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処理水の海洋放出はいつから?安全なの?漁業への影響は?知っておくべき3つのポイントと専門家の願い

2年後をめどに、海に流し始めることが決まった福島第一原発の処理水。漁業関係者らは風評被害への懸念から反発を示す。問題を理解するため知るべき3つのポイントとは。

東京電力福島第一原発で発生し続けている処理水を海に放出する方針を、政府が4月13日、正式に決めた。

処理水とは、原子炉周辺から出る放射性物質を含んだ汚染水を浄化処理し、トリチウム以外の62種類の放射性物質を取り除いたものだ。2年後をめどに、海に流し始める予定だ。

この決定に、全国漁業共同組合連合会(全漁連)は「極めて遺憾であり、到底容認できるものではない」と抗議する声明を発表した。

漁業関係者らが反発するのは、漁業などへの「風評被害」を懸念しているからだ。

前提として、原子力施設からのトリチウムを含んだ水の海洋放出そのものは、福島第一原発に限らず国内外の各地で行われている。

希釈すれば悪影響がないという考え方に基づき、それぞれの国の規制基準に沿った形で行われてきた。

とはいえ、なぜ福島では特に、風評被害が問題となり得るのか。処理水をめぐる問題を理解するために知っておくべき、3つのポイントをまとめた。

(1)処理水とは何か

2年後をめどに放出が決まった処理水は、福島第一原発の3つの原子炉から常に発生しつづけている「汚染水」を、リスク低減のために処理したものだ。

原子炉内で溶けた核燃料を冷却するため、水をかけ続けている。そのほか、地下水や雨水なども建屋内に流入し、核物質が混じり合った危険な「汚染水」が日々、生まれている。

この汚染水を「多核種除去設備(ALPS)」など複数の大型装置に通し、放射性物質や塩分などを取り除く。これにより、トリチウムを除く62種類の放射性物質を取り除く処理を行ったものが、放出が決まった「処理水」だ。

処理水はこれまで、原発敷地内に次々と据え付けた大きなタンクに溜め続けてきた。しかし、このままではタンクを増設する場所もなくなり、原発の廃炉作業にも差し支えるというのが、政府と東京電力が放出を考え始めたきっかけだという。

処理水には、(1)貯蔵に関する基準(2)放出に関する基準の2つの基準がある。

いまタンクに溜まっている処理水の多くは(1)の貯蔵基準は満たしているものの、より厳しい(2)の放出基準は、満たしていない。

海洋放出にあたっては、再び浄化処理をして(2)の基準をクリアすることに加え、海水で100倍以上に希釈することも決めた。

海洋放出されることによる人体への影響はあるのか。

処理水の処分方法について議論する政府の小委員会は2019年、仮にそれまでタンクに貯蔵されているすべての処理水(860兆ベクレル)を1年間で処分したとしても、その影響は自然に存在する放射性物質から受ける影響(2.1ミリシーベルト/年)の1000分の1以下の影響にとどまるという試算を発表している。

(2)取り除けない「トリチウム」とは?

汚染水を処理する過程で、唯一取り除くことができない放射性物質が「トリチウム」だ。

トリチウムは「水素の仲間」と言え、自然界でも常に生成されている。そのトリチウムが酸素と結びつくと、水とほぼ同じ性質を持つ「トリチウム水」となる。

トリチウム水は海や川、雨水、水道水、大気中の水蒸気にも含まれており、人間は日常的に摂取している。

また、トリチウムが放出するベータ線は紙1枚で遮ることができるほど弱く、外部被ばくはほとんど発生しない。

内部被ばくに関しても、現段階では蓄積されることや濃縮されることはなく、体外に排出されると見られている、と経産省は説明している。

このトリチウムは、すでに世界中で放出されており、原子力発電のフランスの盛んな放出量は1年間に1京ベクレル以上だ。

日本でも同様に、過去40年以上、全国の原子力施設で発生したトリチウムを含む水を海に流して処分してきた。

(3)科学的には安全。では、なぜ問題に?

科学的データを踏まえれば、基準をクリアした処理水を海洋放出することによる人体への影響は基本的にはない、と考えられることになる。

しかし、漁業関係者をはじめこの海洋放出への反発は強い。漁業関係者が反発する理由は風評被害への懸念からだ。

2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、福島県の一次産業は販路や出荷量を回復するため様々な努力を続けてきた。しかし、米や牛肉、魚などは今も市場で安く買い叩かれる傾向にある。

福島県産の農水産物に放射能汚染の恐れがないことは、過去10年間の検査結果を見れば、明らかだ。

肉牛については2011年8月から2020年3月まで全頭検査を行い、国の安全基準値を超えるものはなかった。

コメも2012年から2020年秋まで県内全域で全量全袋検査を行い、2015年からは5年連続で国の安全基準値(1kgあたり100ベクレル)を下回っている。

魚についても、2012年から2021年3末までは魚種や海域を制限した「試験操業」が続いていた。2015年4月以降は全ての検体で国の基準値(1kg当たり100ベクレル)を下回っている。

