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イメージで訴えかける政治の加速。悪名は無名に勝る、高度化していく政党PR

6月にはファッション誌「ViVi」が展開した自民党のPR企画が話題を呼んだ。こうした活動は私たちの意思決定にどのような影響を与えるのか、政党のPR活動はどうあるべきなのか。東京工業大学准教授・西田亮介さんに話を聞いた。

参院選の投票が近づく中、政党のPR活動が目につくようになっている。6月にはファッション誌「ViVi」が展開した自民党のPR企画が話題を呼んだ。

参院選を目前に控えたタイミングでの与党と女性ファッション誌とのコラボを批判的に捉える声がネット上で出た。

こうした活動は、有権者にどんな影響を与えるのか。政党のPR活動はどうあるべきか。

著書に「メディアと自民党」や「情報武装する政治」などがあり、政治とメディアの関係性について研究を続ける社会学者・西田亮介さんに聞いた。

西田さんは政治のプロモーションにおいて与野党が積極的かつ健全な競争を行うことが望ましいと語る。一方で、憲法改正の手続きとして行われる国民投票でPR手法や資金について制限が乏しいことに懸念を感じるという。

InstagramやTikTokを使うなど政治のプロモーションはこの先、ますます高度化していくことが予想される。

強い言葉が支持を集める時代に、私たちはどのように政治に関する意思決定をすればいいのだろうか。

競争を拒否するのならば、最初から敗北しているようなもの

Yuto Chiba / BuzzFeed

東京工業大学准教授・西田亮介さん。

ーー先日炎上した「ViVi」のPR記事について、西田さんは「自民党広報の割と優れた創意工夫の範囲内」であり、「むしろ積極的かつ健全に競争すべきでは」と発言しました。

僕も自民党がやっていることの品が良いとは思っていません。でも、現在の規制のもとでは「やめろ」という理由を提示するのも難しいんですよね。であるならば、野党もプロモーションに力を入れていくことで、ある種の緊張関係が生まれるのではないでしょうか。むしろそちらを期待したい。

資金力が政治力に差をわけるというかもしれませんが、政党助成金の分配は獲得議席数と得票率によって分配され、それになりによく考えられています。単純に同額分配だと議席数の多い政党は不公平に感じるでしょうし、政治運動の制限は際限がなくなりがちで好ましく思えません。

広報という視点では、ネットのポテンシャルをまだまだ活かすことができていない、というのが与野党のPRに対する僕の評価です。そうした中で野党には組織としての連続性を保つことができずにいる政党も多い一方で、自民党は組織としての連続性と人としての連続性がある。

その結果として優位性が生まれていると考えるのが妥当でしょう。実際、政権交代も経験しましたし、工夫の余地は多数あるのではないでしょうか。

Junko Kimura / Getty Images

2005年9月11日、衆院選の開票後に取材に応じる民主党(当時)の党首・岡田克也氏。

90年代末に若年世代と女性の自民党離れが顕著になったことで、自民党は様々な試行錯誤をはじめたことが明らかになっています。

2000年代前半にはPRやマーケティングの手法を取り入れはじめますが、これは自民党に限った話ではありませんでした。むしろ当時は、博報堂とPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパンと組んでいた民主党がこうした取り組みではリードしている側面がありました。


ですが、2005年の郵政選挙で自民党は大勝し、野党は敗れたわけです。この体験が自民党にとっては成功体験となってノウハウを蓄積する方向に進みましたが、野党にとっては失敗体験となりそれまでの取り組みがリセットされてしまった。以来、野党の中には体系的かつ戦略的な広報というのは根付いていないようです。

少数野党として現状維持のままで、競争を拒否するのだとしたら、最初から敗北しているようなものだと思います。

「#自民党2019」は成功したのか?

自民党 / Via jimin2019.com

クリエイター・天野喜考氏とコラボした作品。このポスターは自民党本部の壁にも掲げられている。

ーーそうした中で、今回話題になった「#自民党2019」がこれまでの政党の取り組みと違うのはどのような点でしょうか?

