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新型コロナワクチン、1日100万人接種は本当に可能か?全国に71万人いる“起爆剤”に集まる期待

研修現場には「条件に合う会場があれば、また働きたいです」と語る看護師も。迅速かつ確実に、より多くの人にワクチンを接種する上で鍵を握るのが「潜在看護師」の存在だ。

「ちょっとチクッとしますよ」
「気分は悪くなっていませんか?」

注射器をうち終え、女性が優しく語りかける。

だが、ここは新型コロナワクチンの集団接種の会場ではない。

平日の午後5時過ぎ。東京都新宿区にある東京都看護協会に、「潜在看護師」と呼ばれる医療現場を離れている看護師や介護施設で働く看護師が集まり、筋肉注射の実技研修を受けていた。

迅速かつ確実に、より多くの人にワクチンを接種することが重要となる中、起爆剤として期待されるのが「潜在看護師」だ。

「もう少し直角に」「注射をする前に声かけをして」

接種の手順や問題発生時の対応など、基本的な情報を座学で1時間程度講習した後、実技研修が始まった。

きちんと注射できれば緑色のランプが灯る器具を使いながら、看護師たちは順々に筋肉注射にチャレンジしていく。

瓶から注射器に水を入れ、接種部位をアルコール消毒し、直角に針を刺す…

「もう少し直角に」
「注射をする前に声かけをして」
「ここだと(位置が)高すぎるから、もう少し下に」

講師も丁寧に、一人ひとりにアドバイスをする。上手くいかないことがあれば、同じ手順を何度も繰り返す。

「しびれは感じませんか?」
「このまま15分ほどお待ちください」

最初は恐る恐る作業していた看護師たちも、2回目、3回目と回数を重ねるうちにスムーズに接種できるようになっていった。

「条件に合う会場があれば、また働きたいです」

BuzzFeed Newsの取材に、参加した看護師の女性の一人は、すでに渋谷区の集団接種会場で働くことが決まっていると明かした。

女性は7年前に医療現場から離れた。しかし、感染リスクが高くなく、自分にできることがあれば協力したいと考え、集団接種会場で働くことを決めたという。

実際に働き始める前に、接種の手順やワクチンの情報について学ぼうと、東京都看護協会の実技研修に参加した。

「私自身、ブランクが7年あるので、接種の手技などを学びたいなと思い、研修を受けられる場所を探しました。実際に使う機材に触りながら体験できたことがとても大きかったです」

別の女性は、数ヶ月前まで新型コロナ対応を行う外来で働いていた。だが、勤務の形態と自身が望む働き方がマッチせずに退職。

希望に合った働き方を模索する中で、ワクチンの集団接種会場が選択肢の一つに浮上したと話す。

「医療現場では静脈注射や皮下注射などはうったことがあったけど、筋肉注射をうった経験はあまりなかったので助かりました。通勤距離など現実的な条件に合う会場があれば、また働きたいです」

潜在看護師は都内だけで約7万人、全国では約71万人いるとされている。

こうした「潜在看護師」が現場復帰する上で、一つの課題となってきたのが扶養の問題だ。

看護師の仕事は基本的には時給が高く設定されている。そのため、扶養の基準を超えやすいという側面がある。

例えば夫が正規雇用、妻が非正規雇用で働いているケースでは、妻の年収が130万円未満であれば夫の扶養に入る。その場合、年金と健康保険の保険料を払う必要がない。一方、130万円を超えた場合には保険料の負担が増すことになる。

こうした「130万円の壁」が潜在看護師の現場復帰を妨げる一因となっている。

しかし、厚生労働省は2020年4月20日に「被扶養者の収入の確認における留意点について」という通知を出し、新型コロナの影響などで一時的に収入が増加した場合は扶養から外さないよう呼びかけている。

この仕組みを活用すれば、潜在看護師が扶養を維持しながら一時的に現場復帰することがより容易になる。

「潜在看護師」は“起爆剤”

