社会が生み出す子どもの孤立。必要なのは地域で虐待を防止する仕組み

    2017年の児童福祉法改正に伴い、東京23区でも児童相談所の設置が可能となった。22区が設置に前向きな動きを見せるなかで、地域に「頼れる誰か」がいることの重要性は増していく。

    東京・南青山に開設予定の児童相談所などの複合施設・子ども家庭総合支援センターに対し、
    港区が開催した説明会の模様は様々なニュースで取り上げられ話題となっている。

    「Not In My Back Yard(私の裏庭には御免)」とも呼ばれるこうした施設建設への反対運動は今に始まったことではない。また、このように反対運動が起きるのは港区だけではない。

    一部地域住民の反対の声がある一方で、賛成の声や詳細を知りたいという意見も上がっており、同じ地域であっても一括りにはできない様々な意見が生まれている。

    今回のニュースは「社会で子どもを育てる」という共通のゴールを目指すためには、議論を積み重ねていくことが重要であるという現実を私たちに突きつけた。

    「子どもの年齢が低い時は、保護者の孤立が子どもの孤立につながりやすい。妊娠期の保護者の周りに、安心してつながれる人が誰もいなかったら、子どもの孤立は生まれる前から始まっているかもしれません」

    そう語るのは認定NPO法人PIECES代表理事・小澤いぶきさん。子どもの虐待死が最も多いのが0歳〜1歳の乳児期であるという厚生労働省の調査結果が、この厳しい現実を裏付けている。

    PIECESは「子どもの孤立」を防ぐため、子どもが頼ることのできる大人=コミュニティ・ユースワーカーの育成と子どもが信頼できる大人と出会うことのできる機会づくりを行うNPO法人。児童精神科医の小澤さんが2016年6月に設立した。

    2018年8月に厚生労働省が発表した2017年度の児童虐待相談対応件数の速報値は13万3778件。この相談対応件数は年々、右肩上がりを続けている。

    悲惨な虐待を伝えるニュースがひとたび報じられれば、怒りのコメントがネット上に溢れかえる。でも、私たちは虐待をしてしまった親を一方的に責めるだけでよいのだろうか。

    「保護者を大きな声で責めて、叩いても具体的な解決には向かわない。むしろ、保護者も助けを求めづらい状況になるのではないでしょうか。人間は誰しもがそういった弱さや暴力性を持っているかもしれません。虐待は家族が孤立し、どうしようもない状況に追い詰められてしまうなかで起きています」

    児童精神科の現場で直面した「医療の限界」。

    小澤さんはこれまで精神科医 / 児童精神科医としてキャリアを積み重ね、様々な「しんどさ」を持つ人々と出会ってきた。彼女が診察してきた患者は様々な背景を抱えていたが、その多くは誰かとの関係性でしんどさを抱えたことがきっかけで生きづらくなってしまっていたという。

    「命の危機の一歩手前で医療の窓口に辛うじてつながることのできる患者さんがいます。その方達の中には、助けを求められない状況に置かれている人もいます」

    「背景に虐待やいじめなどがあり、自分のことを大切にされない体験が続くと、結果として他者や社会を信じるのが難しくなることがあります。困難な中、勇気を出して誰かに助けを求めたけれど、より傷ついたという体験が続いて、誰かに助けを求めることが難しくなることも」

    児童精神科医が診察するのは、虐待を受けた子どもだけではない。

    近年の神経発達症群(発達特性)の認知度の向上とともに発達相談の件数は増え続け、児童精神科の受診は数カ月先の予約を待たなくてはいけない場合もある。余裕があるとは決して言えない環境で目の前の患者に必死に向き合った。

    「医療や行政機関で働きながら、他機関と連携しながら、家族やお子さんに関わってきました。でも、虐待を予防するためには、専門機関や医療機関だけでなく、もっとたくさんの手が必要だとも感じました」

    だからこそ、小澤さんはPIECESを設立した。虐待を予防するために、さらにいえばその手前にある家族の孤立や子どもの孤立を防ぐために。

    「困ったとき、頼れる誰か」はどこにいる?

    核家族化が進み、地域のつながりが希薄になってきたと言われている。都市部では居住スタイルも変化し、物理的に他者の顔が見えにくくなってきた。そんな社会の大きな変化のなかで、子育てが家族の中で閉じてしまう傾向にある。

    でも、同じ社会で暮らすなかで誰もが虐待をするわけではない。その分かれ道はどこにあるのだろうか?

