ビリギャルよりもビリ。どん底の日々の先に、戦慄かなのが見つけたもの

「孤独を孤立させない」アイドルグループ・ZOCにも所属。母親からは虐待を受け、学校ではいじめられた。補導歴もあり、少年院に2年間入っていたことも。そんな過去を彼女はすべてさらけ出して勝負する。

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ビリギャルよりもビリ。どん底の日々の先に、戦慄かなのが見つけたもの

「孤独を孤立させない」アイドルグループ・ZOCにも所属。母親からは虐待を受け、学校ではいじめられた。補導歴もあり、少年院に2年間入っていたことも。そんな過去を彼女はすべてさらけ出して勝負する。

「私、ビリギャルよりもビリですから。少年院の中でも一番の問題児だったんで(笑)」

少年院出身アイドル、戦慄かなの。普通だったら隠したくなるような過去を、彼女はあえてさらけ出して勝負する。

母親から虐待を受けて育った。学校には居場所を見つけられず、高校は中退。補導歴もあり、ブラックなビジネスを取り仕切っていたこともある。

あまりに型破りな経歴は多くの人の興味を引く。指を噛んで性格を診断する「アウト」な特技と歯に衣着せぬ物言いで爪痕を残し、いまでは地上波のバラエティ番組にまでその活躍の幅を広げた。

「少年院の過去を使って売れようとしている」

「キャラクターそのものが不謹慎」

一方的に非難の声を浴びせられることもある。だが同世代の誰よりも険しい道のりを歩んできた彼女は信じている、経験してきたマイナスの体験が大きいほどに成功したときの振り幅も大きいと。

少年院での2年間を経て、彼女はいま2度目の人生を生きている。

どんなに殴られても、お母さんが大好きだった

黒羽政士

小さい頃、両親はお金がらみで喧嘩ばかりしていた。母親が父親に暴力を振るうDVの状態が続き、2人は彼女が6歳のときに離婚した。

大阪から東京へと引っ越し、はじまった父のいない生活。感情の浮き沈みが激しい母親の矛先は幼い姉妹へと向かった。少しでも気に食わないことがあると殴られた。彼氏と海外旅行へ突然行き、1週間帰ってこなかったこともある。最後の数日は冷蔵庫の食べ物も尽き、水を飲んで空腹をしのいだ。

これが幼い戦慄かなのにとっての「日常」だった。

「暴力を振るわれてはいたけど、お母さんのことが大好きでした。殴った後にはハグやキスまでしてくれて、優しかった。周りの家庭と違うことには小学校高学年にもなると気付きます。でも、私たちは良くも悪くも普通の家族とは違う、もっと深い愛情でつながっているんだって信じていたんです」

虐待は子を憎む母親が暴力を振るうことだと思い込んでいた。だからこそ、ここまで愛情を注いでもらっているのに、虐待だと言ってしまうのは母親に失礼だとさえ感じていた。

「お母さんはときどき不安定になる。そんな母を支えてあげられるのは私だけだった」

恋愛で上手くいかず、泣きわめく母の姿が目に焼き付いている。小学生の彼女には母が話していることは理解できなかったが、それでも支えようと必死に耳を傾けた。

黒羽政士

同じ頃、学校ではいじめがはじまる。クラスメイトに仲間外れにされ、授業中に回された紙に書かれていたのは自分の悪口。次第にエスカレートし、中学校に入学すると水を含ませたスポンジを投げられ、先輩たちからはスカートが短いと詰められた。

自分が学校に行かないことで誰かが勝ち誇る姿が目に浮かぶ。だから、どれだけいじめられても学校は休まなかった。せめてもの抵抗にみんなを驚かせようと、学校の3階から飛び降りて腕と足の骨を折ったことも。それでも病院を退院して教室へ戻れば、そこではいつもと変わらない「日常」が続いていた。

家にも学校にも、どこにも居場所がない。1人になると涙がこぼれてきた。でも、泣き顔を誰かに見せることはない。弱い自分を見せるのは悔しかったから。

黒羽政士

「中学生ってアルバイトができないんですよ。でも、どうしても焼き鳥が食べたくて(笑) 買い食いをするために稼ぎたいと思ったんです」

中学3年生で地元の先輩たちのグループに加わり、万引きに手を染めた。高校生になった頃、商品を転売して利益を上げていた先輩たちを見て、もっと効率よく稼ぐ方法を思い付く。目を付けたのは、小さい頃にニュースで知ったブラックなビジネスだった。

