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「国民皆保険」から漏れてしまうのは自己責任ですか?コロナ感染後の対応、5つの言語で発信する理由

もしも新型コロナに感染したらーー。そんな疑問に5つの言語で答えるフローチャートがある。背景にある課題とは。

新型コロナウイルスに感染したとき、どうすべきか。

自宅療養、ホテル療養、入院…。検査で陽性と判明しても、症状の重さによってその後の対応が変化するため対応窓口での混乱も少なくない。

そんな中、感染後の対応について外国人に向けて詳細に説明する資料が3月、「みんなの外国人ネットワーク」という団体によって公開された。

なぜこのようなフローチャートを公開したのか、外国人の感染者に対応する際、どのような課題が浮き彫りとなっているのか。BuzzFeed Newsは国立国際医療研究センター国際医療協力局でこのチャート作成に関わったスタッフに話を聞いた。

どこへ相談すればいいの?解消されることのなかった疑問が浮き彫りに

昨年10月から11月にかけて、一部の外国人コミュニティでクラスターが発生していること、そしてこのようなクラスターが見つけにくいことが政府分科会でも報告されている。

外国人のコロナ対策については、日本人への発信とは別に取り組むことが求められる。

そうした中で調査を続けたのが、「みんなの外国人ネットワーク」と呼ばれる組織だ。

「みんなの外国人ネットワーク」には国立国際医療研究センター国際医療協力局だけでなく、外国人医療の問題に長年取り組むNPO法人シェア=国際保健協力市民の会、みんなのSDGs 外国人との共生タスクフォース、アジア経済研究所の4者が名を連ねる。

コロナ禍で外国人医療に関する課題が浮き彫りとなり、始まった取り組みだ。

「保健医療や福祉へのアクセスの課題を改善するため、私たちはまず、ベトナム、ネパール、ミャンマー、3つの国々の人たちのコミュニティで聞き取りを行いました」

国際医療協力局連携協力部連携推進課で課長を務める藤田雅美さんは、こう取材に語る。

その中で見えたのは(1)基本的感染対策をはじめとする情報が届いていない(2)何かあった時にどこに相談すればよいかわからない、という2つの課題だ。

「ベトナムやネパールの方々などに聞き取りをしてよくわかったのは、ほとんどの人たちはFacebookが唯一の情報源で自治体やNGOなどのホームページを自分から見に行く人たちは極めて稀であるということです」

「それぞれのコミュニティの人たちの間で政府の情報を翻訳したり流したりする役割を担う方がいる。そういう方々がとても大事なキーパーソンになっています」

合わせて2点目の課題について、藤田さんは次のように述べる。

「外国人コミュニティの方達の中には、何かあったときにどこへ相談すればよいかわからないと感じている方が圧倒的に多い。誰に相談するのか、という点では全国に外国人相談の窓口が設置されています。しかし、その取り組み自体が十分に知られていない、特に保健医療の分野では活用されていないという実態が見えてきました」

「外国人相談と、コロナで中心的役割を担う保健所がつながっていないことも少なくありません。連携のネットワークが切れてしまっている地域もある中で、保健医療の方々と外国人相談の方々に一緒のテーブルについていただいた上で事例の共有ができないか。そのような問題意識から、この1年議論してきました」

外国人だから差別?現場の摩擦、解消するには…

「現場で今、必要とされているものは何か?」

事例の検討会を積み重ねる中で、課題解決に必要なツールについて検討が進められた。

その際、外国人相談の窓口などで行政と協働してきたNPO法人CINGAから挙げられたのが、外国人が陽性とわかったあとの対応を説明することの困難さだった。

「保健所の方々も限られた時間の中で、言葉のバリアがあり、社会文化的なバリアがある外国人の人々に説明することに苦労することも少なくありません」

中には、「外国人であるために差別されている」と感じてしまう事例も報告されている。

例えば自宅療養についても、実際には軽症であることを理由に入院ではない措置をとることを説明したとしても、理解してもらえないこともあるという。

「そんな時、陽性とわかった後の対応が1つのフローチャートにまとまっていれば良いのではないか。そのような考えから、このチャートを作成しました」

「今回作成したのは東京都の対応について説明するフローチャートです。都道府県によって陽性者への対応は異なり、それを必要とする外国人の方が主に使う言語も異なります。これは必要とされる地域ごとに、詳細な内容や対応言語は変えていただくことを前提としているツールです」

