• covid19jp badge

「非正規雇用だけで生きていくことは、想定されていなかった」コロナで浮き彫りになった日本社会の課題とは

新型コロナウイルス感染症は社会のあらゆる課題を浮き彫りにした。歴史社会学者が指摘する日本社会の「二重構造」とは。

新型コロナウイルス感染症は社会に非常に大きなダメージを与えた。

特にその影響は非正規雇用で働く人や女性などに集中している。

1度目の緊急事態宣言発出から1年。新型コロナがあぶり出した日本社会の課題とは何か。

慶應義塾大学教授で『〈民主〉と〈愛国〉 ー戦後日本のナショナリズムと公共性』『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』などを著書に持つ歴史社会学者・小熊英二さんに話を聞いた。

「自助に集中的に頼らざるを得ない状況」

Yuto Chiba / BuzzFeed

歴史社会学者・小熊英二さん

ーー新型コロナのダメージは多くの人におよんでいます。特に女性、子ども、非正規雇用の人々に対するダメージが大きいとされていますが、なぜでしょうか?

このようなときに、社会の中の弱い人たちに集中的に影響がおよぶのは世界共通です。

日本に関して言えば、これまで日本は豊かなソーシャルキャピタル(社会における信頼関係、ネットワーク)に頼ってきた国であると言えます。

ソーシャルキャピタルが豊かであるということは、市場経済の力、政府の再分配の力ではなく親族や地域の人間関係などでの助け合いに依存してきた部分が強かったと言うことができます。

自助、共助、公助で言えば共助にあたる部分です。そうした共助の部分が薄くなる一方で、公助が拡充されることもなかった。

当然、自助に集中的に頼らざるを得ない状況となります。

こうした背景が現状を生んでいると考えられます。

日本社会には「二重構造」があると昔から言われてきました。

1930年代あるいは1950年代の日本の社会科学者は、日本には近代セクターと伝統セクターの二重構造があると言っていました。

近代セクターというのは官庁の公務員や大企業に勤める人々です。そして伝統セクターとは、農林自営業や商業自営業など自営業の人々です。

近代セクターは年功賃金となっており、単身労働者である間は賃金が低いけれども、家族を形成し、持ち家を取得し、扶養にお金がかかるようになる過程で男性の賃金が上昇していきます。

そして、定年になればそれなりの年金がもらえるという仕組みです。

こうした雇用形態が「日本の標準だ」というイメージが形作られていますが、実際には年功賃金を受け取っているような就業者は、政府の調査から確認できる1982年以降は全体の3割弱で、その比率もほとんど変わっていません。

1970年代以前のことはわかりませんが、おそらくもっと少なかったでしょう。

時事通信

高度経済成長期に進んだビルの建設ラッシュ

高度成長期の1960年代までは、伝統セクターとされる自営業の人々の暮らしの方が典型的でした。

自営業の場合はもちろん年功賃金などなく、そのときの米の取れ高、野菜の取れ高などで収入が左右されます。

しかし、その人たちには家族と地域の相互扶助がありました。

家族の相互扶助というのは、全員働くことが前提です。男性だけが働くという世界ではなく、子どもも高齢者も働きます。

高齢者は子守や補助労働、子どもも子守や補助労働をする。若い女性は女工へ出ることも多かった。

女性の場合は結婚したら、家事労働と農村での労働をする。働いていない人はいな状態です。

現在でも、国民年金を40年間納入した人が月々に受け取ることのできる金額は6万円前後です。「それだけでは生きていけない」と思うかもしれませんが、持ち家があり、相互扶助があり、そもそも定年もないので働き続ける前提の仕組みなのです。

Francois Le Diascorn / Getty Images

政府の調査からみると、正規従業員の数は1984年以降大きく変わっておらず、自営業とその家族労働者が減って、その分だけ非正規労働者が増えています。つまり伝統セクターである自営業が衰退して、その分だけ非正規労働者が増えている。

そうなると、以前のような仕組みと前提となっていた相互扶助、ソーシャルキャピタルでカバーされていた部分が希薄となる。そうした変化が、いろいろなところに及んでいると考えられます。

「子どもを預けられる人がいるか」、回答に見えたある変化

Yuichi Yamazaki / Getty Images

ーーソーシャルキャピタルの希薄化はどの程度進んでいるのでしょうか?