多いときには1ヶ月の稼ぎは300万円を超えた。でも、そのお金ですることといえばお菓子を買うくらい。

「母親に暴力を振るわれるたびに、自分で稼いで早く自立しなくちゃいけないという思いが強くなっていきました。別に欲しいものがあったわけではないんですよね」

非行のために、何度か警察に補導されたことも。トラブルに巻き込まれて保護対象として児童相談所に送られたとき、ブラックなビジネスに手を出していたことがスマホの中身から発覚した。

2014年、どん底の日々の果てにたどり着いたのは少年院だった。

少年院で初めて経験した、「誰かに甘える」ということ

黒羽政士

「牢屋は天国じゃない。でも、誰からも攻撃されることもない安心感を感じることができたのは少年院が初めてでした」

初めて手にした好きなだけ誰かに甘えられる環境。そんな環境に身を置くことで、少し遅い反抗期がはじまる。

「少年院では法務教官の先生たちに甘えました。怒られることすら嬉しかったんですよね」

通常は1ヶ月に1回の面談も、彼女だけは週に1回。ほとんどの先生は暴れると業務的に対応するが、感情をぶつければ本気で答えてくれる先生にも巡り合った。

少年院での2年間、やることは勉強と読書くらいしかなかった。気付けば自分のこれまでを振り返り、一つひとつの出来事を見つめ直していたという。1週間に読むことができる本は3冊まで。

そんな中で手に取り、最も影響を受けたのは心理学の本だった。そこに書いてあることが、自然と自分の過去の出来事や母親の言動とリンクしたという。

黒羽政士

「私の母も虐待を受けて育ちました。虐待された経験がある親は、子どもに対しても虐待をしてしまう傾向が強いと言われています。でも、それは自分と向き合う時間を持たずに大人になったから、心が子どものまま大人になってしまったからだと思うんです」

「お母さんは暴力を振るっているときですら、自分が被害者だとどこかで思っている節がある。自分がされていたことが虐待であったと自覚することが、スタートラインです。少年院に入っていなかったら、きっと殴った後にハグをしたりキスをすることが子育てなんだと思ったまま大人になっていたはず」

少年院を出るとき、社会に戻ってもいまの気持ちを忘れないと心に誓った。

「社会に戻れば、自分の周りには気を逸らすようなものばかり。どんなに真面目に頑張ろうとしても、その気持ちを削いでくるお母さんがいる。それに対人関係の悩みも尽きません。でも、絶対に流されたくなかった。少年院の2年間で学んだことを忘れてしまったら、自分には何も残らない気がしたんです」

媚びは売らない

黒羽政士

アイドルが大好きで、ずっと憧れていた。母親の帰ってこない夜、アイドルの踊りの真似をして寂しさを紛らわせたこともある。

「少年院ではテレビは1日1時間と決まっているんです。見る番組は多数決で決めるんですけど、金曜日は絶対にミュージックステーションだったんですよね。画面の向こう側のアイドルたちに勇気や希望をもらっていました」

そんなアイドルが憧れの存在から具体的な目標に変わったのは、少年院を出て地下アイドルの存在を知ったとき。ずっと踊り続けていたから、ダンスには自信があった。AKB48のようなアイドルになることは到底叶わない。でも、地下アイドルにならなれるかもしれないと。

その後、Twitterへ投稿したダンス動画を見た芸能事務所の人に声をかけられて、戦慄かなのは地下アイドルの世界へ足を踏み入れた。

少年院出身であることを初めてカミングアウトしたのは、そうした活動を経てエントリーした講談社主催のオーディション「ミスiD2018」でのこと。

目新しさで成功したいわけではない。自分の過去を公表することに迷いもあった。きっと「少年院出身」というレッテルは一生付きまとう。それでも、素の自分を隠さなかったことは正解だったと振り返る。

過去を知った上で、それでも応援してくれる人たちがいる。これまでアイドルの活動には興味を持っていなかった人も彼女のライブへ足を運んでくれた。アイドルという肩書だけでは届けることのできない人に声を届けられるようになりつつある。