「潜在看護師の方々は、ワクチン接種をより迅速に進めるための“起爆剤“と言えます」

東京都看護協会の山元恵子会長はこう語る。

東京都看護協会は都内在住・在勤の看護師や保健師などが自主的に加入し、運営している職能団体だ。

新型コロナウイルスの感染が拡大する中、東京都看護協会では昨年10月から感染対策の研修を、そして2月からは新型コロナワクチンに関する研修を開催してきたという。

「当初は会員向けに研修を開催していましたが、アンケート調査をしたところ、新型コロナウイルスが感染拡大する中で、200床未満の中小規模病院でもクラスターが発生し、その影響が長引くといった状況が浮かび上がってきました。広く感染症に対応できる看護師を育てるためにも、現在では会員以外の方にも無料で研修を提供しています」

ワクチン接種をより確実かつ迅速に進めるため、新型コロナワクチンそのものの仕組みを教える講座から、実際の実技まで幅広い研修を用意している。

研修にはこれまで、のべ1600人以上が参加している。

5月5日から15日には、、「潜在看護師向け」と題した実技研修も19回開催。

「ワクチン接種を進める上で潜在看護師が注目されています。なぜならば、医療機関で就業していなくてもスポットで従事するため復帰しやすく、感染リスクも高くない。そして、筋肉注射をうつこと自体はそれほど難しくないためです」

用意した19回の実技研修の枠はすべて埋まった。報道などによって参加希望者は増えており、今後もニーズに応じて、新たなセミナーの開催などの対応を検討しているという。

どこに行けば働けるの?

接種の業務に入る前に自分もワクチン接種を受けられるのかどうか。そして、どこに問い合わせをすれば働くことができるのか。

潜在看護師から尋ねられることが多いのは、この2点についてだと山元会長は言う。

現状、潜在看護師は医療機関に勤める医療従事者とみなされないため、優先接種の対象とはならない。接種現場で業務にあたる上では感染リスクを懸念する声もある中で、対応は定まっていない状況だ。

「潜在看護師で接種業務を手伝いたいという方たちのためにも、そうした人が優先接種を受けられないか関係機関に要望を出しています」

また、東京都ナースバンクには現在はワクチン接種業務への求人も来ているが、件数は多くない。

市区町村の集団接種については人材派遣会社が請け負っているケースも少なくない。窓口が自治体ごとに分かれ、希望者が応募する形となっている。

「今ここ(看護協会)で、求人を紹介してくださいと言われてもすぐに紹介することが難しい状況です。まずはお近くの市区町村へ問い合わせてくださいとお願いしています」

医師、看護師は順調に確保。今後のために検討すべきポイントも

都内や関西圏の14の自治体の集団接種会場の人材確保を担うMRT株式会社の津田拓哉さんは、「集団接種の現場では医師の枠は100%埋まり、看護師の枠についても約80%が埋まっている」「看護師の枠も埋まる見通し」と語る。

毎週決まった曜日に接種業務にあたることもあれば、単発で勤務する場合もある。働き方は人それぞれだ。

全国各地でワクチン接種のための人材確保が進む中で、交通アクセスの良い会場に応募が集まりやすいといった傾向も見えてきた。

MRT株式会社では、一度医療現場を離れた看護師でも応募しやすいよう、医療機関と連携してワクチン接種のマニュアルを作成。希望者には実技研修も受講できるようにしている。

自治体側からは1日あたりのワクチン接種数を増やすため、より多くの人員確保を望む声が寄せられているという。

「5月に比べて、6月以降の求人数が増えることが予想されます。現状はなんとか手配できていますが、求人数が増えることで医療従事者の数が足りなくなる可能性もあります」

「接種数を増やすために、当初の予定よりも多く人を派遣してほしいという声も自治体からは上がっています。看護協会などの関係団体から、自治体の接種スタッフの募集へとしっかりつなぐ仕組みの検討も必要です」