることを意図して行われたものであることが明らか」だと指摘。人種差別撤廃条約の趣旨に反する意図を持って行われた発言であることも「考慮されなければならない」とした。

    そういった事情の総合考慮で、慰謝料70万円と弁護士費用7万円が損害と認められた。

    桜井さんの一連の発言は「在特会の活動の一環」なので、在特会にも連帯責任があると判断された。

    反訴について

    この裁判では、桜井さんも李さんに対して名誉毀損の損害賠償を求める「反訴」をしていたが、認められなかった。

    争点となったのは、李さんの桜井さんについてのツイート。その中での「弱い者いじめが好き」「あれだけ人の悪意を利用できるのはすごい才能」といった表現だった。

    これらの発言について、裁判所は次のように判断した。

    「これらの発言は、被告桜井が在日朝鮮人に対する差別意識を世間に植え付けるため街宣活動等を行っているという事実を基礎とした原告の意見ないし論評に当たる」「基礎事実が真実であることは被告桜井自身が認めている」

    「原告の上記発言は、被告らによる在日朝鮮人に対する排斥活動がいわゆるヘイトスピーチ等として社会問題となっていることに関する意見ないし論評であって、公共の利害に関する事実にかかり、かつ、その目的がもっぱら公益を図る目的にあったと認められる上、その表現内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の範囲を逸脱するとは言えないから、いわゆる公正な論評として違法性が阻却される」

    双方のコメント

    李さんは、BuzzFeed Newsの取材に対し、次のようにコメントした。「民族差別は認められたが、女性差別であり、複合差別であることが判決で触れられていなかったのは残念だった。しかし、ひとまずは勝てたので安心した。小さな勝利かもしれないけど、今回の判決が差別のない社会の一歩になればと願っている」

    在特会側の代理人弁護士は、地裁判決について「社会的偏見に基づく一方的なもので不当」とコメント。BuzzFeed Newsの取材に対し、控訴したと表明した。