「ゲイだ」とばらされ苦悩の末の死 学生遺族が一橋大と同級生を提訴

    よくある失恋話、で済むはずだった。

    一橋大学ロースクールに通っていた男性(当時25)が、校舎から転落して亡くなった。仮名をAくんとする。彼はゲイであることを同級生にばらされ、苦しんでいた。愛知県在住の遺族は、秘密をバラした同級生や大学を提訴。8月5日、東京地裁で、第1回の口頭弁論が開かれた。

    「振られた」で終わる話のはずが……

    まずは、事件を振り返ろう。

    訴状などによると、Aくんは2015年4月3日夜、仲良しだった同級生の男性Zくんに「付き合いたいです」とLINEで恋愛感情を伝えた。Zくんの答えは「付き合うことはできないけど、これからもよき友達でいてほしい」。

    ここまでは「振られちゃった」で終わりの、よくある話だった。Aくんは実際、その後も以前と変わらず、明るく振る舞っていた。

    状況が一変したのは2カ月後。Zくんが「Aはゲイだ」と、周囲にバラしたことがきっかけだった。

    Zくんは2015年6月24日、同級生9人が参加していたLINEのグループチャットに、「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA」と投稿した。その前にも、少なくとも3人の同級生に「Aはゲイだ」と伝えていた。

    Aくんはそれまで、ロースクールの同級生たちが同性愛者を「生理的に受け付けない」などと話しているのを聞き、ゲイであることを秘密にしていた。

    突然、思わぬ形で秘密をばらされ、Aくんは大きなショックを受けた。Zくんと顔を合わせると、吐き気や動悸などのパニック発作がでるようになり、心療内科に通院しなければならなくなった。

    「アウティング」の典型例

    自ら望んで、同性愛者だと告白することを「カミング・アウト」という。一方、同性愛者だということを、勝手にばらされることを「アウティング」という。

    この事件は「アウティング」の典型例だ、と代理人の南和行弁護士はいう。

    「同性愛者への社会的偏見は、まだまだ根強くあります。その中で、勝手にばらされたくない、と思うのは自然なことです。私も同性愛者ですが、このような形でばらされたAくんが、どれだけ不安に思い、落ち込んだかは想像を絶する」

    「Aくんは8分後に『たとえそうだとして何かある?笑』と返信していますが、おそらくスマホを操作する手は震え、それだけ書くのも、やっとだったのではないでしょうか」

    Zくん側は裁判で「恋愛感情をうち明けられて困惑した側として、アウティングするしか逃れる方法はなく、正当な行為だった」と主張してきたという。

    この点が、裁判の重要なポイントとなりそうだ。

    試験にも出られず……。

    この件をきっかけに、Aくんの生活はがらりと変わった。勉強が手につかなくなり、Zくんと顔を合わせる授業や試験に出られなくなった。

    大学のハラスメント相談室に行き、教授や職員、保健センターにも相談した。だが、大学側は「性同一性障害」を専門とするクリニックへの受診を勧めてきた。

    性同一性障害は、自分の性別に違和感がある人が、戸籍を変えたいといった場面で使われる概念。同性の人を好きになる「同性愛」とは全く別のものだ。

    南弁護士はこれを「同性愛に無理解な対応」だと批判する。

    「大学の対応をみていると、まるでAくんが『同性愛者であることを気に病んで』自殺したかのようです。しかし、Aくんは、自分が同性愛者だということは受け入れていました。同性愛を秘密にしていたのは、同性愛者への差別・偏見がある社会を冷静に見つめていたからです」

    「Aくんは、『男が男を好きになるのがおかしいんだからしかたない』といわんばかりの対応に、苦しめられていたのです」

    発作、そして、転落死

    運命の8月24日。ロースクールでは「模擬裁判」が行われていた。

    Aくんは大学にやってきたが、パニック障害の発作が起こり、午前10時ごろ保健センターへ連れて行かれた。

    保健センターの職員は、Aくんのおかれた事情をよく知っていたが、Aくんが「授業に出席したい」と言ったため、午後2時ごろに授業に向かわせた。その後、転落するまで、Aくんの身に何が起きたかを、遺族は知らされていない。

    午後3時すぎ、Aくんは校舎6階のベランダ部分に手をかけ、ぶら下がっているところを発見された。救助が呼ばれたが、Aくんは到着前に転落し、亡くなった。

    裁判での主張

    遺族は同級生と大学を提訴、合わせて300万円の損害賠償を求めている。原告側は大学の責任について、次のように主張している。

    今回のような「アウティング」が起きたのは、同性愛についての説明や、セクハラを防ぐ取り組みを大学が怠ったせいだ。さらに、Zくんと顔を合わせれば、Aくんがパニック発作を起こす可能性があると認識していたのに、それを防ぐための取り組みをせず、転落事故を招いた。

    一橋大学側は裁判で、「大学の対応に問題はなかった。個別の事故は防げない」と主張しているという。

    遺族の思い

    口頭弁論の後、記者会見した遺族は、「アウティング」をしたZくんについて、次のように述べた。

    「生前、本人が『Zくんを訴えたい』といっていたので、本人の無念を晴らすために提訴しました」

    「あの一言で息子の人生が変わったことが許せない。息子を死に至らしめたことが許せないです。家族の心の傷は癒やされない。自分のとった行動を理解して、きちんと責任をとり謝罪してほしいです」

    大学の対応については、こう非難した。

    「同性愛者、うつ病、パニック発作についての知識・理解が全くなく、模擬裁判の欠席は前例がない、卒業できないかもしれない、などとプレッシャーをかけました」

    「クラス替え、留年の相談にも、真剣に対応してくれませんでした。亡くなった後の対応も、事実を隠そうとしているようで、誠意が感じられませんでした。一橋大学のことも許せません」

    「説明がない」

    この裁判に、遺族を駆り立てた理由の一つが「説明がない」ということだ。

    大学に詳しい事情説明を求めたが、実現していない。同級生たちから事情を聞きたい、という求めも「司法試験で忙しいので」と断られた。Zくんをはじめ、事情を知る同級生たちからは、連絡はないという。

    Aくんの母親はBuzzFeed Newsの取材に、涙ぐみながら「息子も裁判を見守ってくれていると思います」と話した。

    訂正

    初出時、請求金額に誤りがありましたので、修正しました。