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「日本だけ一人勝ちは不可能」コロナ重症者を最小限に抑えるため、政治は“プランB”の準備を

「政治には病床を十分に確保できなかった場合への備えを、『プランB』として進めていただきたいです」

新型コロナの第5波も収束を迎え、社会では様々なことが「コロナ前」へと戻りつつある。

しかし、諸外国では依然として感染拡大が続いており、予断を許さぬ状況であることに変わりはない。

社会経済活動とのバランスを見出す時期にさしかかりつつある今、最前線で治療にあたった医師は何を思うのか。

埼玉医科大学総合医療センター(埼玉県川越市)でコロナ対応にあたる岡秀昭教授に話を聞いた。

政治は病床拡充だけでなく、「プランB」の準備を

Yuto Chiba / BuzzFeed

埼玉医科大学総合医療センターの岡秀昭教授

ーー7月末に、この埼玉医科大学の総合医療センターのコロナ病床を取材した際には入院の受け入れ要請が立て続けに届いていました。特に感染が拡大した8月はどのような状況だったのでしょうか?

今では1ヶ月以上、新規の入院依頼は届いていません。

ですが8月はこれまで使わずに済んでいたプレハブ病床を開け、最も多い時で重症者を中心にコロナ患者を37名受け入れました。

プレハブは病棟から離れた場所にあり、その管理をこれまでコロナ対応にあたってきた感染症科のスタッフで行うことは人員配置の都合もあり、難しいため、軽症もしくは中等症の患者に向けた施設として運用することを想定していました。

しかし、第5波真っ只中では、大学病院に届く入院依頼はほとんど中等症2もしくは重症の患者ばかりです。

そこで我々は治療の結果、症状が改善してきた患者をプレハブに移動し、より重症の患者を受け入れられるようにコロナ病棟をできるかぎり空けるという対応を行いました。

プレハブの回復期の患者対応にあたるのは他の科などから集めた若手の医師たちです。こうした医師たちに軽症者対応のノウハウを教えた上で、感染拡大時にはコロナ対応にあたってもらいました。

プレハブには回復途中にある患者を集め、専門外の医師に通常診療も維持しながら対応してもらい、コロナ病棟には人工呼吸器や高濃度酸素を吸入するネーザルハイフローが必要な患者を集め、経験豊富な感染症科と救命科の医師が担当する。

できる限り患者を受け入れ適切な治療が受けられるよう、知恵を絞り、総力を上げて何とかやりくりをしていたというのが実状です。

時事通信

ーー岸田文雄首相は感染力2倍のウイルスに備え、病床をさらに拡充するという対策を打ち出しています。この対策についてはどのように評価していますか?

良い点を評価するとしたら、ワクチン接種が進んできた中でも最悪のシナリオを考え、対応を練っているという点については評価できると思います。

ただし、この病床拡充はそれほど簡単ではないということも知っていただきたい。病床の確保はベッドを確保すれば解決するというものではありません。

機材を揃え、それを使える人材もしっかりと確保する。ベッド数の話だけをしていては、本質を見失います。

軽症者用のベッドであれば、もしかすると拡充は可能かもしれません。しかし、重症者用の病床をいきなりこれまで以上に増やすというのはそれに対応できる専門医の不足から、かなり厳しい。

こうした前提に基づき、政治には病床を十分に確保できなかった場合への備えを、「プランB」として進めていただきたいです。

武器は増えた。ゲームチェンジは可能か?

ーー「プランB」では、どのような準備が必要なのでしょうか?

感染力2倍のウイルスにも対応できるだけの病床を確保する、と打ち出すことは国民に安心感を与えるためには有効かもしれません。

しかし、本当の意味で最悪に備えるのだとすれば、病床確保が予定通りに進まなかった場合への備えも必要です。

仮に病床が拡充できなかったとしても、コロナで亡くなる人をできる限り減らす。そのための戦略を練るべきです。

日本ではワクチン接種がかなりのスピードで進む中、これまで点滴でしか実施できなかった抗体カクテル療法を皮下注射で提供できるようになりました。さらに効果が見込まれる経口治療薬の開発も進んでおり、早ければこの冬にも使用が始まる見通しです。

コロナと戦うための武器はこれまでと比べ物にならないほどに増えてきています。

Merck & Co, Inc. / AFP=時事

米製薬大手メルクが開発中の新型コロナウイルス経口治療薬「モルヌピラビル」

ーーこうした武器が増えたことで、戦い方はどのように変化するのでしょうか?

