「つわりは高山病と同じ酸欠状態なので酸素缶を吸えばマシになる」
このような情報がTwitterで拡散された。しかし、これは誤りだ。
重症のつわりは様々な病気を引き起こす。そのため、自分の力で何とかしようとするのではなく、医師へ相談することが望ましい。
BuzzFeed Newsの取材に応じた産婦人科専門医は「重いつわりは命に関わる」と語り、「かかりつけ医に相談を」と呼びかける。
情報の真偽は?「プラセボ効果だと思います」

「つわりは高山病と同じ酸欠状態なので酸素缶を吸えばマシになる」という情報はTwitter上で1900回以上リツイートされた。
発信したアカウントは実際にこの方法を試し、つわりが軽くなったと語っている。
しかし、産婦人科専門医の衣笠万里(きぬがさ まさと)医師は「効果があったと感じたのだとすれば、それはプラセボ効果だと思います」と説明する。
プラセボ効果とは、効果のある治療法を受けていると信じ込むことで、実際に症状が改善する現象だ。
「念のために国内外の文献を調べてみましたが、一切そのような情報はありませんでした。この情報を検索してみたところ、ある歯科医師がブログで『つわりは高山病』と発信していますが、その歯科医師も査読のある医学雑誌に論文として発表してはいません」
「つわりは日本だけでなく世界中の妊婦が経験する、ありふれた症状ですが、もしも酸素を吸うだけで改善するならば、とっくに世界中で知られているはずですし、それを支持する医学論文があってしかるべきでしょう」
「酸素を吸った人と吸わなかった人で比較し、どれだけ症状が改善されたのか、また妊婦の体重減少がどれだけ抑えられたのか。そういったデータが一切示されていませんし、科学的根拠が示されていないことから『エセ医学』と言って良いと思います」
「重症のつわりは命に関わる病気です」

つわりは過半数の妊婦が経験する。
少し吐き気があり食事がとれないといった状態から、1日中吐いてしまうような状態まで症状も様々だ。
「1日のうちに1〜2回吐いてしまったとしても、多少は飲んだり食べたりできるのであれば、口にしやすいものを少しずつ食べて、匂いの強いものや吐き気をもよおすものを避けるといった工夫で対応することが可能です」
「つわりが軽い方の場合、一般的には妊娠初期の段階ではあまり栄養バランスにこだわらず、口に入りやすいもの、吐き気をもよおさないもの、匂いの強くないものを少量、1日に何度かにわけて食べるのが良いでしょう」
食事面の工夫だけでなく、十分な休養をとることや勤務を緩和する、人混みを避けるといったライフスタイルの変更もあわせて取り入れることも効果的だ。
一方で、1日中吐いてしまい入院して点滴するような重いつわりも1%前後の妊婦にみられる。
重いつわりかどうか、その目安の1つとなるのが体重減少だ。妊娠前の5%以上、体重が減少している場合には「妊娠悪阻(おそ)」と呼ばれる重症のつわりと診断される。
「例えば食事だけでなく水分をとっただけで吐いてしまう、スポーツドリンクのようなものも飲めないといった場合には点滴が必要となりますので早めに病院やクリニックへ相談していただき、治療を受ける必要があります」
「つわりで人は死なない、ほとんどの場合はその通りです。ですが、妊娠悪阻と呼ばれる重症のつわりの場合には死亡事例があるため注意していただきたい」
脱水症状が原因で腎不全や静脈が詰まってしまう静脈血栓塞栓症を引き起こし、命を落とすこともある。
吐きすぎることで「マロリーワイス症候群」と呼ばれる病気につながり、食道に潰瘍ができたために吐血し輸血が必要となる場合もあるという。
また、極度の栄養失調は「ウェルニッケ脳症」につながり、歩行障害や意識障害なども引き起こすため注意が必要だ。
「重症のつわり、妊娠悪阻は治療を要する。命に関わる病気です」
辛い時は迷わず医師へ相談を

何かあると、私たちはついインターネットで検索してしまう。
しかし、ネット上にある情報は玉石混交であることに気を付ける必要がある。
まずは産科婦人科学会や産婦人科医会といった専門家たちによる公的な団体が出している情報など、信頼できる情報かどうかを吟味する必要がある。
医師が書いたブログ記事なども散見されるが、その医師がどの分野の専門家であるかどうかも、その内容のたしからしさを確認する上では重要だ。
「今回の情報も発端と見られるのは歯科医師の書いたブログでした。『つわりは高山病と同じ酸素不足です』とはっきりと断定してくれると、読んでいる人にとってはわかりやすいですよね。ですが、つわりについては現在も諸説あり、はっきりとその原因を特定することはできていません」
妊婦に「つわりはなぜ起きるのか?」と質問されれば、基本的には「わかっていない」と答えるしかない。
しかし、体に不調を抱える側からすればそのような医師の返答を受けて、不安になる気持ちもよくわかると衣笠医師は理解を示す。
そうした点を踏まえ、衣笠医師は「妊娠や出産については産婦人科医が提供している情報を見れば、おおむね妥当な情報が得られる」とした上で、「最終的にはかかりつけ医の先生に相談してほしい」と語った。
「酸素は生きていく上で必要不可欠ですが、高濃度の酸素を摂取しすぎることも体に良くありません。つわりが改善されず、脱水状態にある場合には点滴をすることもできますし、重症化する前に吐き気止めの薬で症状を軽くすることもできます。手遅れにならないよう、早めに治療を受けていただくことが大事です」
「つわりは妊娠初期の器官形成期(胎児の体の基本的な構造ができあがる重要な時期)に発症するので、その時期に吐き気止めの薬を使用することに対して医師も妊婦も心理的な抵抗がありました。しかし海外では吐き気止めの薬は広く使用されており、胎児への安全性が高いと考えられている薬剤を選んで使うこともできます。食事やライフスタイルの変更・工夫によってもつわりが良くならない場合には、まずかかりつけの医師に相談してみてください」
「少し前までは、つわりは誰もが経験するものだから我慢しなさいと言われてきた。どうしても自分の経験をもとに話をされる方は多いですし、仕方のない部分もあります。ですが、今はつわりは我慢という時代ではなくなってきています」
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