• covid19jp badge
  • medicaljp badge

米CDCが乳幼児の重症者増加に警鐘… デルタ株の感染拡大で「集団免疫の成立は難しい」感染研所長に聞く

アメリカのCDCはデルタ株の影響で乳幼児の重症者が増加傾向にあると警鐘を鳴らす。デルタ株の影響はどの程度か?感染研の脇田隆字所長に聞いた。

第5波の影響で全国各地で感染が拡大している。

そんな中、海外ではデルタ株の影響で乳幼児の重症者が増加傾向にあるといった警鐘も。

デルタ株について確かと言えることは何か。感染力の強い変異ウイルスが次々に生まれる中、「マスクを外す日」は果たして来るのか。

国立感染症研究所の脇田隆字所長に聞いた。

※取材は8月10日午前に実施した。記事中の情報は取材時点のものに基づく。

「感染拡大に歯止めがかからなくなっている」

ーー8月4日のアドバイザリーボードは、「全国の多くの地域で新規感染者数が急速に増加しており、これまでに経験したことのない感染拡大が継続している」との感染状況の評価がなされていました。現在の状況について、改めてどのように受け止めていますか?

首都圏だけでなく、多くの地域で感染拡大が続いています。

一時期は、重症者がそれほど増えていないから問題ない、といった意見も一部から聞こえてきましたが、ここにきて急速に重症者数は増えています。

感染拡大を防止するためには人々の協力が不可欠です。これまでも、日本では他国に比べれば人々の自主的な行動へ依存せざるを得ない中で行動変容によって感染拡大を食い止めてきました。

しかし、そのメッセージがなかなか届かなくなる中で、感染拡大に歯止めがかからなくなっている。

五輪は終わりましたが、医療提供体制を取り巻く状況は悪化しており、病床の逼迫はまだしばらく続きます。

首都圏などでは医療提供体制がかなり厳しい状況になりつつありますが、その様子が繰り返し報道される中で、人々の行動にどの程度影響を及ぼすのかはわかりません。

現在の状況は良い状況ではない、ということは確かです。

ーー医療のリソースに限りがある中で重症化するリスクが高い人が入院できるよう、入院させる必要がある患者以外は、自宅療養を基本とするよう方針が示されました。この方針については、批判の声も少なくありません。

この方針については、コミュニケーションの難しさを感じています。

人々の中には自分たちが自粛を強いられてきた中で、医療提供体制のキャパシティがなぜこれほどまでに拡充されないのか、と不満に思う人もいるでしょう。あるいは、感染した場合に自分は本当に自宅療養で大丈夫なのか、と不安に思う人もいるかもしれません。

前提として、重症化リスクを考慮し、重症化する恐れのある人が優先的に入院し、治療を受けるという方針は、これまでも既に現場では採用されてきたものです。

実際に第3波の神奈川県では、既に重症化リスクをスコアリング化し、その上で対応を決定するという措置が取られています。

入院治療を重症化リスクの高い方へ重点的に行うことと合わせて、厚労省からは宿泊・自宅療養の患者等の症状悪化に備え、空床を確保することや家庭内感染の恐れや自宅療養ができない事情等がある場合に宿泊療養を活用することなどがアナウンスされています。

地域のクリニックの先生であったり、訪問診療・訪問看護の仕組みでバックアップする体制をしっかりと作り、地域の医療資源で自宅療養や宿泊療養する人を支えていく。

こうしたトータルの医療提供体制整備の上での方針であるということを、丁寧に伝えていく必要があるかもしれません。

乳幼児は重症化する可能性も…

ーーデルタ株への置き換わりが進む中、日本国内でも学習塾でのクラスターや子ども会のイベントでのクラスターなど、子どもの感染者が以前より増えています

アルファ株の感染拡大時から、子どもへの感染事例が増えていると言われていたのですが、より感染力の強いデルタ株への置き換わりが進む中で子どもへの感染がさらに目立ってきました。

疫学調査の結果などを踏まえると、現在でも子どもの感染者の多くは家族や教員、保育士など身近な大人から感染している事例が多いようです。

ーー8月下旬には夏休みが終わり、子どもたちが学校へと戻っていく中で、子どもの間でクラスターが発生する恐れもあるのでしょうか?

これまで、子どもの集団感染から地域へ飛び火するといった新型インフルエンザの感染拡大時に起きていたような事例は確認されていません。

子どもが徐々に感染しやすくなっているということはわかっていますが、子どもがどの程度周りの人へと感染させるのかということについては、はっきりとはわかっていないのが現状です。

ーー8月7日にアメリカのCDC(疾病管理予防センター)が「幼い子どもたちも重篤なコロナのリスクにさらされている」「7月前半に5歳未満の子どもの入院率が3倍になっている」と発信しています。デルタ株に子どもが感染した場合のリスクについては、何が確かと言えるのでしょうか?