人々の関心は経口治療薬へと集まりがちですが、最も重要なのは引き続きワクチンであることに変わりはありません。

抗体価の低下などが報告されていますが、ワクチンは引き続き重症化予防に関しては高い効果を発揮しています。

まずはワクチンの1、2回目の接種率をできる限りさらに高めていく、そして一部の免疫不全者や高齢者へのブースター接種(3回目)も同時に進めていく、そのための努力が必要です。

この夏から実用化された2つのモノクローナル抗体をブレンドした抗体カクテル療法は重症化予防として効果を発揮しています。さらに別の種類のモノクローナル抗体も承認されています。

また、抗体カクテル薬については、今後は重症化リスクの高い人への曝露後予防としても使用することが可能になりました。

※曝露:感染者と接触した際などにウイルスにさらされること

そうしたものに加え、臨床試験で入院または死亡を50%減らすという結果が示された「モルヌピラビル」はじめ経口治療薬の実用化ももう間もなくと言われています。

実用化されればコロナの早期治療が可能になるということで、多くの人が期待を寄せています。ですが、この経口治療薬については3つのポイントに注意が必要です。

まずは副作用です。ワクチンにも副反応はありますが、多くは発熱や倦怠感といった症状で、アナフィラキシーや心筋炎などはごく稀です。接種をしないことのリスクと比べた場合、ベネフィット(利益)の方が大きいことはすでに明らかになっています。

しかし、治療薬の副作用についてはまだまだわからない部分があるのも事実です。これまでも臨床試験の過程では明らかになっていなかった副作用が見つかり、販売後に薬の販売を撤回するといったケースが度々、経験されてきました。

さらに感染症の治療薬には「耐性化」の問題がつきものです。ウイルスがその薬への耐性を身につけ、やがては効かなくなってしまう可能性もある。今のインフルエンザ薬や抗菌薬のような使い方をすると急速に耐性化により、短期間で効果を失う懸念もあるのです。

そして、モノクローナル抗体療法も治療薬も使用する上ではコストの問題も無視できません。

抗体カクテル療法で使用する「ロナプリーブ」は1処方あたり31万円。メルク社の経口治療薬「モルヌピラビル」は1処方あたり約8万円。ファイザー社の経口治療薬「パクスロビド」は1処方あたり約5.7万円です。

そのため、インフルエンザへの治療で用いられるタミフル(1カプセル255円)のように処方することは現実的でないと思います。

こうしたポイントを念頭に置いた上で、治療薬だけに頼る必要がないプランを練る必要があります。

ーーつまり治療薬への過度な期待は禁物だ、ということですね。

現時点ではそうです。

これまでワクチンがもたらしたインパクトに比べれば、治療薬によるインパクトは相対的に小さなものになるのではないかと少し慎重になりながら注視しています。

ワクチンも治療薬も、武器そのものがゲームチェンジャーなのではなく、こうした武器を賢く使うことができればゲームチェンジが可能となる。このような認識を持っておく必要があるでしょう。

ワクチンも抗体カクテル療法に代表されるモノクローナル抗体も経口治療薬も、上手く使うことができれば今後の感染拡大で重症化する人を大幅に減らすことができます。

そのためには、まず第一にワクチン接種を今後も着実に進め、ワクチン接種率をできる限り高くすることには大きな意味があります。下地として、しっかりとワクチン接種を行き渡らせる。

その上で、免疫不全の人やポリエチレングリコールへのアレルギーなどでワクチンをどうしても接種できない人など重症化リスクの高い患者などにモノクローナル抗体療法や経口治療薬を適正に使っていく。

こうした全体像をしっかりと描き、それぞれの取り組みを前に進めていく。政治にはその手腕が問われています。

専門家人材の不足、コロナで見えた課題にどう取り組む?

Yuto Chiba / BuzzFeed

第5波に対応した埼玉医科大学のコロナ病棟

日本で新型コロナの重症者を受け入れられるような病床を拡充することには限界がある。これがコロナ禍で顕在化したことです。

重症患者に対応可能な感染症の専門家、呼吸器内科の専門家、集中治療の専門家。これらの専門家の数には限りがあります。

うちの病院にも「もっと病床を増やせませんか?」という依頼が届いたこともありました。しかし、ベッドを増やしたとしてもそのベッドを管理できるだけの人材がいません。

「病床を増やせないのであれば、人を派遣してくれませんか?」という依頼もありました。大規模医療施設などを設置するためです。

でも、現場が大変な状況の中で派遣できるとしても専門的な人材ではなく、専門外の経験の乏しいスタッフになってしまうでしょう。

専門性が高くない人材であっても、ノウハウを伝えることで軽症者用の病床であれば何とか拡充できるかもしれない。でも、重症者の対応はそう簡単にはできません。

ならば急いで専門的な人材を増やせばいいじゃないか、というご指摘もあるかもしれない。

ですが、医師免許を取るのに6年、そして一般的な内科などの診療ができるようになった上で感染症の専門人材となるためにはさらに10数年かかります。

目の前の危機に対応するためには、到底間に合わない。

国も専門人材の不足を今回の件で痛感したはずです。今後はこうした専門人材の育成に向け、実効性のある中長期的な取り組みを期待します。

ーー重症者病床を簡単に増やすことができない中では、どのような対応が必要となるのでしょうか?