すでに事務局には内容を改変した上で、自分たちの地域でも活用したいという要望が複数の自治体から届いているという。

外国人にどのような情報を届けるべきか、各地域でゼロベースで考えるのではなく、それぞれの地域に転用可能な「型」を作ること。この1点を、「みんなの外国人ネットワーク」では意識した。

見づらくなっても5つの言語を1つのシートに。こだわった理由

今回のフローチャート作成においては、以下の3点の工夫が施されていると、国際医療協力局連携協力部連携推進課の岩本あづささんは説明した。

(1)この図が東京都の対応をもとに作成したことを明記すること
(2)2021年2月時点の情報をもとに作成したことを明記すること
(3)各言語で1枚ずつ別々に作るのではなく、1枚のフローチャートに5言語の説明を加えること

前提として、地域によって新型コロナ陽性者への対応は異なる。基本的に感染者に入院を求める地域もあれば、症状に応じて自宅療養・宿泊療養・入院へ割り振る地域と対応は様々だ。

また、時間が経過すると病床の逼迫度合いなどを踏まえて、対応が変化する可能性がある。

そのため、どこの地域のどの時点の情報をもとに作成したものであるか明記した。

合わせて多言語対応でありがちな、各言語ごとのツールを開発することもとある理由から避けたと明かす。

「何語版、何語版という風に複数にわけて作ると、それだけ外国人の方にとっては複雑になる。そんな複雑な状況は避けるために、結果的に字が小さくなってしまったのですが、5つの言語を1枚のフローチャートにまとめることに心を砕きました」

一方、このフローチャートではPCR検査までの行程についての説明はない。

東京都では新型コロナウイルスへの感染が疑われる場合、基本的にはかかりつけ医もしくは東京都発熱相談センターへ電話で相談し、必要であると判断された場合に検査を受ける。

この場合は行政検査の対象となるため、検査費用は無料だ(別途、診察代などは発生する)。

だが、外国人の場合、保険に加入していないケースやかかりつけ医と呼べる存在が不在なケース、診察代を支払えないケースなどもある。日本人とは異なる事情を抱えていることも少なくないため、それぞれの事情を加味した上での判断が必要だ。

藤田さんは迷った時はまずは外国人相談の窓口へ相談することを呼びかけている。

「皆保険制度から漏れている人たちがいます」

コロナ禍はあらゆる課題を露わにした。その1つが、外国人の医療を取り巻く課題だ。

藤田さんはこうした課題について、以下のように指摘する。

「新型コロナを機に、在留資格や健康保険の問題を抱える外国人の方を取り巻く壁が様々な形で顕在化しました。日本では在留資格が3ヶ月以下になってしまうと保険に加入することもできません。また、在留資格が変わることで健康保険を失う人もいる。こうした資格を持たない人、資格を失う人の問題に取り組む必要があります」

「ですが、一歩引いて考えてみると、外国人だけでなく日本人でも健康保険に加入していなかったり保険料を滞納したりして、医療にアクセスできない人がいる。我々が生きる社会の医療アクセスに関する課題が、外国人の問題を通じて見えてきているのだと私は思います」

また、「やさしい日本語」による発信で言語の壁を少なくする工夫は重要であるとした上で、それだけでは解決できない課題もある。

「医療にアクセスできない問題への対応として無料低額診療という国の制度があります。しかし、これに対応しているのは全国18万ある医療機関の中でわずか700。これは全体の0.4%です。そして、救急などで医療費が払えないとなった場合、その未払いの医療費は病院の負担になる。病院の経営自体がコロナでかなり悪化している中で、ますます外国人を診療しにくくなるのではないかと危惧しています」

「日本は国民皆保険制度を持っています。しかし、事実として制度から漏れているために医療にアクセスできない、アクセスしづらい人々がいる」

「医療へのアクセスがなければ、症状があったとしても誰にも言い出せない。言い出せずにいれば感染拡大のリスクとなり得ます。これは感染症対策においても望ましい状況ではありません。この先、コロナ以外の感染症のリスクも起こり得る。この問題を新型コロナを機に議論のテーブルに上げて、検討していくことが必要なのではないでしょうか」