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「医療崩壊の危機」を伝えるのは逆効果?東京五輪は感染爆発にどう影響?専門家の見解は…

感染拡大を食い止めるためには、どのようなメッセージが必要なのか。筑波大学心理学域教授の原田隆之さんは、「恐怖メッセージを伝えることは逆効果にしかならない」と強調する。

感染拡大が続く中、第5波のピークはまだ見えない。

医療提供体制への負荷は高まり、このままでは「医療崩壊」が起きるとの危機感も広がる。

感染拡大を食い止めるためには、どのようなメッセージが必要なのか。筑波大学心理学域教授の原田隆之さんに聞いた。

五輪の心理的影響を「受けるな」という方が無理

Yuto Chiba / BuzzFeed

筑波大学心理学域教授の原田隆之さん

ーーこの1年半の中で最大の感染拡大が続く中、緊急事態宣言は出ているものの、以前ほどの効果は期待できそうにありません。さらに五輪も続いています。こうした状況はどのように受け止めていますか?

本当に複雑な状況です。

この1年半で恐らく最大の危機を迎えている、と言って良い状況ですが、なかなか専門家や医療関係者の危機感が市民と共有されていません。

目の前の現実と、我々の心理が乖離している。非常にちぐはぐで、不思議なことが起きています。

Picture Alliance / dpa/picture alliance via Getty Images

ーーこのタイミングで開催されている東京五輪は、やはり人々の心理に影響するのでしょうか?

現在の感染者数は2週間前の行動がもととなっていると考えられるため、現時点で確認されている感染者数の増加が五輪開催によって直接的にもたらされたと言うことはできません。

しかし、間接的な影響があることは間違いないでしょう。

五輪が始まる少し前から、選手たちが日本に到着した様子などが報じられることが増えました。

人々が五輪に浮き足立っているということは、五輪会場周辺の人流などにも表れています。

選手村や関係者内で感染者が出たとしても、そこから一般市民へと感染が拡大しているといったデータは出ていないことからも、「バブル方式」と呼ばれたものは、確かに一定程度機能しているのかもしれません。

ですが、五輪が開催されていることによる心理的な影響というのは、どこまで考慮されていたのか、疑問が残ります。

時事通信

五輪マークと記念撮影をするためにジャパン・スポーツ・オリンピック・スクエア前に集まる人たち

新型コロナ対策として求められていることは、本来、社会的な動物である人間の習性に反するものばかりです。

外を極力出歩かないよう求め、集まらないように呼びかけ、そして飲食店などで酒を飲まないように要請する。

これまでこうしたことで憂さ晴らしをしてきたのに、突然あれもダメ、これもダメと言われたら、どこかにはけ口を求めたくなる。遊びたい、と思うことそのものはとても自然な感情です。

これだけ我慢を続けてきて、「五輪が開催されることによる心理的な影響を受けるな」という方が無理でしょう。

人間という生き物の心理はそれほど器用ではないので、2つのことに同じくらいウェイトを置き続けるということはそもそも難しい。

感染拡大を食い止めるために一人ひとりが対策を徹底することが求められながら、他方で東京五輪のお祭りムードが広がる…

2つのメッセージの間で板挟みになることで「認知的不協和」が起きています。

不協和というのは不快な状態ですから、人間は本能的にその状態から解放されたいと願います。

そうした中で、この状況から開放されるための「言い訳」を探し、「五輪をやっているんだから出歩いても大丈夫」と自粛をやめる人々が生まれることはある意味で仕方のないことだと思います。

「宣言慣れ」はなぜ起きる?

時事通信

自転車競技のBMXフリースタイル・パーク決勝が行われている有明アーバンスポーツパーク(奥)と、競技を見ようと会場近くの橋に集まった人たち

ーー昨年4月に初めて出された段階では、緊急事態宣言は大きな効果を発揮しました。しかし、今では宣言が出ていても、人流は大きく減少することはありません。なぜなのでしょうか?