重症者を増やさない、これが何よりも重要となります。

重症化リスクの高い人へワクチン接種を前提に、モノクローナル抗体療法や経口治療薬を適切なタイミングにしっかりと届ける仕組みを作る。そうすることによって、結果的にその先の病床逼迫も防ぐことができます。

また、埼玉県ではコロナの軽症者対応ができる人材育成の仕組み「トレーナー制度」にも取り組んでいます。これは私が提案し、実現した仕組みです。

感染症や集中治療の専門医が他の病院へと出向き、感染症対応の基礎的な部分のトレーニングを行う。実際にこの取り組みを使って、確保病床を増やした病院もいくつかあります。

現時点ではこの仕組みは私たち専門医が他院へと出向く仕組みとなっています。しかし、感染拡大期にはなかなか現場を離れることはできません。

今後は私たちの病院に研修に来ていただくといった方法も検討する必要があるかもしれません。

これは何事にも言えますが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではダメです。現在は感染状況が落ち着いていますが、この状況がいつまで続くかはわからない。

今後の波に備えて、感染状況が落ち着いている今こそ、この「トレーナー制度」のような即効性のある人材活用法を活かして準備を進めてほしいと思います。

公的病院でぶつかった壁、採算性は低いが…

時事通信

都立墨東病院の関係者から説明を受ける岸田文雄首相

ーー専門人材の不足だけでなく、日本の医療の特性がパンデミックという緊急事態への対応を阻んだ側面もあります。病床に対する医療従事者の数が少ないことなども指摘されています。次の危機に備えるために、何が必要だと考えていますか?

医療にビジネス的な視点を求めすぎた側面はあると感じています。

もちろん経営の健全化は重要です。ですが、日本では近年、民間病院だけでなく公立病院までもが採算性を求められてきた。

心臓疾患など採算性の高い医療は人気です。しかし、その裏で救急医療や小児医療、感染症医療といった採算性の低い部門をどうするのかという課題が生まれます。

私も以前勤務していた半公的病院で私の得意領域でもあるH I Vなどの「感染症は診ないでほしい」と言われたことがありました。「感染症の患者を診たら患者が来なくなる」「職員も嫌がるから」と。

本来、公立病院の存在意義はこうした医療をしっかりと下支えしていくというところにもあるはずです。そして、民間の病院も採算性は低いが、地域において重要な医療を提供し続けていくための体制を作るべきでしょう。

日本では感染症の指定を受けながら、専門医が不在の施設も珍しくないため、ハコで決めるのではなく、ひとで。つまり、私は専門医がいる施設で患者を受け入れるべきではないかと考えています。

行政にはその支援をしてほしいと期待しています。

ーー民間病院や公立病院だけでなく、開業医との役割分担もなかなか進みませんでした。結果として、コロナ対応の負担は一部の医療機関へ偏った形となっています。

開業医の医師が「コロナを診れない」と言うのも、ある意味で仕方のない側面があります。なぜならば、これまで日本という国はパンデミックへの対応が困難な病院を「病院」として認めてきたからです。

これは医療機関の問題だけではなく、制度の問題でもある。

一般的なコロナ疑いの初期症状は通常の風邪と大差ありません。上気道の炎症で、咳や熱といった症状が出る。

地域の開業医のもとには何だか熱っぽい、風邪っぽいと感じる患者がやってきます。検査をしてみたら風邪ではなくコロナだった、結核だった、他の感染症だったといったことがあり得るのが現場の実状です。

つまり、風邪っぽいけどコロナだったというケースにも本来はしっかりと対応できなければいけないはずなのです。「風邪なんて誰でも診れる」と言われてきましたが、実際にはその風邪の診断すら十分にできていなかったということです。

