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「首都圏ではすでに…」 東京五輪の裏で「最後の砦」が崩壊するまで【ルポ・コロナ病棟】

首都圏のベッドタウン、埼玉県川越市のコロナ患者を一手に引き受ける病院では静かな闘いが続いている。第5波が押し寄せる中で何が起きているのか。3日間密着した。

埼玉県川越市は首都圏のベッドタウン。

7月26日夜、繁華街の居酒屋では多くの人がお酒を楽しんでいた。店内のTVでは、東京オリンピックの中継が流れている。

「11時半までやってるって」。若者のグループがまた1組、店内に吸い込まれた。

一見、いつもと変わらない日常。スマホを開くと、日本の選手が金メダルを獲得したことを知らせる「号外」の文字が並ぶ。鍛え抜かれた選手らが繰り広げる熱い闘いに、多くの人々が心踊らせている。

そして日本では、もう一つの闘いを静かに続ける人々がいる。

新型コロナウイルス患者の命をつなぐために働き続ける医療関係者だ。感染者数は東京で3000人、埼玉でも870人を超えた。いずれも過去最悪だ。

増え続ける患者に、川越地域のコロナ患者を一手に引き受ける基幹病院の医師はつぶやいた。

「この地域の新型コロナ医療体制はまさに今、限界に達した」

川越は五輪のゴルフ競技会場だ。しかし五輪のさなか、医療体制は限界を迎えた。

治療の最前線には、この1年半で最悪の感染拡大となる「第5波」が押し寄せている。

どんな現実があるのか。BuzzFeed Newsは7月26日から3日間、川越市にある埼玉医科大学総合医療センターの新型コロナ病棟を密着取材した。

【密着2日目】「まさに今、限界に」「もう受けられない」治療の最前線、重症者病床が埋まった瞬間

【密着3日目】首相は「新治療薬」をアピール。でも…  届き続ける入院依頼の電話。病床に空きはなし

次から次へ…3人が相次ぎ入院

川越市中心部からバスで20分ほど、周囲を田んぼと住宅街に囲まれた埼玉医科大学総合医療センターは、この地域の基幹病院だ。

高度な技術が必要ながんや心臓病、交通事故による多発外傷の急患など様々な患者を受け入れる、地域医療の「最後の砦」だ。

7月26日午後1時。ロビーは患者で溢れていた。高齢者を介助する女性。生後間もない赤ちゃんを抱く男性。その風景はごく一般的な病院そのものだ。

しかし、この病院の奥は別世界だ。

ロビーを抜け、別棟の上層階へ。自動ドアを2枚くぐった先に、新型コロナ病床がある。

医局に患者搬送の連絡が入った。空気が一変した。

「到着30分前の連絡が来たから、研修医に声かけてくれるかな」

「いま10分前の連絡が来たから、ちょっと急がせて」

午後1時半すぎ、新たに3人の新型コロナ患者が運び込まれてきた。

41歳でも深刻な容体に

この病院の新型コロナ病床は別棟の上層階の2フロアの一角にある。産婦人科や小児科など特殊な病床を除き、総合診療内科と感染症科が主治医として受け持ち、管理する病床は合計23床となっている。

基本的に、ここには軽症患者は搬送されない。血中の酸素飽和度が90%を切るなど、運び込まれる患者は中等症や重症患者の人が大多数だ。

「現在、ここに入院している患者さんのうち、挿管している患者さんは2名です」

医師の川村繭子さんは説明してくれた。挿管とは、気管内に酸素を送り込むチューブを入れることを意味する。

新規の患者が搬送され、間もなくこのフロアに上がってくる。

「いま上がってくるって」

「とりあえず入ろう」

新たな患者を受け入れるため、医師と研修医がナースステーションで防護服(PPE)を装着し、感染管理区域を意味する「レッドゾーン」に入っていった。

この日搬送されてきた埼玉県内在住の41歳の男性Aさんは、若いころから1日30本以上タバコを吸っているヘビースモーカーだという。血中の酸素飽和度が90%近くまで低下する呼吸不全の状態となったため、救急搬送された。

