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首相は「新治療薬」をアピール。でも…  届き続ける入院依頼の電話。病床に空きはなし【ルポ・コロナ病棟】

埼玉医科大学総合医療センターの新型コロナ病床はすでに、重症者受け入れ能力の限界を迎えた。それでも入院依頼の電話がやむことはない。五輪の裏で今、何が起きているのか。

感染力の強いデルタ株が広がり、増え続ける新型コロナウイルスの感染者。

東京五輪のゴルフ競技会場がある埼玉県川越エリアの基幹病院・埼玉医科大学総合医療センターには、中等症や重症の患者が相次いで運び込まれてくる。

現場はすでに、重症者受け入れ能力の限界を迎えた。しかし、この地域で重症者を受け入れられる病院は、ここだけだ。医師は「この地域のコロナ医療体制は、限界に達した」と口にした。

それでも、患者の受け入れ依頼の電話がやむことはない。医療者としてできる限り患者さんを受け入れて、命を救いたいと願ってもいる。

五輪の熱戦の裏、限界状態の医療現場で何が起きているのか。

BuzzFeed Newsは7月26日〜28日にかけ、埼玉医科大学総合医療センターの新型コロナ病棟に密着取材した。

【密着1日目】「首都圏ではすでに…」 東京五輪の裏で「最後の砦」が崩壊するまで

【密着2日目】「まさに今、限界に」「もう受けられない」治療の最前線、重症者病床が埋まった瞬間

退院患者は看護師に一礼し、その場を後にした

密着取材3日目の7月28日午前10時30分、埼玉医科大学総合医療センターの新型コロナ病棟。

人工呼吸器をつけた患者の人工透析のため、腎臓内科の医師や技師たちが防護具か防護服(PPE)を身に付け、レッドゾーン(感染管理区域)に入る。

その横で、1人の男性が退院するため病室で荷物をまとめた。ドアが閉まる直前、男性は看護師に一礼し、病棟を後にした。

10分後、朝のカンファレンス(会合)を終えた医師たちがナースステーションに戻ってきた。

「昨日入った患者さんは、みんな安定しています。夜も幸い、何も起こることなく終わりました」

「今日はどうなりますかね。これ以上、受け入れられるような状態ではないですけど」

夜勤を担当し、そのまま昼間の勤務にあたる医師が現在の状況を教えてくれた。

「これはカンファレンスをしている余裕がないな。誰か(病棟に)残った方が良いよ」

午前11時45分、医師の川村隆之さんがつぶやく。

「上の階(の患者)を乗り切ったら、下の階は軽い人が多い。ここを頑張ろう」

川村さんはPPEを身に付けながら、周りの医師たちを鼓舞した。

首相が期待を寄せる新治療薬、その実情は…

総合診療内科・感染症科を取り仕切り、最前線の陣頭指揮をとる教授の岡秀昭さんは、ナースステーションに到着すると、「午後になったら、また入院の依頼が来ると思います」とつぶやいた。

師長の井岡京子さんは「受け入れるとしても、中等症2だと、すぐに人工呼吸器を使うことになるかもしれない」と言う。

この病院では、前日の7月27日、4つの人工呼吸器が重症者につながれ、即応できる重症者の受け入れ能力の限界を迎えつつあった。人工呼吸器の管理には多くの人手がかかるため、これ以上の数の呼吸器を同時に動かして安全を維持することは、難しい。

岡さんは4つ目の人工呼吸器が動き出した27日、「川越地域の新型コロナ患者を受け入れる医療体制はまさに今、限界に達した。もう重症になっても、搬送先はおそらくなかなか見つからない」と記者に語った。

それでも岡さんらスタッフは、何とか患者受け入れを続ける手段を模索している。

「このままいくと、来週にはどうなっちゃうのかね」(井岡さん)

「検査のキャパシティの問題はあるでしょうけど、東京は1日5000人くらいまでいくんじゃないですか」(岡さん)