    何か一つが解決すれば虐待はなくなるというシンプルな構造ではないと前置きした上で、その鍵の一つは頼りあえる誰かが身近にいるかどうかではないか、と小澤さんはいう。

    「社会が子どもを育てることに理解を示してくれる場面ばかりではありません。ちょっとした悩みや、大変なことを共有できる、弱さを出せるような心理的安全の確保された関係性やコミュニティを持つことで、何とか子育てをすることができている人も少なくないと感じます。『どれだけ頑張れと言われてもしんどい』と本音を安心して口にすることができる場があるか、困ったときに相談できる人がいるかが重要です」

    地域で困ったことがあったとき、頼れる誰かは私たちの身の回りにどれだけいるのだろうか。生活の中で抱えうる子育てなどそれぞれの問題に対応してくれる行政の窓口は確かに存在する。しかし、日頃のちょっとした悩みや小さな喜びを共有できる伴走者としての役割を行政職員に求めることはできない。

    2017年の児童福祉法改正に伴い、都道府県、政令指定都市、中核市に加えて東京都23区でも児童相談所の設置が可能となった。現在、練馬区を除く都内22区が児童相談所設置へ前向きな動きを見せており、世田谷区、荒川区、江戸川区のモデル区では2020年度中にも開設を予定している。

    地域で子どもを見守る体制を強化するための第一歩として注目が集まる児童相談所の設置。しかし、身近な地域に児童相談所が設けられるだけでは、孤立する家族にアクセスすることは難しく、虐待を事前に防ぐことはできない。地域の良いつながりと連携し、課題が深刻化する前から丁寧な支援を行う必要がある。

    「虐待の相談件数は増え続けていますが、その後の対応の91%は在宅支援となっています。もしある家族が孤立しやすい状況だったとして、家に戻った子どもとその家族を地域が支えられなければ、その負担は結局また家族にのしかか ってしまいます」

    児童相談所には日々かなりの数の相談が寄せられる。子どもを一時的に家庭から離れた環境で保護する一時保護所も首都圏ではパンク状態だ。そんな極限状態であっても、親子の関係を取り巻く課題は待ってはくれない。

    孤立する家族の情報を事前にキャッチし、適切なタイミングで介入することも重要だが、行政だけでは手一杯。孤立する家族を支えるためには子どもや保護者、そして行政機関が頼ることのできる地域のネットワークが不可欠となる。

    コミュニティユースワーカーの活動は、自分の眼鏡に気付くことから始まる。

    PIECESではそんな信頼できる他者をコミュニティの中に増やすため、「コミュニティ・ユースワーカー」の育成を2016年5月から進めている。

    人は成長する中で、自分の身近な大人を通じて社会を知っていく。多くの場合、この身近な大人は保護者だ。だが、保護者を頼ることが難しい環境にあった時、そこには社会を信頼するためのきっかけが欠如してしまう。

    家族が閉じて子どもが孤立してしまわぬように、必要なのは子どもにとって信頼できる誰かが地域に存在することだと小澤さんは考えた。

    コミュニティ・ユースワーカーの育成プログラムに要する期間は6カ月。2016年からこれまでに50名以上のコミュニティ・ユースワーカーが誕生、それぞれの地域で活動を続けている。育成プログラムで徹底しているのは「自分の眼鏡に気づき、相手の価値観や背景を想像すること」だ。

    「相手の中にある多様性を想像することが大事だと思うんです」と小澤さんはつぶやく。

    「たとえ苦しい状況にあって困った課題を抱えていたとしても、それはあくまでその子の一面でしかないんです。『虐待された子』というフィルターを通して向き合うのではなく、相手の子どもも一人の人として関わっていく。そうして相手の中の多様性に気づいていく中で、こんなゲームが好きな子、○○出身の子というチャネルでつながることもあります。それまでとは全く違った関わり方ができるる可能性があります」

    「相手の中にある多様性を想像して、関わるチャネルをいかに持てるかということが重要ではないでしょうか」

    「死にたい」というSOSで、初めてつながることができた少女。

    小学生の拓也さん(仮名)は、たとえ嫌なことがあっても「嫌だ」と伝えるのが苦手で、極度の人見知り。養育に関わることへ消極的な父親と、うつ病を持つ母親との3人家族で育った。

    学校ではいじめにあった。追い詰められた彼が「死にたい」とSOSを発信したことで医療につながったという。そんな彼にとっ て、コミュニティ・ユースワーカーの女性は初めて自分の話を否定せずに受け入れてくれる存在だった。

    PIECESがクリエイターと共に提供しているプログラミング教室「クリエイティブガレージ」に通い始めた彼は、そこでゲーム作りの楽しさにのめり込んでいった。参加した当初はゲームの軸となるストーリーを書いていた彼。いまではキッズプログラマーとしてプログラミングに没頭している。

    こうして信頼できる誰かとつながることができた拓也さんは、他の人とのつながりの中で、「自分のことが少しずつ好きになった」と話している。

    別の学校に行きだした彼だが、学校に行くことがしんどくなる日はある。そんなとき母親と一緒に立ち寄るのはクリエイティブガレージだ。こうして育児の課題を家族で抱え込むことがなくなったことで、母親のうつ病の症状も改善しつつある。

    彼はコミュニティ・ユースワーカーとつながり、孤立から抜け出すことのできた一例に過ぎない。彼らの裏には、まだまだ孤立を強いられ、辛い状況に身を置く子どもや家族が存在している。

    SOSを発信できる人ばかりではない。また、孤立している人や孤立しかけている人の存在を学校や行政が全て把握し、関わることができているわけではない。支援の対象と見なされていないケースや支援すべきと思われていたが途中でドロップアウトしてしまったケースは後を絶たない。

    だからこそ、どこかで支援を必要としている誰かとつながるため、小澤さんやコミュニティ・ユースワーカーたちは今日も地域へと繰り出していく。


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