「命は戻らないという虚しさを感じる。でも…」池袋暴走事故、実刑判決で遺族が語ったこと

    東京地方裁判所は9月2日、飯塚幸三被告に禁錮5年の実刑判決を言い渡した。判決を受け、遺族は何を語ったのか。

    東京・池袋で2019年4月、高齢者が運転する車が暴走し、当時3歳の松永莉子ちゃんと母親の真菜さん(当時31)がはねられ死亡した「池袋暴走事故」。

    2人を死亡させたうえ男女9人に重軽傷を負わせたとして自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた飯塚幸三被告(90)に対し、東京地裁(下津健司裁判長)は9月2日、禁錮5年の実刑判決を言い渡した。

    この判決に、遺族は何を語ったのか。

    まずは経緯を振り返る

    2019年4月19日12時25分ごろ、東京・東池袋で、当時87歳の飯塚被告が運転していた乗用車が暴走。横断歩道に突っ込んだ。この事故で松永真菜さん(当時31)と長女の莉子ちゃん(当時3)が亡くなった。

    2020年10月に始まった裁判で争点となったのは、飯塚被告に運転ミスがあったかどうかだ。

    検察は「ブレーキと間違えてアクセルを踏み続けたことに疑いの余地はない」として法廷刑上限の禁錮7年を求刑。

    しかし、飯塚被告と弁護側は「アクセルとブレーキを踏み間違えた記憶は全くない。車両に何らかの異常があったと考えられる」と無罪を主張していた。

    一方、飯塚被告が運転していたプリウスを生産するトヨタ側は、公判や会見で「車両に異常や技術的な問題は認められなかった」と説明した。

    判決は「禁錮5年」その理由は?

    地裁ではこの日、用意された22の傍聴席に対し、553人が並んだ。

    午後2時すぎ、東京地裁は飯塚被告に禁錮5年の実刑を言い渡した。

    「被告人は、約10秒間にもわたってブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み続けた。めまぐるしく展開する想定外の事態に狼狽していたという面があったにせよ、踏み間違いに気付かないまま自車を加速させ続けた被告人の過失は重大」

    判決は、事故の原因を「被告人の一方的な過失」と認定した。

    「事故により母子2人の尊い命が失われた。事故の際に2人が感じたであろう驚愕や恐怖の精神的苦痛と身体的苦痛は、我々の想像を絶するものであったと思われる。2人は、本件事故により突如として将来への希望や期待を断たれ、愛する家族と永遠に別れなければならなかったものであり、その無念は察するに余りある」

    下津健司裁判長は、こう指摘する判決を読み上げた。

    裁判長は最後に飯塚被告に対し、「納得したのであれば、過失を認めた上で、被告は被害者遺族に真摯に謝っていただきたい」と呼びかけた。

    「命は戻らないという虚しさを感じる。でも…」

    9月2日15時すぎ、東京・霞ヶ関の司法記者クラブで開かれた会見。

    松永真菜さんの夫、松永拓也さんは「判決を聞いて、すごく複雑な感情になりました。やっぱり、本心を言ってしまえば、命は戻らないという虚しさを感じる。でも、この判決は私達が前を向いて生きていくきっかけになると思います。やってきてよかった」と語った。

    その上で飯塚被告については、「何よりも、2人の命と罪に向き合って欲しかった」と口にした。

    「これはラストチャンスです。判決で客観的事実が認定された。まずこれを受け入れるラストチャンスです。そして過ちを認めた上で謝罪をする、これもラストチャンスなのだと思います」

    会見には真菜さんの父、上原義教さんも出席した。「(量刑が)5年でも何年でも、2人は戻ってきませんので、その点が一番残念ではあります」「親としては楽しいこと、辛いこと、色々な思いがあります。禁錮5年は短いと思う」とコメント。

    「自分は過ちをおかしたと、それを受け止めていただいて、心からの謝罪をしてほしい」と強調しつつ、次のように語った。

    「これで少し前を向いて歩んでいけるのかな。心に大きな穴が空いてしまっている、埋めることは一生できないかもしれないけど、少しだけ前を向いていける気がしました」

    2人の命と向き合って生きてきた2年4ヶ月

    事故からここまでの歩みを振り返り、松永さんは「悲しみと苦しみと絶望と、死んだ方が良いんじゃないかというところから始まった。多くの人に支えられて、なんとか生きようと、2人の命と向き合って生きてきた2年4ヶ月だった」とつぶやいた。

    「悲しみと苦しみが襲ってくるタイミングはこれからもある。波は穏やかになっていくと思いますが、悲しみや苦しみは一生続くだろうと感じています」

    「でも、ひとつの区切りには間違いなくなった。波が穏やかになるためにも、大きな1日、大きな判決だったと思います」

    松永さんは、事故直後から報道陣の取材に応じ、交通事故の再発防止を訴えてきた。

    この日の会見でも、この事故だけが注目されるのでだめだと何度も繰り返し、交通事故を減らすため、社会全体で議論していく必要があるのではないかと問題提起した。

    「池袋暴走事故は大きな注目を集めた事故であることは確かです。ただ、交通事故は年間40万件近く起きる、死亡者は年間3000人近く。だからこそ、実は誰しもが当事者になり得る。私は皆さんに当時者になってほしくない。交通事故をひとつでも無くしていくために活動をしたいと考えています」