僕は今回のキャンペーンは「ソーシャルメディアを活用しながら初めて民間並みの総合的かつ現代的な戦略PRを意図した政党キャンペーン」だと捉えています。重要なのは、総合的であるということです。

「ViVi」に掲載されたPR記事ばかりが注目を集めていますが、天野喜孝氏によるイラストを前面的に押し出した屋外広告が設置され、ニュースアプリのGunosyとクイズ大会を開催し、世界で活躍する10代と安倍首相が登場する動画が製作されました。

ネットだけに止まらず、物を使ったPRを展開し、セグメントを切り分けた上で、それぞれの対象に訴求するためのアプローチをとっている。完成度がとても高いとは言えませんが、民間企業が行う一般的なPR施策に非常に似ていると思います。

こうした政党のPRについて、まさに今が過渡期であると言えるでしょう。

Gunosy / Via gunosy.co.jp

ーーそれはなぜですか?

キャンペーンそのものの完成度はまだ低いと感じるからです。「#自民党2019」に関してはどのようなことを実施するのか、4月25日の段階で自民党ホームページで告知されています。キャンペーンの意図や手法を公開することは通常の民間企業のキャンペーンでは、まずあり得ません。

それぞれの施策に関してもセグメント分けはなされているとは思いますが、徹底的になされているとは言い難い。他の政党も取り組んでおらず、前例もない中で、手探りの状態なのだと思います。

今回の「ViVi」の一件もそうですが、こうした経験を党の内部で蓄積している最中なのでしょう。

日本の選挙運動期間は国政選挙で2週間前後と短く、政治活動と実質的に連続させたキャンペーンが重要です。今回のものも、そんな試行錯誤の一例に見えます。

Tomohiro Ohsumi / Getty Images

ーー今回の自民党のキャンペーンは成功したと言えるのでしょうか?

「ViVi」とのコラボで、自民党は得をしたとは思いますね。自民党にとっては、若い人がTシャツをカッコいいと思うかどうかは全くどうでもいいんですよ。自民党という名前を、若い人たちが目にすればそれで十分なわけです。

選挙ではよく「悪名は無名に勝る」と言われます。いくら多くの人が「ViVi」のPR記事を批判したところで、若い人に野党の名前が伝わるわけでもありません。

政治的な予備知識がゼロの状態で今回のキャンペーンを見たときに、たしかにダサいかもしれないけど、「この政党は若い人たちに何かを訴えかけようとする姿勢を示すことはできている」と捉えることもできますよね。そして、「なぜ他の政党はそういう姿勢すら示そうとしないのか」と見えてしまうかもしれない。

制限すれば良いわけではない

Yuto Chiba / BuzzFeed

ーー「競争」になった場合、より多くの資金を持つ自民党が勝つのは必然ではないかといった懸念もあるかと思います。

テレビを使ったプロモーションというのは、たしかに資金力の差が物を言うかもしれません。でも、インターネットを使ったプロモーションというのは金をかければ必ず成功するわけではない。もっとアイディアやセンスといったものが求められるものだと考えています。

そして政治的選択というものは複雑です。数多くの選択肢から選ぶことを求められる。政治広告も含めて、政治的選択を行うために政党が実施する様々な働きかけは極力自由に政党や政治家に委ねられるべきでしょう。

確かに政治における金の影響は大きいものですが、金だけで決まるわけでもありません。繰り返しですが、過去に我々の社会でも政権交代を経験していることを想起すべきです。

また、何でも制限していくと、政見放送の自由度拡大やネット選挙の広範な解禁など、これまでの選挙運動の自由を拡大してきたトレンドともますます整合が取れなくなるのではないでしょうか。

時事通信

2009年の第45回衆議院選挙。民主党が圧勝し、政権交代が実現した。

ーー最近では深夜にテレビで放送されている自民党のCMに関しても、取り締まるべきという声も上がっていますが、これについては?