第5波のピークは、まだ見えない。感染状況に7月22日からの4連休が与える影響が明らかになるのは、しばらく先の話だ。いま入院している患者は、連休と五輪開幕前に感染し、発症した人々なのだ。

治療現場には、先が見えないことへの不安が押し寄せている。

埼玉医科大総合医療センターで重症者の受け入れが厳しくなった27日夜、菅義偉首相はメディアの取材に「重症化リスクを7割減らす新たな治療薬を政府で確保しており、これから徹底して使用していく」とコメントした。

しかし岡さんは、首相は現実を直視できていない、と指摘する。

「(首相の言う)抗体カクテル療法は、軽症〜中等症1の患者に、入院の上で早いタイミングで投与し、重症化と死亡を防ぐためのものです」

「しかし、いま当院へ搬送される人の多くは中等症2で、軽症や発症した早いうちは自宅療養せざるを得ない。運ばれてきたタイミングでは、カクテル療法はすでに効果が得られる時間が過ぎていることが多い」

いま増えている中等症2の患者は、高齢者よりは重症化しにくい50代以下が多いが、これまでの経験で言えば10人に1人ほどは、人工呼吸器を必要とする状態になるという。

「人工呼吸器をつけると、患者1人を医師や看護師、技師やリハビリのスタッフなどのべ20〜30人で24時間管理することを意味します。軽症や中等症の患者とは、現場にかかる負担は比べものになりません」と、岡さんは言う。

受け入れ能力で精一杯といえる4人に人工呼吸器を使っているこの病院には、これ以上の余裕はない。新たに重症者が運び込まれなくても、もし入院中の中等症患者の容体が急変したら、能力の限界を超えることになる。

横のブースに目を向けると、夜勤の看護師たちの書類が目についた。勤務時間内で何分、レッドゾーンに滞在していたのかを申告する欄があった。

ある看護師は430分、別の看護師は520分。病棟の巡回や検温、体位変換のためにPPEを着て、レッドゾーンで勤務していた。ほとんど睡眠はもちろん、休息も取れていない。

コロナ患者に対応するスタッフにかかる負荷は、重い。

病床をなぜ増やせないのか?

総合医療センターの救急外来には、感染症科の医師が担当するブースがある。

原因不明の発熱患者に対応するため、岡さんは離れた教授室から後期研修医に呼ばれ、このブースに駆けつけた。

横には救急車から搬送された患者が処置を受けるスペースがある。数分後、新しい患者が運ばれてきた。

交通事故の外傷で搬送されたのは、男の子だった。

「痛ーい!痛い!」

医師たちはどこが痛むかを尋ねる。周囲に男の子が泣き叫ぶ声が響いた。

この病院へ搬送されてくるのは、新型コロナ患者だけではない。

「病院はなぜ、コロナ病床をもっと増やせないのか」という疑問を抱く人も少なくないかもしれない。

しかし、全病床が1000床を超えるこの病院では、がん治療や救急対応など通常の医療活動で、多くの病床が日常的に埋まっている。他の診療も行いながらコロナ患者に割くことができるのは、今の病床数が限度だという。

このセンターはコロナ患者だけでなく、様々な理由で運び込まれる地域の人々の命を救うための「最後の砦」でもあるからだ。コロナだけに注力すれば、その他の病気やけがに苦しむ人々を、見捨てることにもなりかねない。

