ワクチン接種が進んでいる。その先に何が可能となるのか。政府の新型コロナ分科会は9月3日、今後の見通しを示す提言を発表した。
どの程度のワクチン接種率を達成すれば、どのような制限が緩和されるのか。
分科会の尾身茂会長は高いワクチン接種率を達成しただけでは、日常生活を取り戻すことは難しいとして、今後の感染対策のあり方のたたき台を示したうえで、国民的な議論を求めたいと呼びかけた。
どのような日常生活を望むのか、国民的議論を
分科会で議論されたのは、今後の中長期的な見通しに関する方針だ。
尾身茂会長は「現在、発出されている緊急事態宣言解除をどうするかといった話とは別の話です」「メディアには、対策がいらないというメッセージにならないようにお願いしたい」と強調したうえで、今後の見通しを議論するための「叩き台」を提示する考えを示した。
日常生活への制約が生じている状況が長引き、社会で不安や不満が高まっていると分析。「制約のない日常生活を徐々に取り戻すため、合理的かつ効果的で納得感のある感染対策が必要」と語った。
「専門家の総意だと思いますが、ワクチンだけでの感染制御は困難です。これまでも申し上げてきましたが、その他の科学技術をフルに活用することが必要です。その一環として、ワクチン・検査パッケージをプラスするということが大事であると考えています」
「ワクチン・検査パッケージ」とは、各国で「ワクチンパスポート」と呼ばれる政策のことだ。
ワクチン接種率が高くても、マスク着用などは必要に
議論での参考として、分科会はワクチン接種率の異なる3つのシナリオを用意。それぞれのシナリオで、日常生活にどのような制約が生じるのか見通しを示した。
【シナリオA】60代以上の90%、40-50代の80%、20-30代の75%がワクチン接種済み
【シナリオB】60代以上の85%、40-50代の70%、20-30代の60%がワクチン接種済み
【シナリオC】60代以上の80%、40-50代の60%、20-30代の45%がワクチン接種済み
シナリオAの場合、ワクチン未接種者を中心に接触機会を40%低減する対策を講じることで感染状況は一定水準まで抑制できるという。
入院する人や重症化する人も現れるが、医療提供体制は逼迫しにくくなるため、緊急事態宣言など強い対策は不要になる可能性があるとしている。
シナリオBの場合は、ワクチン未接種者を中心に接触機会を50%低減する必要がある。また、状況次第では緊急事態宣言など強い対策が必要になる可能性があるという。
なお、40%程度の低減に必要な対策は、マスクの着用、三密回避など基本的な感染対策。50%程度の接触機会低減に必要な対策は、マスクの着用など基本的な対策、会食の人数制限、オンライン会議・テレワークなどとしている。
「総合的な感染対策をやると、人々への行動制限が軽くなる。総合的な感染対策はワクチンだけでなく、科学技術の活用、飲食店の第三者認証や疫学調査といった取り組みを含みます」
「これは決定事項ではなく、一つの考えです。ここから国民的議論を始め、コンセンサスを得られればと思います」
分科会が「ワクチンパスポート 」と呼ばないワケ
分科会が今回、新たに提示した「ワクチン・検査パッケージ」。諸外国では、「ワクチンパスポート」と呼ばれる。ワクチン接種済みであることや検査結果などを使い、他の人に感染させるリスクが低いことを示す仕組みだ。
ただし、ワクチンを接種していなければ、行動が制限されるというニュアンスから社会に分断が生まれるという懸念から、分科会では「ワクチンパスポート 」ではなく「ワクチン・検査パッケージ」という名称を用いる、と尾身会長は説明した。
「ワクチン・検査パッケージはワクチンあるいはPCRなどの検査結果をもとに個人が他者に二次感染させるリスクが、そうでない場合よりも低いことを示す仕組みです。しかし、二次感染させないという完全な保証にはなりません」
そのうえで、努力義務であるワクチン接種を望まない人がどの程度、制約を受けることを受け入れるのか議論すべきだと述べた。
分科会が示した「ワクチン・検査パッケージ」の基本的な考え方は以下の通りだ。
(1)適用しても、マスク着用などの基本的感染対策は当分続けること
(2)行動制限の緩和は状況に応じて段階的に行うこと
(3)感染リスクが高い場面や活動、クラスターが発生した際の重症者の発生や地理的なインパクトが大きい場面や活動を、適用対象とする
(4)国や自治体が利用する場合には、事業者などの意見を聞いた上で適用する
(5)イベントなどで適用する上では、技術実証なども活用する
どんな場面で「ワクチン・検査パッケージ」が必要に?
具体的にはどんな場面で「ワクチン・検査パッケージ」が必要となると想定しているのか。
尾身会長が示したのは次のような場合だ。いずれも緊急事態宣言が解除され、感染状況が現在よりも改善していることが前提だという。
・医療機関や高齢者施設、障害者施設への入院、入所および入院患者や施設利用者との面会
・医療、介護、福祉関係の職場への出勤
・県境を超える出張や旅行
・全国から人が集まる大規模イベント・大学での対面授業
・部活動における感染リスクの高い活動
なお、同窓会などでの大人数での会食や冠婚葬祭などに適用すべきかどうかについては「迷った」とコメント。
また、百貨店など大規模商業施設、カラオケなどの従業員や飲食店などでの適用は「検討が必要」としている。
修学旅行や入学試験、選挙や投票、小中学校の対面授業などでは「適用すべきでない」とした。
「光は見えているけど、無条件には来ない」
「どのような日常生活を望むのか、我々自身が考えていく時期に来ていると思います」
「ワクチンが一定程度行き渡ったから万歳ではありませんよ、ということです」
尾身会長は高いワクチン接種率を達成したとしても、それだけではコロナ前の生活は戻ってこないと指摘。
「片一方では希望が見える。しかし、光があると同時にリアリティーも知ってほしい」とした。
「いかなるシナリオだっても、ワクチンだけではすべては解決しない。行動制限を完全にゼロにすることはできないんだけど、なるべく軽くしたい。そのためには接種率の向上、それから科学技術の活用、ワクチン・検査パッケージや飲食店の第三者認証などが必要になる」
「こういうことをやっていけば光は見えてくる。ただし、光は見えているけど、無条件には来ない。ひとつのことでウイルスに対処することはできないということです」
これまで分科会は政府に対して提言してきたが、今回の提言は趣旨が異なる、と尾身会長は語った。
「今までは分科会が政府に提案し、政府が一般市民へ伝える。比較的、一方向でした。ところが今は、一般市民や事業者などを交えた国民的な議論が必要です。どのような日常生活を望むのかは一人ひとりが選択する事柄ですし、一人ひとりが関与したいという思いもあるでしょう」
「一方向のやり方では納得感は得られないのではないかということで、この提言を叩き台に、国民的な議論をしていただきたい」