選挙に影響を与えないのかと言われたら、何とも言えません。ですが、あのCMは特定の選挙について、特定の候補者の名前を挙げながら、投票を呼びかけてはいるわけではありません。となると、従来の考え方に基づけばあのCMは選挙運動ではなく政治活動と解釈できそうです。だから、自民党のCMを規制することは現状、難しいのではないでしょうか。また、そうすべきだとも思いません。

もし仮にテレビCMを取り締まるといったときにAbemaTVのような放送事業者ではないネットTVの類はどうするのか?といった課題も見えてきます。

時事通信

ネット選挙が解禁された直後、2013年の参議院選で開催された「ネット応援演説会」。

地方ローカルのTV局は放送事業者なので放送法の制約を受けている。でも、インターネットで配信を行っている事業者は放送法の制約を受けません。

AbemaTVの場合は現在はテレビ朝日の基準を若干拡大しながら適用していますが、この判断は事業者に委ねられているのが現状です。ある日突然、特定の政党や候補者を応援し始めたとしても、公職選挙法違反には抵触しないと思われます。

「自分の好みと合致しない選挙運動や政治運動を取り締まれ」と言うことは簡単です。でも、根本的な問題は我々の社会的な実感と現在の選挙の仕組みが合っていないということにあるのではないでしょうか。

ネット選挙や投票年齢引き下げもそうですが、かなり性急に行われ、関連した環境整備や政治教育、メディア環境の変化とあわせた既存選挙運動や放送法などの関連制度との整合性についての議論は十分になされませんでしたし、民主主義を支える重要な制度変更であるにもかからわず、国民の置き去り感は否めません。

「そもそもこれっておかしいよね」という話と、現行の規制に抵触するかどうかは別の次元の問題ですから。抜本的な制度についての議論は、長い時間をかけて丁寧に行うべきだと考えます。

時事通信

全国初の「18歳選挙」となった福岡県うきは市長選で投票用紙に記入する18歳の高校生。

ーー自民党の一連のプロモーションは「プロパガンダではないか」といった指摘もあります。ですが、西田さんは一貫して「プロパガンダではない」という姿勢を貫いている。その根拠は?

1点目は今回のプロモーションが国家によるものでなく政党によって行われているものだから。

2点目は僕の主観ですが、日本では「プロパガンダ」という言葉には手垢がついていると思うからです。そこから離れた議論を行いたいということです。

政治広告が全くダメかというと、そうも言えません。政党はなぜ存在するのか。それは自分たちの主張をわかりやすく届け、それによって人を説得し、支持させることで政治的影響力を獲得して当初の信念なり政策を実現させていくためです。

その過程で、人々にわかりやすく自分たちの主張を届けるためには政治広告は必要だと思う。だからこれらを直ちに否定するわけにはいかない、というのが僕の考えです。ですが、政治広告をすべて「プロパガンダ」と言ってしまうとネガティブなイメージばかりが広がってしまいます。

人々の政策論争をしたくないという本音に歩み寄り、「イメージ政治」が加速する

Tatsuyuki Tayama / Getty Images

2005年8月25日、秋葉原で演説を行う小泉純一郎首相(当時)。「聖域なき改革」を打ち出し、「郵政民営化、是か非か」を国民に投げかけた。当時、首相自ら広報戦略に高い関心を持っていたことも明らかになっている。

ーー政党や政治家による発信は政策の中身に関する議論ではなく、親しみやすさを伝える方向にばかり進んでいます。その背景には何があるのでしょうか?

2つ理由があります。まず、個々の議員にとって政策論争をするメリットがほとんどないからでしょう。

日本の政党は党議拘束をかける場合が多いので、個人としては憲法改正に反対だとしても基本的には党が決めたことに従わざるを得ないわけです。

仮に政策論争をしたとして、その党としての方針との間に齟齬が生じると面倒なことになります。そしてそれがネット上でなされたとしたら、ログも残ってしまう。

そうなったときに、政策論争をしようという方向へモチベーションのインセンティブが湧きますか?