「〇〇先生、今向かいます」「これが終わったらCTで」

医師や看護師たちが慌ただしく動く音が、そこかしこから聞こえていた。

「コロナ陽性が出ました」

「この人が搬送された時は、すぐに重症化すると思いました」

「なんとか持ち直して本当に良かった。でないと、人工呼吸器を着けることになってたでしょう」

医局でのカンファレンス。医師たちは患者の治療方針を岡さんに相談していた。

午後2時35分すぎ、カンファレンス中に川村さんのPHSが鳴った。

電話は外来の担当医師からだ。電話を切ると、川村さんは静かに告げる。

「COVID(コロナ)陽性出ました」

新型コロナの感染が確認されたのは、原因不明の発熱で他の病院から紹介されてきた33歳の男性。数日前にPCR検査を受けた時点では、陰性だった。

外来で医師が念のため再検査をすると、陽性に。すでに状態は中等症だったため、すぐに入院が決まった。

「間違いないね」

胸部のCT画像を見ながら、岡さんは「典型的なコロナだ」と語った。

「新型コロナ病棟の患者さんは、みんなCOVIDだと分かっているから、私たちは感染防護策を取りながら対応します。でも、実は一番油断してはいけないのは、外来で発熱している患者さんに対応する時だったりするのです」

医師の酒井梨紗さんは、こう語る。

PPEを着用せずに新型コロナ患者に対応した場合、飛沫などでウイルスをあびる可能性や、保健所から濃厚接触者に指定されて出勤停止となる可能性がある。

市中での感染が広がる中では、外来での対応も気を緩めることはできない。

「でも、外来の患者さんの中で陽性者が出ても、もう驚きません。あ、そうだったのかと思うくらいですね」

酒井さんは淡々と語った。

重症者病床の空きはなし。それでも入院調整の電話が…

「どっちの病棟に入れようか。ここを空けて、ここに入れればいい」

「そうするあっちの病棟には‥」

病棟では外来からの患者を受け入れるため、井岡さんが看護師らと話し合っていた。

午後3時40分、再び病棟の電話が鳴る。埼玉県の入院調整本部からの電話だ。

患者は44歳男性、酸素飽和度は93%で息切れあり。すでに2つの病院から受け入れを断られていた。

岡さんが調整本部と電話口でやりとりを進める。

「中等症2くらい?重症がすでに4人で、正直、これ以上はうちでは厳しいんです」

「受けましょうか…2つ断られて、もう他のあてもないでしょう」

「調整本部では今、どれくらいの患者がいるんですか?」

その時点で、調整本部では数十人の入院調整を進めていた。

岡さんは話し合いの末に、この患者の受け入れを決めた。「ステロイドを入れれば、挿管になる可能性は低い」(岡さん)と判断した。

電話の近くでやりとりを聞いていた井岡さんは、すぐに動き始める。「受けます」。井岡さんに、岡さんは伝えた。

「入院をドンドン受け入れる、断らないって響きはカッコいいですよね。でも、このまま受け入れ続けてしまえば、スタッフはオーバーワークになるし、医療の質も低下し、医療事故が起きかねません」

「人工呼吸器を着けるのは、それがなければ数時間後には命を落としてしまう人々です。我々現場がどれだけのエネルギーを割いてこの人たちを助けているのか。なかなか伝わらないことが、もどかしい」