「41歳でこうなるのか」

「肥満ではなく、普通の体型でしたよね」

喫煙はするものの肥満も目立った基礎疾患もない。

対応を終え、ナースステーションへ戻ってきた医師たちは、驚きを隠せない。

これまで4回の感染拡大では、高齢者の重症化リスクが指摘されてきた。しかし今は、40代〜50代の重症化が増えている。

L452R、L452R、L452R…

ナースステーションのホワイトボードに、入院患者が感染したウイルスの型が貼られている。

検査結果は、ほぼ全員が、感染力の強いデルタ株に感染していることを示していた。

「デルタ株が広まれば重大な状況となる」と西浦博・京大大学院教授ら専門家が以前から警鐘を鳴らしていた事態は、すでに現実のものとなっている。

受け入れの裏側で、師長のため息

「え、4人目?」
「多いですね」

午後3時5分、この日4人目の患者の搬送依頼がナースステーションに届いた。

「キツかったら安全第一だからやむなく断ってもいいよ」

「しばらく止めないと無理じゃない?」

数分の間に様々な意見が交わされる。

最終的には患者を受け入れる方針を決め、医師や看護師らは準備を始めた。

ナースステーションの一角では、看護師を統括する井岡京子師長が、患者をどこに入れるか、病床の図面をにらみながら思案していた。

この段階で、すでに23床中の17床が埋まっている。間もなく18人目の患者が運ばれてくる。

病室のレイアウト変更が必要となり、PPEを着た看護師たちが機材を移動した。

「パズルをやってるみたいだよね」。井岡さんはつぶやく。

どこに誰を入れるのか、井岡さんは部屋の配置を常に数パターン用意している。次に来る患者は、男性か女性か。人工透析は必要か。様々な変数に柔軟に対応するためだ。

それでも、予想を超える速さで病床が埋まっていく。

「もし、夜も新たに入院となったら、どうするか」

ため息混じりの声が、ナースステーションに響いた。

「飯食った?」「食べてないです」

午後4時すぎ。

7階の医師控え室では入院している患者一人ひとりの病状について、共有するためのカンファレンス(会合)が開かれていた。

「飯食った?」
「食べてないです」

あまりの忙しさに、昼食をとることができない医師がいた。部屋の片隅を物色し、おせんべいを口に運ぶ。

「中等症2でそろそろステロイド投与を始めてもいいと思う。サイトカイン(新型コロナ患者に見られる強い炎症)を抑えにいった方がいい」

搬送されたばかりAさんの治療方針に、医師チームのリーダー、川村隆之さんはこう切り出した。さらなる病状悪化を懸念しての判断だ。

カンファレンスが始まってからも、数分おきにだれかのPHSが響く。

「ピッチ」と呼ばれ、かつて通話料の安さから若者の人気を集めたPHSは、携帯電話網の発展で街頭からは姿を消した。しかし、電波が医療機器に影響を与えにくいうえ内線電話機としても使えるため、医療現場では今も活用されているのだ。

「COVID(コロナ)の新しい患者が10分後に来るらしいです」

話し合いを始めて5分後、この日4人目の他院では手に負えない重症度が疑われる患者が10分後に病院に到着することを知らせる電話がかかってきた。

すぐに3人の医師が病棟へ向かった。

そして、また次の搬送依頼が…

午後5時20分、この日5人目の救急搬送の依頼が埼玉医大総合医療センターに届いた。

これで、23床のうち19床が埋まる。

「ここには他の病院では受け入れられない患者さんが運ばれてきます。今日搬送された5人のうち4人が中等症2の状態、1人が重症化しやすい基礎疾患がある中等症1の状態です」

新型コロナ治療の現場で警戒すべきなのは、重症患者だけではない。中等症の患者はすでに重い肺炎を起こしている状態で、多くが酸素投与を必要とする。

そして医療現場での「中等症」とは、一般の人々が持つ「中等症」のイメージより、はるかに重篤な状態のことを意味する。

「いまここに運ばれてくる患者はおそらく氷山の一角です。この背景には膨大な数の感染者がいることが予想されます。現在の首都圏ではすでにオーバーシュートを許してしまった状態です」

総合診療内科・感染症科の教授で、新型コロナ病床で陣頭指揮をとる岡秀昭さんは、こう語る。

このまま中等症の患者が増えれば、一定程度の確率で重症、すなわち人工呼吸器による生命維持を必要とする人が現れる。

「もしも、このまま重症患者がさらに2人増えてしまったら、この病院は限界を迎えます。もしもの場合に備え、プレハブに10床の病床も用意していますが、これらは基本的には軽症者用を想定しています。このままでは新規の中等症患者や重症患者を受け入れられなくなる。今いる患者さんが何とか回復することを、願うばかりです」

崩壊間近の「最後の砦」

午後6時45分、1時間前に連絡のあった5人目の患者が搬送されてきた。

「酸素ボンベが必要です!」

医師の呼びかけに看護師らが酸素ボンベと車イスを持って駆け寄る。

搬送された男性はすぐに車イスに。酸素マスクをつけた状態で、病棟へと入っていった。

午後7時30分すぎ、6人目の患者も到着した。

26日時点で残る病床はあと3つ。しかし、感染拡大の波はとどまらない。

埼玉医科大学総合医療センターは26日、建設済みの軽症者用プレハブ病床にも8月から、患者を収容していくことを正式に決めた。

しかしその病床数はわずか10床だ。その日1日の入院は6名。感染者はまだまだ増えていく。

熱戦が続く東京五輪。ゴルフ競技会場でもある川越で、地域の「最後の砦」が崩壊しようとしていた。

(続く)