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新型コロナによる死亡者、なぜここまで少ない? 海外で実施されていないある調査が感染拡大を防止

水面下での感染拡大を防ぐため、日本でも積極的に行われてきた「クラスター対策」。諸外国でも同様の対策が行われる中で、なぜ日本では死亡者数を抑制することができているのか。

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が5月29日開かれ、これまでの対応を総括した。それをもとに、想定される「第3波」に向け、医療・検査体制、クラスター対策などを整備していくことを政府に求めた。

欧米諸国よりも少ない死者数、なぜ?

日本は欧米諸国と比較して感染者数の増加が抑えられ、死亡者数や重症者数を減らす点で一定の成果を上げた、というのが専門家会議の見解だ。

韓国や台湾など東アジア諸国と比較をすると、日本よりも死亡者数が少ない国が存在することは事実だが、欧米諸国と比べると日本における新型コロナによる死亡者数は圧倒的に少ない。

なぜ、このような結果となったのか。

尾身茂副座長は「完全にサイエンスとして研究しているものではない」と前置きした上で、現時点での判断として、4つのポイントがあったと語る。

(1)だれもが医療にアクセスできる国民皆保険制度
(2)医療レベルの高さ
(3)保健所
(4)市民の衛生意識の高さ

「まず一番目に国民皆保険。日本では医療へのアクセスと質が比較的レベルが高いことが重要な要素だと思います。そして、公衆衛生の観点では整備された保健所が地域医療において重要な役割を果たしています。このレベルも高かった。3つ目は市民の衛生意識の高さ。また、要請に協力をすることへの度合いの高さについても、日本国内外問わず納得していただけると考えています」

これまでも言われてきた4条件に加え、専門家会議が「重要だった」と示すのが、中国・欧州由来の2波の感染拡大の早期検出と、クラスター対策だ。

水面下での感染拡大を防いだクラスター対策

専門家会議は中国由来の感染の波を「第一波」、欧米由来の感染の波を「第二波」としている。今後、予想されているのが「第三波」の襲来だ。

日本では第一波、第二波を食い止める上で、流行を的確に捕捉することが「急激な感染拡大を防止することにつながった」と尾身副座長は語る。

それを裏付けるのが、2月18日から2月25日の間の累積感染者数の増加だ。

ドイツ、フランス、イギリスなどでは、この時期、感染者数は大きく増加していない。しかし、日本では2月18日に60人確認されていた累積感染者数が2月25日には149人へと倍増している。

この時期、欧米では感染拡大が水面下で起こっていたため、その後の感染爆発につながったと考えられる。一方、日本では同時期に積極的な対応を行うことで一定程度、感染伝播を補足できていた、と専門家会議は結論づけた。

感染伝播を捕捉する上で、重要な役割を果たしたのがクラスター対策だ。

欧米諸国などでも感染者への聞き取りなどを行う積極的な疫学調査を用いたクラスター対策は一般的に行われている。だが、その手法に大きな違いがある。

日本ではこれまで、新規感染者を起点とし、濃厚接触者を洗い出す「前向き接触者調査」と新規感染者がどこで感染したかを特定し、共通の感染源にいた濃厚接触者を洗い出す「さかのぼり接触者調査」の2種類を行ってきた。だが、ほとんどの国ではこの「さかのぼり接触者調査」は行われていない。

なぜ、「さかのぼり接触者調査」が重要か。その答えは、新型コロナウイルスの感染伝播の特徴にある。

多くの場合、他人に感染させない伝播の特徴

新型コロナウイルスは重症・軽症にかかわらず、感染者の多くは他の人に感染させない特徴がある。だが、少数の感染者が他の人に感染させており、時には1人の感染者から10人以上に感染させるケースも確認されている。

こうしたクラスターを形成し、感染拡大が起こるという新型コロナウイルスの伝播の特徴をクラスター対策班では「早い時期から発見していた」と尾身副座長は言う。

「今回の新型コロナウイルスでは、疫学調査を行った保健所の人たちの報告によって重症、軽症にかかわらず、感染者が5人いたら4人は誰にも感染させないということが、かなり早い時期にわかっていました」