そのひとつの表れが、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「子育て支援策等に関する調査2014」です。

調査には「子どもを預けられる人がいる」か否かという質問項目があるのですが、2002年には母親の57・1%が「預けられる人がいる」と答えていたのに、2014年に「預けられる人がいる」と答えたのはわずか27・8%でした。

12年の間に30ポイントも低下している。

メディアに携わるような方々は大手企業で年功賃金をもらっている層で、基本的には都市部におり、地域に子どもを預けられる人がいないのは当たり前、そのために保育所があるのだと感じるかもしれません。

ですが、そのようなライフスタイルを前提とした人は就業者の3割程度ですから、残りの人々にとっては少し前まで父母や兄弟など親族や地域の人に頼ってきた部分は大きかったと言えるでしょう。

こうしたソーシャルキャピタルが希薄化すると同時に、注目されることになったのが「正規雇用」と「非正規雇用」でした。

農村部では、出稼ぎやパートや臨時工という形で、家計補助のお金を稼ぐのは昔からあったことでした。それは家計補助にみあう程度の賃金の仕事で、家族や地域の相互扶助を前提にしないと生きていけないものでした。

しかしソーシャルキャピタルが希薄化し、家族や地域の相互扶助がなくなると、非正規労働の賃金で生きていかねばならない人が出てきます。そのことが、非正規労働者、とくに女性の非正規労働者の問題が注目されるようになってきた理由の一つですね。

Yuto Chiba / BuzzFeed

ーーこの30年ほどで見た時に、非正規雇用の人々を取り巻く環境はどのように変化してきたと言えますか?

まず、「非正規雇用」というものは総称です。

1982年から政府はパートタイム、季節労働など様々な形態で働く人々を「非正規雇用」と総称し、統計を取り始めましたが、そのような働き方は82年以前から存在していました。

そうした非正規雇用の人々の多くは、統計上は「家計補助」のために働く人々です。こういう非正規労働者には、とくに女性が多かった。

このような働き方が多いことは、ある意味で当たり前です。

なぜならば、農林自営業や商業自営業で暮らしていたとしても、中小企業の労働者の家族であったとしても、子どもが大きくなってくる30代から40代にかけて所得が不足することが増えるからです。都市部なら住宅費も増えるし、農村部でも教育費が必要になる。

そこを補うのが、中年期に賃金が増える年功賃金だということになっていましたが、それがもらえていた層は3割もいなかった。

夫の収入が十分にあり、専業主婦を続けることができる世帯は、社会全体においてそれほど多くはない。

ですから、1960年から70年代はじめまでは、農林自営業を中心とした世帯の家計補助として、1970年代から80年代にかけては中小企業労働者の家計補助として、女性が非正規雇用で労働に出るということが主流でした。

これは度々指摘されることでもありますが、非正規雇用の賃金や待遇は、あくまで家計補助としてのものであり、低賃金で不安定なものでした。非正規雇用だけで生きていくということは、想定されていなかった。

82年以前の政府の統計では、「正規雇用」「非正規雇用」という形ではなく、「仕事を主とする者」「仕事を従とする者」という総称になっていたことからも、そのような考え方が見て取れます。

つまり、非正規雇用はあくまで家計補助だという前提でした。

ところが自営業が減り、相互扶助に頼れずに非正規労働の賃金で生きていかねばいけない人が増えた。これがここ30年で進行した事態だと思います。

広がる生活困窮、「申請主義」の弊害とは

時事通信

ーーリーマンショックでは特に男性の非正規雇用の人たちが仕事を失いましたが、新型コロナでは女性の生活困窮者も増えています。この違いについて、どのように分析されていますか?

基本的には、ショックを受けた業種の違いと捉えるべきです。

リーマンショックは金融危機であり、アメリカを中心とした製造業の輸出先の急激な需要縮小が起きました。そのため、製造業に従事していた派遣労働者の「派遣切り」が目立ったわけです。

一方、コロナ禍では飲食業や宿泊業などに特に大きなダメージがありました。そこには製造業よりも多くの女性が従事していた。そのため、今回はより多くの女性の労働者へ影響が出ていると考えられます。

ただし、非正規労働者に女性が多かったのは昔からでした。相対的には少ないはずの男性の非正規労働者のほうに、これまで注目が集まってきたことが、むしろ問い直されるべきかもしれません。

そこに、無意識の前提として、「男で非正規は社会問題だが、女で非正規は当然だ」「女は結婚して夫に養ってもらえば問題ない」という考え方があったのかもしれませんからね。

ーー生活に困窮した時、使える制度として生活保護があります。ですが、中にはどれだけ困窮していても「生活保護だけは受けたくない」と口にする人もます。このような状況はなぜ生まれているのでしょうか?

これは支援者の方々からもよく指摘されることですが、1点目に扶養照会をはじめとする制度の問題があります。

扶養照会をしたところで、実際にその後親族によって援助を受ける人は1~2%とされています。ですから、その手続きを基本的にはなくしていくことが必要でしょう。

2点目として、日本の行政が「申請主義」であることの問題があります。

生活保護も一定の要件を満たせば必ず通るというものではなく、審査の窓口の裁量がとても大きい。

本来は所得や資産が減少した証明をすれば、あとは自動的な手続きだけで受けることができるという、よりシンプルなものにすべきでしょう。

Contact Yuto Chiba at yuto.chiba@buzzfeed.com.

Got a confidential tip? Submit it here