最初の緊急事態宣言が出た頃は、まだまだ新型コロナウイルスについてわからないことが多く、何か対策をしなければ42万人が亡くなる可能性があるとの予測も出る中で多くの人が恐怖や不安を感じている状況でした。

トイレットペーパーや食料品などの買い占めといった出来事が、まさに象徴的でしょう。

恐怖や不安という感情は、人々の行動に大きな影響を及ぼします。しかし、こうした呼びかけには限界がある。

「馴化」という現象が起きていると考えています。これは、同じ刺激にさらされることで、その刺激への反応が鈍くなっていくというものです。

緊急事態宣言も感染者数の増加も、すでに何度も体験するうちに行動変容を促す要因ではなくなってしまいました。

最初は数百人の感染者数に対して一喜一憂していましたが、今では1000人を超えても何も感じない。緊急事態宣言が出ていたとしても、「緊急」だと感じなくなってきています。

人々の心理が変化し、物事の感じ方や捉え方が変化した状況では対策を変えなければいけません。

政府は最初の緊急事態宣言が「成功体験」となり、宣言を発出し、メッセージを出せば、行動変容が起きると考えているのかもしれない。

でも、同じ対応が繰り返されるだけでは、市民はうんざりするだけです。そのときどきの人々の心理状態を踏まえたうえで、それにマッチした対策が必要です。

「医療崩壊の危機」を伝え続けることは逆効果

時事通信

菅義偉首相との面会後、記者団の質問に答える日本医師会の中川俊男会長=8月3日

ーー医療現場や専門家からは、「このままでは医療崩壊が起きる」といったメッセージが繰り返し発信されています。しかし、こうした言葉が人々に届いているようには見えません。

「自分は感染しない」「コロナはただの風邪」

こうした考え方は程度の差はあれど、楽観主義バイアスがはたらくことによるものです。

すでに我慢の限界を迎えてしまっている人たちに対して、不安を煽ることは逆効果です。

「このままでは感染者数が都内で1日1万人を超える」「医療が崩壊してしまう」

それは現実ですし、それぞれの現場の切実な声であることは確かです。

しかし、それをそのまま伝えたところで、すでに我慢することに嫌気が差している人にとっては、逆により強い反発を招きます。これを「心理的リアクタンス」と呼びます。自由を奪われたと感じると、反発する態度を取ってしまうのです。

また、一旦自粛することをやめた人々に再び自粛をしろ、と呼び掛けても行動を変えることはなかなか難しいでしょう。

人は「損をする」ということに対して敏感に反応します。一度取り戻した「楽しみ」を再び制限されるとなると、抵抗感を感じる人も少なくありません。

事実は事実として伝える必要があるのだと理解はしています。しかし、すでに我慢の限界を迎えた人や自粛をやめてしまった人たちに対して、恐怖メッセージを伝えることは逆効果にしかならないということは強調したい。

恐怖や不安を喚起するメッセージを心地よいと思う人はいません。嫌なことには耳をふさぎたいし、目をふさぎたいと考えるのが人間です。

恐怖メッセージはむしろ反発を招くだけなのだと知った上で、ではどのようなメッセージを届けるべきかを考える必要があるでしょう。

また、テレビなどでは連休で渋滞が発生しています、こんなにバーベキューをしている人たちがいますといった映像が流れていますが、あれも逆効果です。

「バンドワゴン効果」と言って、外で遊んでいる人たちを見ると、自分だけが損をしていると感じ、自分も遊びたいと感じることが心理学の研究でわかっています。

「〇〇しなさい」といくら伝えてもダメ

Yuto Chiba / BuzzFeed

ーー現在、打ち出されているメッセージが逆効果であることはよくわかりました。では、むしろどのようなメッセージを発信すれば、再び協力を得ることができるのでしょうか?