これまでのデータを見ると、小学生以上の子どもの重症化リスクはそれほど高くありません。

ただし、3歳未満の乳幼児は重症化リスクがあると以前にも海外から報告されています。

日本では、まだあまりそうした事例は報告されていませんが、今後感染拡大が進む中で乳幼児の感染者が増えると、重症化するケースも確認されるかもしれません。

日本においても、こうした乳幼児の感染については引き続き注意が必要でしょう。

現在、12歳未満の子どもはワクチンを接種できません。大人のワクチン接種が進む中で、社会の中でも最も脆弱な集団です。

こうした子どもたちをどのように守っていくのか、検討が必要です。

これまでの傾向を踏まえると、子どもたちの多くは大人からウイルスを持ち込まれる形で感染しています。まずは、大人の間での感染をしっかりと食い止める。このことに尽きると思います。

デルタ株は「水痘並み」は本当?

ーーCDCの内部文書にデルタ株の基本再生産数が最大で水痘(水ぼうそう)並みとの情報が記載されていた、との報道も大きな注目を集めました。感染研所長として、このような情報はどのように捉えていますか?

基本再生産数とは、何も対策をしていない状態で感染が起きた場合に1人から何人に感染するのかという数字です。

当初、武漢から拡大した従来株は基本再生産数が2から2.5程度とされていました。デルタ株の場合にはこの従来株の2倍程度ではないかと言われており、CDCは幅を持たせて最大で9程度と見積もったようです。

この詳しい経緯については、はっきりとはわかりません。

我々の分析でも、たしかにデルタ株の感染力は強い。これは間違いありません。

ですが、対策を講じている中で実際に1人から何人の人へと感染させるのかを示す「実効再生産数」に関してはデルタ株はアルファ株の1.5倍程度とされています。また、従来株と比べると、デルタ株は2倍程度の感染力です。

変異によって感染力は上がっていますが、ウイルスそのものの性質は変わっているわけではない。

水痘並みと言われると「もしかして、空気感染するのでは?」といった疑問も生まれるかもしれません。ですが、結核や麻疹(はしか)などと同じように空気感染しているとは、現在のデータでは考えにくい。

現時点では感染経路には変わりはないと考えるのが妥当でしょう。

これは推測になりますが、CDCは一度緩めた感染対策をもう一度締め直す過程で、注意喚起のためにデルタ株の感染力が最大で水痘並みとのメッセージを出した可能性があります。

アメリカでは、一時、ワクチン接種済みの人であれば感染対策を緩めても良いというメッセージを発信していました。

しかし、アメリカでも再び感染が拡大している傾向にあります。

この「最大で水痘並み」という言葉は感染力がこれだけ高い変異ウイルスが出てきているので、マスクをちゃんとしてください、というコミュニケーションの一環かもしれません。

ーーデルタ株への置き換わりが進む中で、感染の傾向にも変化は見られるのでしょうか?

これまでは家庭内感染が起きたとしても、家族全員が感染するようなケースは多くはありませんでした。しかし、現在は家庭内感染が確認された場合には家族全員が感染しているといったケースも少なくありません。

今までよりも少量のウイルスで感染が引き起こされている可能性があり、子どもも以前より感染しやすいと見られています。

これまで以上にエアロゾル(微細な飛沫、マイクロ飛沫)感染による感染に注意が必要です。

これまでは「3密」が重なる場面で感染リスクが上がるという認識が主だったと思いますが、現在では「密集」「密閉」「密接」どれか1つでも感染リスクが上がります。

屋内では換気がより重要で、CO2濃度の測定も目安になります。そして、仮に屋外であっても、バーベキューなどで密集していれば感染リスクが上がることに注意していただきたいです。

ーーデルタ株によって、ワクチンの有効性にも影響は見られるのでしょうか?

ワクチンはデルタ株に対しても、引き続き重症化予防に関してはかなり高い効果を発揮しています。

しかし、感染予防効果に関しては低下するというデータも確認されています。

また、一定程度の割合でワクチン接種者であっても感染する、「ブレイクスルー感染」が起きることもわかってきました。

このようなことから、ワクチン接種による免疫獲得だけでは感染は完全には抑えられないことも見えてきています。

アメリカでは現在、約半数の人が2回のワクチン接種を終えた状態です。ですが、まだ「集団免疫」獲得には至っていません。

「ブースターショット」は必要か?