入院を受けると決めた直後、岡さんは繰り返し語った。

慌ただしく動く医師と看護師たち

「バリバリの中等症2だったな」

「まずはステロイド入れて、その後は様子を見ながら状態が悪化して人工呼吸になるならアクテムラ追加でいいですかね」

数分後。外来で陽性と診断された男性患者に対応していた医師たちが治療法を語り合いながらレッドゾーンから戻ってきた。

「今はどうなってるの?」

「新規(重症者)はしばらく取らないんじゃなかった?」

立て続けの入院2件の知らせに、4階のナースステーションで医師と研修医が困惑した表情を浮かべていた。

看護師たちは受け入れに向けて動き回る。

「ああ、時間ないな。ちょっと今は書類は無理だ」

1人の看護師がつぶやき、ナースステーションを後にした。

午後6時9分、保健所の車が病院に到着した。

2つの病院にすでに断られたうえで埼玉医科大総合医療センターに搬送されてきた男性は、自分の足でなんとか歩きながら救急外来に入った。

夜勤の時間に入ったナースステーションでは、この日も多くのスタッフが残業を続けている。

「夜に入院が入ったら5号室で」「女性だったら処置室で」

万が一に備え、様々な準備が進んでいた。

現場のスタッフの「身が持たない」

「こんな感染状況じゃ、現場で働く医療者の身がもちませんよ」

井岡さんは取材に対し訴える。

「ここまで、うちは基本的に患者を拒むことなく受け入れてきています。スタッフたちは皆、よくやってます。でも、このままじゃ心も体もボロボロになります」

井岡さん自身、2年前に1度、定年を迎えている。しかし、病院運営の仕事を期待され、引き続き働くことを決めた。

そんなタイミングで、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった。

埼玉医科大総合医療センターが新型コロナ病棟を開設したのは2020年4月14日。そこから1年3ヶ月以上、常に走り続けてきた。

「本当はこんな仕事をするはずじゃなかったんだけど、最初の頃はコロナ病棟の担当を希望する人なんていませんでしたから。それなら、私がやるしかないか、と」

この1年、様々な患者が新型コロナ病棟に入院してきた。孫から感染して命を落とした高齢者も目にした。

自分が感染させた、という負い目を感じ続ける遺族もいる。

「自分は感染しても大丈夫だと、若い人なら感じるかもしれない。でも、自分が周りの誰かに感染させて、その人が死んでしまうこともあるんです」

「現場にいると、本当にワクチンの効果を実感します。あとちょっとなんだけど…40代・50代がうち終われば、こんなに医療が逼迫することもなくなるでしょう。あと数ヶ月乗り越えられれば、ってところだったんですけど」

患者の数には波がある。しかし、どんな時も対応できるように看護部は100人を超える看護師たちを交代制で新型コロナ病棟に派遣している。

7月27日には、患者の急増に対応するため、看護師を3人、増員した。

それでも、今続く第5波のピークがいつ、どうなるのか、まだ見通すことはできない。

「今日もこんなに入院待機がいて、明日にはどうなっちゃうのかね」

「明日は2人退院だけど、またすぐ埋まるでしょう」

井岡さんは不安を口にする。だが、臨時のプレハブの病床に患者さんをやむ終えず収容するため、関係部署に電話をかけ始めた。

     ◇

一連の取材を終えた翌日の7月29日、病院のある川越市では東京五輪のゴルフ競技が始まった。

そして政府は30日、埼玉県などにも改めて緊急事態宣言を出すことを決めた。

会見で菅首相は「人流を抑制し、地域の医療体制を守るため、五輪はテレビで観戦を。ワクチンの接種推進を」と呼びかけた。


【取材後記】医療逼迫、そして崩壊。しわ寄せは…

7月26日から28日まで、記者は新型コロナ病棟で密着取材をした。取材時間は30時間を超えた。

目の前に広がっていたのは、すでに逼迫した医療現場だ。

医師や看護師らスタッフはそれぞれ、全力で職務に尽くしているのを、目の当たりにした。それでも、第5波は現場の能力を大きく上回る勢いで押し寄せている。しかも、まだ4連休などの影響は、現場に届いていないのだ。

病床使用率のデータをもとに「まだ医療は逼迫していない」と主張する人がいる。あるいは、現時点の感染者のデータをもとに「重症者は増えていない」という人もいる。

しかし現場から見れば、いずれも誤りだ。

すでに重症者は増え、医療は逼迫している。

感染者数の増加に歯止めはかかるのか。

いま感染者が増え続けるということは、今よりもさらに多い数の中等症、重症患者用の病床が、数週間後に必要になることを意味する。

TVや新聞は、五輪での日本人選手の活躍を連日、伝えている。活躍そのものは素晴らしいことだが、同時にコロナの今を伝える報道は、減っているのが実情ではないだろうか。

五輪の熱狂の裏側で、感染拡大は続く。

病床の逼迫は医療の崩壊へつながり、そして医療の崩壊は新型コロナ以外の疾患や怪我であっても、すぐに病院を頼れないという状況につながる。

そのしわ寄せを受けるのは誰か。他でもない私たち自身だ。