「なんだか私の心がラクになり、涙が出ました。少年院にいたというカミングアウトをしたこと、TVに出てくれたことに本当に勇気づけられました。ありがとうございます」

少年院にいたことがあるというファンから寄せられた手紙につづられていたのは、感謝の言葉だった。

黒羽政士

非難の声が耳に入る機会も増えたが、メディアへの露出が増えたいま必然かもしれない。

「一度悪いことをしたら更生できないって偏見を持つ人もいる。私のことを大して知らないのに不謹慎だって言う人も。まさに不謹慎狩りですよ。このキャラクターでいる限り更生したと言えないなら、私は一生更生しません」

本音が見え隠れするTwitter、そこにはときに強い口調の言葉が並ぶ。

「人生は1回死んでからが本番なので」

「私はずっと変わらないよ!誰にでも噛み付いて尖ってたときの気持ちも、大人になってく温かい感覚も どっちも忘れないで生きていきたいよねー」

「誰も正しくなんてないけど、私は間違ってると思ったことにはずっと中指立てていくよ」

こうした言動が良くも悪くも反響を呼ぶことも少なくない。戦慄かなのをここまで突き動かしているものとは、一体何か。

「私の原動力って常に負のパワーなんですよ。これまでいじめてきた奴、舐めてかかってきた奴を全員見返してやりたい。誰かを見返してやる、っていう気持ちでしか頑張れない。だからつい喧嘩腰になってしまう。反骨心みたいなものですね」

20歳になって見えてきた、目の前の生活の充実よりも大切なこと

黒羽政士

事務所には所属せず、妹と結成したアイドルユニットのプロデュースもこなす。法律を勉強するため、大検を取得して2018年4月には大学に入学。虐待やネグレクトに苦しむ子どものためにNPO法人baeも立ち上げた。

「アイドルの概念をぶっ壊したい」と語る彼女だが、既にアイドルの枠を軽々と超えてしまっているように見える。

2018年10月には児童虐待や育児放棄を受けている子どもの問題を解決するためのNPO設立資金を集めるためのクラウドファンディングを実施。当初の目標金額85万円を2日で達成し、最終的には目標の4倍を超える350万円以上の金額が集まった。注目度は高い。

「学校で相談窓口のカードを配られても、私は電話をすることができなかった。きっと家に電話もなく、携帯電話を持っていない子もいるはず。わざわざ電話をかけるくらいの行動力があるなら、そもそも身近な大人に相談できているはずなんですよ」

児童虐待について啓発するパンフレットの作成を進め、横須賀市では教員向けの勉強会で講師を務めた。その裏には、「あのとき、身の回りに相談できる大人がいたら…」という虐待当事者として過ごした日々の記憶がある。

黒羽政士

私生活では20歳になり、保護観察処分が解けた。母親のもとを離れてはじめたのは大好きな妹との2人暮らし。2ヶ月に1回ほどのペースで過ごす母親との時間を少しでも良い時間にしようと、美味しいものを食べたり、暗い話をしないようにしているという。

いまでも母親のことは好き。縁を切りたいわけではない。だからこそ、お互いにとってちょうど良い距離感を探っている。

いまが楽しければなんでもいい、後先を考えずにとにかく稼ぐ。そんな目の前の生活を充実させるだけの人生からは卒業した。

これまで遠回りしてしまった分を取り戻すように、あらゆることに挑戦する忙しない日々。野望は尽きない。世の中を戦慄させるため、彼女は今日も笑顔で生き急ぐ。

黒羽政士

<戦慄かなの>  アイドル
1998年9月8日、大阪府生まれ。妹の頓知気さきなとのユニット・femme fataleやアイドルグループ・ZOCで活動。児童虐待や育児放棄を受けている子どもの問題を解決するためにNPO法人baeを設立し、講演活動なども行う。フジテレビ系「アウト×デラックス」のアウト軍団として準レギュラー出演中。


「平成」が終わる、いま。この時代に生まれ、活躍する人たちが見る現在とこれからを、BuzzFeed Japanがインタビューする「平成の神々」。新しい時代を迎える神々たちの言葉をお届けします。

※この記事は、Yahoo! JAPAN限定先行配信記事を再編集したものです。

Contact Yuto Chiba at yuto.chiba@buzzfeed.com.

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