しかし、福島県産の農水産物の流通量は、今なお回復していない。

3月31日に発表された農林水産省「2020年度流通実態調査」では、米・牛肉・桃・ピーマン・あんぽ柿・ヒラメの出荷量は震災前の10%〜30%低い水準に留まっている。

価格も牛肉・桃・あんぽ柿は10%〜20%低い水準となっていた。

安全性が証明されているにもかかわらず福島県産の農水産物が避けられたり、安い値を付けられたりする理由は、消費者の間で「危ないのではないか」という根拠のない偏見が今も根強いからではないかと、現地の農業や漁業関係者は考えている。

この状況に処理水の海洋放出が重なることで、福島県産品の買い控えが再び起きる可能性を、多くの関係者は危惧している。

消費者庁が原発事故後に実施している「風評被害に関する消費者意識の実態調査」の最新版(2021年2月26日付)では、今なお回答者の8.1%が福島県産の食品を、6.1%が東北全体の食品の購入をためらっているというデータが浮かび上がった。

専門家「10年の努力に報いるためにも…」

こうしたデータを踏まえ、専門家は今回の海洋放出の方針決定に何を思うのか。BuzzFeed Newsは政府の小委員会で委員も務めた福島大学・小山良太教授に話を聞いた。

ーー小委員会での議論が終わり、最終報告書が昨年2月に提出されました。そして1年2ヶ月経った今、政府は正式に海洋放出の方針を決定しました。一連の流れをどのように見ていますか?

この汚染水と処理水の問題に関しては2013年から処分する技術を決める議論が始まり、2016年からそれぞれ5つの方法で処分した場合の社会的影響や風評被害がどれだけ起こるのか検討を進めました。

結局、過去の放出実績もあり、確実に実行可能なものとなると、海洋放出か大気放出しかないというのが現実です。ですが、小委員会では報告書の中で海洋放出は「社会的影響が最も大きい処分方法である」と政府に伝えました。

一度、海洋放出が始まれば30年ほど続く見込みです。そして、韓国や中国など周辺諸国からの反発も見込まれます。

昨年2月に、実質的に海洋放出一択に処分方法が絞られた後、エネルギー庁は様々な人の意見を聞く場やパブリックコメントを実施しました。

しかし、この1年2ヶ月、新型コロナウイルスの影響でそれらはオンライン配信などに限定され多くの国民が参加する形態にならず、国民的議論を喚起することに繋げることが困難でした。

やはり、しっかりと前提となる情報を伝えていかないことには、正確にこの問題を理解していただくことは難しいと思います。

汚染水と処理水の違いは何か。1リットルあたり1500ベクレルという基準は大きいのか、小さいのか。そもそもトリチウムは自然界にも存在していることを知っているか。

こういったことの積み重ねが本来は必要とされているはずです。

私達は小委員会で、まずはどれだけの人がこの汚染水や処理水の問題を理解しているのか実態を把握し、その認知度を高めていく取り組みが必要ではないかと伝えてきました。

福島の農業関係者、漁業関係者はこの10年努力をしてきた。その努力に報いるためにも、しっかりと国民に周知し、議論をする必要があったのではないでしょうか。

国民がトリチウムはこういうものか、放出は今までもやっていたのか、世界中でも放出されているのかと理解して「じゃあ福島の魚を食べても大丈夫だね」という雰囲気ができている。

本来は、そうした前提の上で海洋放出はなされるべきだと考えます。

ーー福島県魚連や全魚連は海洋放出に反対する姿勢を崩していません。

福島第一原発では、2015年、原発敷地内のサブドレン(井戸)や地下水バイパスを流れる水の一部が海洋放出されました。

その際、批判の矛先は漁業関係者へと向かった経緯があります。

サブドレンや地下水バイパスを流れる水が海に流されたのは福島県魚連が合意したからだと報じられたためです。

そうした過去の出来事を踏まえると、福島県魚連や全漁連は処理水の海洋放出を容認することはできないというのが現実でしょう。

4月13日は政府の方針を決定するだけで、放出が即時開始することはない。でも、現時点で「福島県産は買わない」という声を上げる人もいる。

今の魚には何の影響もないのに、買い控えの意思を表明する人が出てくるような状況で海洋放出をするのは怖いと考えるのは自然なことだと思います。

必要なのは「美味かったな、あの刺身」という実感

ーー小委員会では繰り返し風評被害への対策が議論されてきました。しかし、エネルギー庁の取り組みは「啓発・啓蒙・丁寧な説明」の域を出ないものばかりです。

そうですね。この10年間、漁業に関して言えば試験操業下で様々な風評対策を行ってきました。これまでの対策を超えるものを考えることは難しい。

例えば大手小売店のイオンの中に福島鮮魚便という福島の魚を扱うコーナーをおいてもらうとか、地方卸売市場や豊洲市場イベントをやるとか、福島の魚を使っている都内の料亭のリストでパンフレットを作るとか、やれることはやってきた。

政府の「丁寧な説明」は、地元の漁業関係者を対象にしたものが大多数です。でも、彼らはすでにこの処理水が科学的に問題がないことはわかっている。

必要なのは、地元の漁業関係者ではなく、消費者を対象にした説明であり、今までと規模感を含めてまったく違うアプローチが求められています。

ーー具体的には、どのような取り組みが必要だと考えますか?