「初期の頃から、押谷先生がしきりに、このウイルスの感染伝播の傾向は『不思議だ』とおっしゃられていた。通常のインフルエンザとは感染伝播の傾向が違いますので、特に初期の段階でクラスター制御ができれば一定程度感染拡大も制御できるという戦略でクラスター対策を実施してきました」

「さかのぼり接触者調査」を行うことで、日本では早い段階から感染源となった場の共通点が見えてきた。それが密集、密閉、密接の「3密」だ。

こうした特徴を捕捉した上で、クラスター対策班や専門家は「3密」の回避を要請。それらも感染拡大防止に寄与したと専門家会議では評価している。

なぜ、「さかのぼり接触者調査」を実施できたのか

クラスター対策班を牽引する東北大学の押谷仁教授は、こうした「さかのぼり接触者調査」は台湾でも実施されているケースが確認されているが、その他の多くの国では行われていないとしている。

諸外国では「前向き接触者調査」だけが行われるケースが多い中で、なぜ日本では合わせて「さかのぼり接触者調査」が行われてきたのだろうか。

背景には諸外国ではウイルスの「封じ込めをそもそも目指している」ことがあるのではないかと押谷教授は指摘した。

生きた結核対策の経験

「前向き接触者調査」はウイルスの封じ込めを目指す場合に実施されるクラスター対策の基本だ。SARSやエボラ出血熱の感染拡大防止を行う際も、この「前向き接触者調査」が行われてきた歴史がある。

だが、新型コロナウイルスの封じ込めは難しいことは日本国内では当初から指摘されていた。押谷教授もこれまで、何度もウイルスを完全に封じ込めることは「不可能だ」と発信している。

封じ込めを目指す「前向き接触者調査」だけを行うと、「どうしても水面下での感染拡大を見逃すことが起こりうる」。しかし、日本の保健所では最初の段階から感染者の濃厚接触者の調査と合わせて感染源の調査が行われてきたことが幸いした。

押谷教授は「なぜ日本で感染源調査を行うことができたのか、これから精査していく」と説明した。

その上で「日本では結核が各地で起きている。結核の感染が判明した場合は、感染源を見つける作業を日常的に行っています。もしかすると、こうしたことが要因として考えられるのでは」と話した。

「第三波」に備え、検査体制、医療体制のさらなる強化を

専門家会議は、4月上旬から中旬の感染者数増大が見られた時期に、「検査が必要な人に対し、PCR検査が迅速に行えなかった」ことが課題だったと位置付けた。

これまでは優先すべき場はどこかを判断し、感染の可能性が高い人への検査を優先的に行ってきたが、今後、感染が再燃することに備え、各都道府県にチェックリストを示した上で、体制整備を要請している。

同時に、今後は感染者の早期診断・早期の医療提供により、感染拡大防止と重症化を抑止することが重要であるとの認識を示した。そのための取り組みが以下の3点だ。

(1)抗原検査等、迅速な検査で感染者を早期診断することを可能にする
(2)初期症状を解明し、検査対象をより明確にする
(3)無症状から中等症へ病状が進行するサインを見つけるための研究を行う

こうした対策を行うためには「臨床のデータをどうやって活用するか」が重要であると尾身副座長は説明し、基礎的な対策や分析を日本では「一生懸命やっているが、まだ足りない」と強調。「迅速に研究を企画し、みんなが知恵を絞り、みんながそれぞれの役割を大きな楽譜のもとにやらないと無駄がある」と協力を呼びかけた。

また、全国各地の保健所から都道府県へ、そして都道府県から厚労省へと情報の共有のボトルネックとなっていたのがFAXによる伝達だ。現在、感染者情報を共有するシステムの整備を行っており、早期の運用を目指している。

「日本でも既に一部の地域で感染の再燃が起きている可能性がある。潜在化している感染者が突如として現れる。社会経済活動再開しながら、注意を警戒を緩めないということが重要です」

「今こそ、人材育成、研究の問題に取り組むタイミングです。現在の準備期間は皆さんの協力によって作っていただいた機会です。この機会を逃さないで、しっかりと提言したような対策を国には迅速にやってもらいたい。これが、提言の最後の結論です」