感染拡大初期はわからないことも多く、コロナ疑いの患者を受け入れることを躊躇する気持ちもわかります。

しかし、ここまで病態が明らかとなり、ワクチン接種が進み、モノクローナル抗体薬なども行き渡りつつある状況では、本来かかりつけ医の役割を担う開業医が、熱や咳というよくある健康上の問題で受診するコロナ疑いの患者を診ない理由はありません。

仮に目の前の患者が感染症に感染していたとわかったとしても、対応できるようにハード面もソフト面も整えているのが本来の病院のあるべき姿です。これは開業医のクリニックや医院でも同様です。

感染対策の知識や最低限の設備は車で言う「シートベルト」のようなものです。院内感染を起こさないためにも、シートベルトがあることが望ましい。しかし、日本ではこれらがない病院、つまり「シートベルトのない車」が認められてきました。

今後はこうした制度面の課題にも向き合い、結核など感染症を診るための病院でなかったとしても最低限の知識や設備を整えていく方向にシフトする必要があるのではないでしょうか。

行政にはその支援をぜひお願いしたいと思います。

「日本だけ一人勝ち」は不可能

Charly Triballeau / AFP=時事

ーー新型コロナが季節性インフルエンザ相当になる日は来るのでしょうか?

ワクチン、モノクローナル抗体治療、治療薬…こういった武器が揃いつつある今、しっかりと対策を進めていけば新型コロナが季節性のインフルエンザ程度のものへと変わる日は近いかもしれません。

その際には現在、全額公費負担となっている新型コロナ治療にかかる費用の扱いなどを整理し、検討する必要はあるでしょう。

これまでは軽症も中等症も重症の患者も、すべて一部の病院の専門家が対応する傾向がありました。

しかし、新型コロナについてわかることが増え、ワクチンや治療薬なども整いつつある今では軽症者はかかりつけ医の役割を担う診療所や病院であるならば対応可能な病気になりつつあります。

今後は人工呼吸器などが必要な重症者は集中治療や呼吸器内科、感染症専門医の揃う一部の病院で、軽症者は町のクリニックや在宅診療などでという役割分担も進める必要があります。

新型コロナがインフルエンザのようになる日は、そのような取り組みの先にあります。

Yuto Chiba / BuzzFeed

1ヶ月以上、新規の入院要請が届かない中で埼玉医科大学総合医療センターのコロナ病棟は一旦閉鎖している。再び要請が届けば、改めて開く見通しだ。

ーー感染状況がかなり落ち着いている中で、社会は徐々にコロナ前の生活を取り戻そうとしています。ポストコロナの社会に向けて、私たちはどのような心構えを持つ必要があるのでしょうか?

これだけ感染状況が落ち着いていると、本当に第6波は来るのか?とよく聞かれます。

私の答えは「第6波は来ると考え準備する」ということしか言えません。ですが、その波の性質を変えることはできる。

諸外国の状況を見ていても、ワクチン未接種者を中心に再び感染が拡大しています。そうした方々を中心に感染拡大の波が起きることを防ぐことはかなり難しい。

今はこれだけ感染状況が落ち着いていますから、その中で人の動きを抑制し続けることは現実的ではありません。よって、いつかは再び感染が拡大してしまうでしょう。

ですが、たとえ感染が拡大しても重症者が増えなければ医療が逼迫し、緊急事態宣言が必要となることを避けることができます。つまり、今後はどれだけ重症者を減らすことができるのかを意識しながら対策を講じていく必要があります。

「1年前と言っていることが違うじゃないか」と指摘を受けるかもしれませんが、その通りです。今と1年前とでは状況が大きく異なります。

確実に効果を発揮するワクチンが行き渡り、重症化を減らすモノクローナル抗体薬や治療薬も揃いつつある。だから、今後は波を遅らせるだけではなく、波の質そのものを変えることができます。

社会経済活動が活発になっていくことは避けられない。しかし、次の感染拡大の波の質をしっかりとコントロールしていく努力が求められていると思います。

アメリカではワクチン接種を進めていく中で、一度はマスクの着用義務をなくしましたが、その後この方針を改めて撤回しました。これはデルタ株によりワクチン未接種者を中心に再び感染状況が悪化したためです。

日本はこうした海外の失敗事例をもとに後出しじゃんけんができる。

この新型コロナウイルス感染症は世界的に感染拡大しています。よって、日本だけが「一人勝ち」をするのは極めて難しいでしょう。

ビジネスや観光など社会経済活動を再開させていけば、海外との往来も増加します。今後の日本国内の感染状況はかなり低く推移する期待はもてるかもしれませんが、さらなる変異ウイルスの出現とともに「輸入感染症」として新型コロナ自体は今後も残り続ける懸念が続くでしょう。