結局、どこで福島の米とか野菜が売れるようになったのかを見ると、大手のスーパーが扱うようになったという事実が消費者の安心に一番つながっているという実態が見えています。

最大手のコンビニが年間使うお米は約20万トン、そのうち3万トンは福島県産で、最大取引先の1つになっているんです。

例えばセブンイレブンやイトーヨーカドー、イオンといった大手が扱っているということで安全であると感じる人が少なくない。

「ここに並んでいる野菜であれば」「ここに並んでいる魚であれば」と言って買う。

これらを踏まえると、魚は市場で売っていくことが基本ではあるものの、もっと特定の企業などと契約して実施する「契約漁業」のような取り組みを進めることも重要だと考えています。

実際、震災前までは相馬原釜漁港と外食チェーンの「ワタミ」が一緒になって、「お魚鮮魚便」というのをずっとやっていた。

毎日漁港で獲れた魚を箱に入れ、ワタミの店舗へ直接送る。届いた魚は、ワタミの店舗の入り口に置かれ、「これは刺身で食べられる」「こんな魚が入っている」と紹介されていました。

その日獲れた魚が、その日のうちにお店で食べられるので、間違いなく美味しいですよね。

市場を経由したって、なかなかその日獲れた魚を食べられることはありません。

「美味かったな、あの刺身」と、消費者の人に知ってもらえれば、トリチウムとか処理水が放出されると言われても買ってもらえる1つのきっかけになるはずです。

実際に私も学生と一緒に育てた福島のお米でおにぎりを作って、何度も東京で試食会を開いてきました。

そこで実感したのは、最初に一口食べるハードルさえ超えてしまえば消費者の方に理解していただけるということです。重要なのは最初の一歩、きっかけをどのように届けるかということだと思います。

一部の農水産物では、10年経った今も、市場での流通量や価格が戻っていません。市場の構造が変わってしまったのであれば、別の流通ルートを模索する必要があるのではないでしょうか。

「漁業者が被害を被るような行動はとらないで」

ーー今回の政府の決定を受けて、今後しばらくは報道が過熱することが予想されます。ですが、一部には風評被害が懸念されると過剰に報道することが新たな風評被害を生むという指摘もあります。どのような情報発信が望ましいと考えますか?

前提として理解していただきたいのは、おそらく一般の消費者の大多数はこの処理水についてニュースでしか知る術がないということです。

その上で、ぜひ繰り返し伝えていただきたいのは、今回の決定は海洋放出する方針を正式に決定したのみで、実際の海洋放出はまだ始まっていないということです。

「もう福島のものは買わない」「もう福島のものは食べない」と過剰に消費者が反応してしまうと、一番困るのは生産者の皆さんです。

そして、合わせて理解していただきたいのは、この処理水の放出は廃炉のために行うのだということです。そして廃炉は福島の復興のために進められています。

「廃炉の過程で、タンクの水が増えすぎてしまうので、適切な処理をして流します」というのが、今回の処理水の海洋放出です。

復興のための海洋放出が、漁業の復興をさらに遅らせてしまう可能性があるというのが、この問題の難しいポイントです。

誰のために海洋放出をするのかと言われれば、漁業の復興のためでもある。このような構造を理解した上で、議論する必要があるでしょう。

それでも、漁業者は反対する。その根本には東京電力への不信感があることを忘れてはいけません。

東電が嘘偽りなく、正確なデータを常に出し続けていれば問題ない。でも、これまで何度も不誠実な対応を積み重ねてきた中で、また謝罪会見を開いてお詫びする姿が想像できるわけです。

漁業者が反対しているのは、科学的に安全ではないからではなく、海洋放出をするという運用の中でまた何かが起きて、安心して漁業ができなくなるのではないかという不安を抱えているからです。

日本国民全員がトリチウムや処理水について、しっかり理解してくれるのであれば放出を「受け入れる」という選択肢もあり得る。

なので、漁業者が反対していること、怒っていることを伝えるのであれば、そうした構造や背景についてもしっかりと伝えることが必要です。

政府の議論の進め方、決定の下し方は批判されてしかるべきです。東電やエネルギー庁がやるべきことも山積みです。

その上で消費者である人々にお願いしたいのは、今すぐ福島県産の魚を食べるのをやめるといった反応はしないくださいということです。

政府や我々専門家への批判は仕方がない。でも、どうか結果的に漁業者をはじめ生産者が被害を被るような行動はとらないでほしいと願っています。

それは、誰もが避けたい結果であるはずです。