ーー日本においても、やはり3回目のワクチン接種、いわゆる「ブースターショット」は必要なのでしょうか?

この点に関しては、科学的なデータをしっかりと精査することが重要だと思います。

なぜ、ブースターショットが検討されているのか。背景には2つの要素があります。

1つはワクチン接種後の抗体価の低下です。接種から数ヶ月が経過し、やはり抗体価が下がると、一定の割合でブレークスルー感染が起きてしまうことが懸念されています。

2つ目はウイルスの変異です。現在までに確認されている変異については、ワクチンが効果を発揮することがわかっています。しかし、今後、ワクチンから逃避する新たな変異が生まれる可能性はゼロではありません。

実際、季節性インフルエンザは抗原性(体内に入った時に免疫反応を引き起こす性質)が毎年変化するので、インフルエンザワクチンはその年ごとにワクチンを作るわけです。

抗体価が下がる、だから上げればいいんだということであれば、今と同じワクチンを半年後ないしは1年後にうつということで対応できるでしょう。

ただし、ウイルスの変異に対応するためだということであれば、ワクチンの設計自体を一度考え直す必要があるかもしれないということになります。

現在、世界各国の考え方としては、同じワクチンをもう1度接種し、抗体価を上げるというものが主流となっています。

麻疹(はしか)や風疹などは、ワクチンを接種すれば免疫が一生続きます。しかし、風邪のコロナウイルスや、現在小児に流行しているRSウイルスなどの呼吸器ウイルス感染症のワクチンは、これまで開発に成功したことがなかったため、2度の接種で免疫が一生続くのかどうかはわかりません。

新型コロナウイルスは風邪のウイルスが元となっていますが、風邪は一度かかっても、再びかかります。こうした性質を踏まえると、ワクチンを接種してもその免疫が一生続くことは難しいかもしれません。

6割〜7割接種の段階で集団免疫成立は「難しい」

ーーアメリカではワクチン接種率が6割弱に到達しても「集団免疫」獲得には至らない中で、再びコロナ収束への道に暗雲が立ち込めているようにも見えます。制限のある暮らしはいつまで続くのか。「マスクを外す日」は来るのでしょうか?

「マスクを外す日」をゴールにするのではなく、ワクチンがある程度希望する人へと行き渡った場合に我々はどのような世界を見ることができるのか、という未来の見通しをお示しすることが大事だと考えています。

当初は、日本に暮らす人のうち6割から7割程度の人がワクチンを接種すれば、いわゆる「集団免疫」が達成でき、接種していない残りの3割から4割の人々も守ることができると考えられていました。

しかし、残念ながら、デルタ株の感染力の高さや現在のワクチンの効果などを踏まえると、「集団免疫」を獲得することは難しいことが予想されます。

ワクチンは確かに高い効果を発揮しており、医療関係者や高齢者のクラスターは大幅に減少しています。また、高齢者の重症化も非常に減っている。

このまま現在の重症者の主流である40代や50代、さらには感染者数で見れば最も多い20代や30代へと接種が進めば、現在とは違ったフェーズに入ると思います。

ですが、そのタイミングでコロナが存在する前、つまり2019年のような世界に戻ることができるかどうかと言われると…なかなか難しいでしょう。

新型コロナウイルス感染症の致死率を季節性のインフルエンザと比較するのは難しいですが、間違いなく新型コロナの方が肺炎を起こす確率も致死率も高い。なので、すぐにコロナがインフルエンザとおなじように対応できる疾患になることは、なかなか想定しにくい。

ワクチン接種によって感染するリスクを低減し、感染した場合のリスクも大幅に下がることは間違いありませんが、それでも一定程度のリスクが残ります。

今のような感染状況が続けば、マスクの着用は引き続き推奨せざるを得ません。

ーーワクチン接種が進めば、どのような景色が見えるのでしょうか?

例えばワクチンを接種した人同士であれば一緒に食事をしても良い、となるでしょう。ライブハウスなどイベントへの制限も緩和できるかもしれません。

実際、フランスやイギリスではワクチンパスポートを導入し、ワクチンの接種証明と検査の陰性証明を組み合わせて様々な社会経済活動を再開しています。

あるいは、先日、分科会から政府へ提言したQRコードを活用した仕組みを活用すれば、仮に飲食店などで感染が起きたとしても、誰がいつ利用していたのかをすぐに特定できるため、感染拡大を最小限に止めるための対策を講じることが可能になります。

政府は国民の希望者に対し、11月をめどに接種を終えることを目標として掲げています。

そうした点を踏まえ、徐々にコロナ前の世界を取り戻していくために、どのような活動から対策を緩和していくのか検討を進めていく必要があるでしょう。