検察官の定年延長「解釈変更」に集まる批判、安倍首相は「問題なし」

    野党の追及が続く中、政府はあいまいな答弁に終始。検察ナンバー2の定年延長に関する論戦が続いている。

    「検察まで忖度するようになったのであれば、司法制度の崩壊」

    安倍政権に近いとされる検察ナンバー2の黒川弘務・東京高検検事長の定年が、閣議決定による法律の「解釈変更」で延長されたことをめぐり、国会で論戦が続いている。

    2月26日の衆議院予算委員会集中審議では、立憲民主党の枝野幸男代表が冒頭のように一連の出来事を強く非難した。野党は追及を続けたものの、政府側はあいまいな答弁に終始した。いったい、何が起きているのか。

    まず、経緯を振り返る

    そもそも、1947年に制定された検察庁法では、検事総長以外の検察官の定年は「63歳」と定められている。黒川検事長は、63歳となる誕生日の2月7日に退官する予定だった。

    検察官の定年延長を認める閣議決定がされたのは、1月31日のことだ。黒川検事長は過去に法務省大臣官房長として秘密保護法を担当し、その後は法務事務次官になるなど、安倍政権と近いのではないかと指摘されている。

    そのため、野党側はこの突然の「定年延長」の背景に、黒川検事長を検察トップの「検事総長」に据えることで、政権に不利な捜査を進めさせないといった狙いがあるではないかとして、批判を強めていた。

    この決定に関して安倍晋三首相は「今般、国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」と法律の解釈変更を行ったことを2月13日に衆議院本会議で明言した。

    しかし、国家公務員法ができた1981年には、当時の人事院が「検察官に国家公務員法の定年制は適用されない」と答弁していることが記録に残っている。

    法律の適用範囲を変更する場合、改正案を国会へと提出し審議を行うことが原則だ。だが、今回の定年延長に関してはそのような審議を行うことなく、閣議決定で解釈が変えられた、ということになる。ここが、大きな問題となっている。

    なお、安倍政権は2014年にも集団的自衛権に関しても同様に憲法の解釈変更を行い、行使を認める判断を下している。この点についても、「立憲主義の蹂躙」といった批判が相次いでいた。

    答弁で生じたズレが争点に

    野党側が今回の定年をめぐる「解釈変更」で問題視しているのが、その経緯だ。

    2月3日の段階で、担当大臣の森雅子法相は、定年延長の法的根拠は国家公務員法にあると説明した。

    同法には退職による公務の運営に著しい支障が生じる場合、定年を延長できるとが明記されているため、これを法的根拠として提示した。

    しかし2月12日には、人事院の松尾恵美子給与局長が衆議院予算委員会で国家公務員法の定年延長が「検察官には適用されない」という1981年の解釈について「人事院としては、現在までも、特にそれについて議論はなく同じ解釈」と答弁。

    森法相と、松尾局長の答弁との間に矛盾が生じることになったのだ。

    するとその翌日、今度は安倍首相が衆議院本会議で「閣議決定に際し、法律の解釈変更を行った」と明言したのだ。松尾局長は2月19日に、「現在という言葉の使い方が不正確だった」とし、自らの答弁を撤回した。

    こうした流れに対し、野党からは解釈変更が1月31日の閣議決定時ではなく、「後付け」だったのではないか、という疑義が指摘されるようになった。

    なぜ口頭で決裁?

    国会では野党側から、解釈変更をめぐる「証拠」を求める声が相次いだ。

    2月19日には、森法相は内閣法制局と人事院と閣議決定について協議をした日時が1月である、と初めて語った。さらに翌20日、法務省が今回の定年延長は「妥当」だとする文書を予算委員会の理事会へと提出した。

    しかし、この文書には日付が入っていなかったうえ、森法相は「必要な決裁はとっている」とし、一方の法務省や人事院は「正式な決裁はとっていない」と答弁。再び、矛盾が生じたのだ。

    指摘を受けると、森法相は記者会見で「文書は、内閣法制局と協議するのにあたって、事務次官まで部内で文書を確認して内容を了解する口頭の決裁を経た」と説明し、こう述べた。

    「決裁には口頭の決裁もあれば文書の決裁もあり、どちらも正式な決裁だと理解している。文書における決裁を取らなければならない場合というのは、決められているわけだが、今回はそれにあたらない」

    解釈変更をめぐる法務省と人事院との協議文書を「口頭で決裁」したとすることについて、批判はさらに高まった。

    2月26日午前の衆院予算委では、立憲民主党の黒岩宇洋議員がこの点を追及。森法相は口頭決裁に問題はなく、適性であるという見解を示した。

    解釈変更の論理的説明がない

    午後の集中審議では立憲民主党の枝野幸男代表もこの問題を追及。

    1月31日の閣議決定以降続くこの議論の一部始終をまとめたフリップで説明を行った上で、「大事なことを文書で決裁をする、その理由は何ですか?」と質問した。

    森法相は答弁の冒頭、「シナリオでなくファクトの積み上げで議論させていただきたいとお願いします」と述べたが質問には明確に答えず、委員会は一時騒然となった。

    枝野代表は今回の解釈変更について、こう指摘した。

    「解釈はこれで正しいんだというのと同様に、変えることについての論理的な説明がなければいけません。どちらも、一言もないじゃないですか」

    「この黒川検事長は官邸に近いとずっと言われてきました。この方を無理をして延長させ、検事総長に充てようとしているのは、政治資金規正法(違反容疑での捜査)を防ぐものだと疑われています。このことを言われるだけでも、不当であります」

    そのうえで枝野代表は、東北大法学部の同期生で、同じ弁護士出身の森法相に対して「検察まで忖度するようになったのでは司法制度の崩壊です。こんなことをしているんだという自覚を持ってやっていただきたい」と苦言を呈した。

    森法相は釈明の後にお詫び

    続いて質問に立った国民民主党の玉木雄一郎代表も、この問題の追及を強めた。

    「我が国が法治主義なのか、人治主義なのか。根源的、根本的問題。ファクトに基づいて事実を明らかにしなければならない」

    玉木氏が森法相に問いただしたのは、森法相の発言のさらに別の矛盾だ。

    この日の予算委で、近藤正春内閣法制局長官は法務省側から解釈変更の相談があった日を「1月17日」としていた。しかし、森法相は過去の政府見解を知ったのが「1月24日前後」としていたのだ。

    この日付の矛盾を問われると、森法相は「大変騒がしい中で、ご質問に対して食い違った答弁を申し上げております」とし、「解釈変更時期ということで答弁申し上げました」と釈明。お詫びに追い込まれた。

    さらに玉木代表は、安倍首相にも「定年延長させる検察官と、させない検察官を、総理大臣が仕分けていいのか」と問いを投げかけた。

    しかし、安倍首相は「定年延長は検察庁の業務遂行上の必要性に基づく。何回か答弁させていただいているが、何ら問題ない」と答弁するのみだった。

    問われる説明責任

    「桜を見る会」を巡る問題による不信感、新型コロナウイルスによる肺炎対策への不満、そして黒川検事長の定年延長ーー。

    さまざまな問題を抱える安倍政権の内閣支持率の下落が、各種世論調査で目立っている。産経新聞とフジテレビの世論調査(2月22、23両日)でも支持率が36.2%、不支持率が46.7%と、1年7ヶ月ぶりに不支持が支持を上回った。

    いずれの問題も、野党からの追及は続く見通しだ。