Nurphoto / Getty Images

2016年の参議院選挙で、ミュージシャンの三宅洋平氏は街頭演説と音楽をミックスした「選挙フェス」を展開し、話題を呼んだ。

2つ目に、政治とは我々の社会の映し鏡のようなものです。そもそも我々は政策論争をしたいと思っているのか、これに尽きるのではないでしょうか。

政策論争をしたいと思う個人はたしかにいるでしょう。僕もその立場です。でも、マクロで見たときに。年金問題しかり、憲法改正の議論しかり積極的に話しやすい環境はありません。右も左も気にくわない相手は何かあれば炎上させるでしょう?(笑)

こうしたことを踏まえたとき、政党は、政治家は何を伝えるのか。それは当たり障りのないどうでもいい話になりますよね。だから、まさにイメージに訴えかけていく手法が用いられるのだと思います。

自分たちの手で自分たちのイメージを発信することがメディア環境の変化によって容易になりました。その結果として、政党や政治家が自分たちの良いイメージを形成するキャンペーンばかりを行っている。

総理官邸のインスタグラムが話題になりましたよね。アカウントのソーシャルメディアポリシーには「政策をわかりやすく伝える」と書かれている。でも、僕にはあのアカウントの投稿が政策についてわかりやすく解説しているとはどうしても思えません。

でも、こうしたことは今に始まった話ではない。昔からわかりやすい言葉を連呼する形で選挙活動というのは行われてきています。日本の政治は昔から政策論争をしていないし、今もしていないということです。

政策論争をしたくないのはわかっているから、若い人の好きそうな媒体で好まれそうなことを言うに止まっている。

ただ、いつまでここに止まっているのかはわかりません。もう一歩踏み込んできた場合に生じる問題を懸念しています。

国民投票こそ規制が必要

Buddhika Weerasinghe / Getty Images

ーーその懸念とは?

それは憲法改正についてです。国民投票を行うということになったとき、今よりも積極的な働きかけが行われるのではないかと危惧しています。

そして、それは単に若い人に合わせていくのではなく、憲法改正の方が良いですよと積極的に特定の方向へ誘導していくようなPRや広報が行われる可能性があります。

国民投票法は公職選挙法に比べて運動期間の定めや資金的な制約に乏しい制度設計です。そうした中で国民投票の発議がされたときに、国民に求められる選択というのは「憲法9条2項を削除する、賛成・反対」のような通常の政治的選択よりもシンプルなものになることが予想されています。

その場合、シンプルなだけに国民投票運動にかけることのできる資金の差が一人ひとりの選択に影響を及ぼす可能性があります。ここについては何らかの規制を設けることが望ましいでしょう。

Yuto Chiba / BuzzFeed

ーー我々が政策論争を望んでいないから、「イメージ政治」も進んでいく。こうした政治離れが加速している背景とは?

昔から日本の教育に、正規のカリキュラムとしてシティズンシップ教育が存在していないことが影響しているのでは。

選挙権が18歳まで引き下げられたことで模擬投票を行う学校も増えてはいますが、あれは投票体験ですよね。あのプログラムの中で、実際の政治について考えることはありませんから。

政治と教育の独立と政治的中立の名の下に、現代政治や政党の知識を学ぶこともなく、政治や権力に対する批判的眼差しや思考を深く学ぶ機会が制限されています。政治的中立は大事ですが、政治や権力に対する実践的な批判力を養うことも重要ですし、現代社会においてはどちらかというとそちらの方が優先順位が高いように思えます。

ですが、我々の社会では良かれ悪しかれ政治、宗教、金の話はタブーとされています。だから、そういったことについて友達と話すこともないのではないでしょうか。

ーーそうした状況を変えていくために、できることはないのでしょうか?

我々の利益に直結していることに対して素朴な感想を言うことが、まずは大事です。なんだか変に経営者目線とか国家の指導者目線に立つ人が多すぎませんか?

消費税増税って我々が生活する上で、嬉しいことがあるはずがない。でも、国家の財政が破綻しちゃいけないから…という話をし始める。生活者は生活者の利益に対してもっと素直になるべきではないでしょうか。

働き方改革の問題にしても、「最低時給を上げると企業が潰れる」と言いますけど、そういった意見を言っている人の多くは経営者ではないはずです。経営者気分なだけで、本当に潰れるのかどうかは結局はよくわかりません。

「時給が上がって嬉しい」、これが素朴な感想ではないですか?そうやって素朴にこれが好き、これが嫌いだと言っていくべきでしょう。

素朴なことに対して素朴な反応を、さらに可能であれば理屈つきで示す。そして、その先にある政治について理性を働かせながら検討する。素朴ですが、そうした作業は我々の社会では看過されているように思えます。



Contact Yuto Chiba at yuto.chiba@buzzfeed.com.

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