このような状況でのコミュニケーションを考える上で、重要なことはそれが一方向ではなく、双方向であるということです。

上から下へ、ただ一方的に情報を伝えるだけでは、なかなか納得感は得られません。

私も長年、依存症の治療に携わってきましたが、禁煙が必要な人に「禁煙しなさい」と、いくら伝えたところでダメなんです。

頭ごなしに、「あなたは間違っています」と伝えたところで、説得することはできない。こんなやり方では、むしろ反発を招くばかりです。

重要なことは、なぜその人にとってタバコはそれほど重要なのか、といった相手の気持ちに耳を傾け、時に共感する。そして控えめに事実を伝える。

「あなたにこうしてほしい」といった言葉がついつい反射的に出そうになりますが、それをグッと堪えて。あなたは何を求めているのか、そしてどのような生き方がしたいのかといった長期的なビジョンを尋ねて共感しながら、そのビジョンと矛盾する現在の行動に気付いてもらうために対話を重ねていくしかありません。

タバコやお酒をやめてほしいという時には、「タバコをやめろ」「お酒をやめろ」ではなく、「タバコを吸いたいという気持ちはわかるけど / お酒を飲みたい気持ちはわかるけど、私はあなたが心配なんだ」と伝えます。

感染対策に嫌気が差してしまった人を頭ごなしに否定しても、その考えを変えることは難しいでしょう。若者の感染者数が増えているからといって、「自粛しろ」と言ったところで彼らの行動は変わりません。事実やエビデンスを突き付けて理詰めで説得しても、感情的には受け入れてもらえず、一層反発を強めてしまいます。

むしろ、相手の考えをしっかりと聞きながら、「気持ちはわかる」「でも、私はあなたのことが心配だ」と伝えることが必要だと思います。

遠回りに見えるでしょうし、実際手間もかかるのですが、本来はこうした対話を大学や職場など小さな単位で少しずつ積み重ねていくしかないのだと思います。

あるいは、テレビ番組で政治家や感染症の専門家と若者や飲食店などそれぞれの立場を代表する人同士が話し合う場を持つことも効果的かもしれません。

相手の言い分にしっかりと耳を傾ける機会が社会全体で不足していると感じます。

時事通信

ーー他にも何かできること、やるべきことはありますか?

すでに多くの人が気付いていると思いますが、緊急事態宣言やお願いのメッセージには以前ほどの効果は期待できません。

手っ取り早いものとしては、行動経済学の「ナッジ」を活用し、人々の選択の自由は制限しないが、家にとどまることを後押しするという方法もあると思います。これは私権を制限する「ロックダウン」とは全く違います。

実現可能性はわかりませんが、首都高の料金や公共交通機関の料金を上げて、外出をする場合にかかるコストを上げるといったことがひとつの選択肢です。

あるいは観光地のお店やホテルに十分な補償をした上で、この期間は休業してもらうといった選択肢もあるでしょう。

または、「COCOA」の接触履歴に誰も記録されていない日があればポイントが1日いくら貯まるといった方法もあるかもしれません。

とにかく人がこの時期に移動するメリットを減らし、家にとどまることのメリットを増やす。

目の前の感染拡大をでき限り早く抑え込むためには、心理学など行動科学の知見に基づいて、こうした具体的な方策の検討も必要とされている段階だと思います。

「お手上げ」と言うには早すぎ

Pool / Getty Images

ーー最近、専門家や政治家から「最後の我慢」「ここが最大の山場」といった発言も出ていますが、こうしたメッセージはどのように評価していますか?

これまで延々と感染対策の呼びかけが続いてきた中で、「最後の我慢」と言われると、少し光が見えますよね。

ベストとは言えませんが、こうしたメッセージを打ち出すこと自体はプラスです。

より良い形を模索するとしたら、「どれくらい」「何を」「いつまで」我慢したら、「どんな」未来が訪れるのかをシミュレーションに基づいて示すことができると良いでしょう。

これぐらいの人が、この期間、こうした行動を我慢すれば、年末には帰省ができるかも…といった形で、ビジョンを示すことでより多くの人々の協力を得ることが可能になる。

「行動変容」は心理学が専門とする分野です。そのような中で、新型コロナ対策の専門家組織には経済学や行動経済学の専門家はいますが、心理学の専門家はいません。

もっと、人々の心理を理解しながら、メッセージの伝え方を工夫できる人材が本来はメンバーに名を連ねるべきだと思います。

「もうお手上げだ」といった声も一部から聞こえてきますが、まだ「お手上げ」と言うには早すぎます。

行動科学の分野の知見を生かし、何とか最悪のシナリオを回避することも不可能ではありません。

Contact Yuto Chiba at yuto.chiba@buzzfeed.com.

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