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2度目の緊急事態宣言の経済的ダメージはどれぐらい? 分科会メンバーの経済学者に聞きました

新型コロナウイルス感染症対策分科会、基本的対処方針等諮問委員会のメンバーで行動経済学が専門の大竹文雄さんが指摘する新型コロナ対応のボトルネックとは。

菅首相は1月7日、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県に2度目の緊急事態宣言を発出することを決定した。その後、13日に栃木県、岐阜県、愛知県、大阪府、京都府、兵庫県、福岡県に対象が拡大された。

期間は2月7日まで。飲食店への感染対策強化を中心に、20時以降の外出自粛要請などが出されている。

昨年春の緊急事態宣言は様々な人に経済的な打撃を与えた。新型コロナによって解雇された人は8万人を超えている。2度目の緊急事態宣言はどれほどのダメージを与えるのか。この1年で見えた新型コロナ対応のボトルネックとは。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会、基本的対処方針等諮問委員会のメンバーで、行動経済学が専門の大阪大学教授・大竹文雄さんに話を聞いた。

※取材は1月7日午後。その後、対象地域拡大などについて追記した。

【後編】10万円の再給付は必要? 分科会メンバーが考える、コロナの経済ダメージを最小限に抑える方法

昨年春の緊急事態宣言よりはダメージ減?

ーー今回の緊急事態宣言が経済へ与えるダメージをどのように見積もっていますか?

今回の2度目の緊急事態宣言は経済へ大打撃を与えないために、的を絞った形となりました。

飲食業を中心に対策を強化し、テレワークを推進してもらう。

経済的なダメージはありますが、4〜5月の緊急事態宣言の際に経験した、年30%の経済成長率のダウンほど大きなものにはならないと予想しています

ーー新型コロナによる経済的ダメージには何か特徴はあるのでしょうか?

様々な統計や調査およびPOS(購買)データやクレジットカードの利用データなどを分析すると、対人サービス業に就いている方や、非正規雇用の方の所得や支出が減っていることがわかっています。

2008年のリーマンショックの際は、特に製造業、そして非正規雇用の方が大きな打撃を受けました。

コロナの場合、対人サービス業への影響が大きく、対人サービス業で働く方は女性が多い。そのため、今回はリーマンショック以上に女性の方が影響を受けていると言えるでしょう。

一方、スーパーマーケットやフードデリバリーなどの需要は高まっています。情報関連の事業への需要も多くの場合は上がっています。そのため、この不況で大きく打撃を受ける人もいれば、そうでない人もいる。産業間の格差が大きいとも言えます。

ーー理論疫学の専門家である西浦博さんは、飲食だけを制限しても大きな効果は得られないとのシミュレーションを示しています。経済学の領域で、今後これだけの経済的ダメージが出れば自殺者などがどのぐらい増える、といった試算は出されているのでしょうか?

感染者数が増えて、緊急事態宣言によって社会経済的な活動を制限した場合にGDPが減るのかといった試算はなされています。

行動制限を非常に厳しくして1ヶ月程度で大きく感染を抑えることができれば、経済への影響も比較的小さく患者数や死者数も少なく抑えることができます。

しかし、1ヶ月で感染者を大きく抑えることができないなら、逆に緩めの対策を2ヶ月程度続けて感染者を減らす方が経済と感染状況のバランスが取れるという試算もあります(東京大学の藤井大輔・仲田泰祐両氏の試算)。

こうした分析は、日本の場合は感染者が欧米の50分の1であっても、医療提供体制が逼迫してしまうという問題があるので、その条件のもとで行われています。

ですから、日本の場合は海外と比べ感染者数をより低い水準に抑えなければいけない。この問題を解決できない以上は、対策のバランスはどうしても感染対策へと偏らざるを得ません。

医療資源の制約が厳しく、医療提供体制が限界に来れば経済活動を制限しなくてはならない。現在の状況では医療提供体制の充実が第一であり、医療が全てに優先する状況となってしまいます。

日本は医療の仕組みの問題があるために、取ることのできる選択肢の幅が非常に狭くなっています。医療提供体制をもう少し柔軟にできれば、医療提供体制を充実させるのにかかる費用と感染拡大を防ぐために経済にかかる費用とのバランスを考えることができます。感染対策と経済活動のトレードオフを考えるにしても、医療側の制約がきつすぎるのが現状です。

現実を踏まえ、様々な制約がある中で、それでも一番ダメージが少なく済む対策は何か。感染症の専門家からの意見を踏まえて、その範囲で考えましょうという形で議論をしています。

日本のコロナ対策のボトルネックは?

ーー数字だけを見れば日本の人口あたりの病床数は多く、欧米と比べれば感染者数そのものは少ないにもかかわらず、日本では医療提供体制が逼迫しています。こうした現状を、経済の専門家としてどのように分析していますか?

多くの経済学者は、日本の医療の資源配分のバランスが悪く、効率が良くないと考えています。

様々な国々では新型コロナウイルスの患者を集中的に治療する病棟を作り、専門のスタッフを集めて取り組んでいます。

通常の病院でその他の疾患や怪我などにも対応しながら、新型コロナ治療にも当たるというのはどうしても非効率的な側面が出てきてしまいます。感染症を扱うことに長けている人ばかりではありませんし、人工呼吸器やECMOの管理ができる人ばかりではない。

ですから、新型コロナ治療に集中して当たる病棟ができることは、人員の問題や設備の問題からしても合理的です。

でも、現在の日本の医療システムではそのような対応を迅速に行うことが難しいというのが現実です。

なぜ、日本の優秀な医療者たちが、緊急時に医療機関ごとに役割分担を変えて、医療界全体でコロナ患者と通常医療を担当することができないのか。

大阪府でコロナ専門病院や重症化センターを設置でき、東京都もようやくコロナ専門病棟の設置を決めたようです。難しいとは思いますが、不可能ではないと思います。こうした問題が現在の新型コロナ対応のボトルネックであり、根本的な課題だと思います。

合わせて、発症から10日間が過ぎ、感染力を失った新型コロナ患者を受け入れてくれる病院が多くないことも課題です。PCR検査をすれば陽性反応は出ますが、10日間以降は感染力を失う場合が多いということがわかってきています。

症状が改善し、周囲に感染することもないのであれば、専門的な設備やスタッフがなくとも、通常の病院で回復するまでサポートすることも理論上は可能なはずです。

しかし、新型コロナ患者を受け入れた病院ほど赤字が拡大し、コロナの患者を受け入れたことの風評被害も起きてしまう現在の状況では、なかなか周囲の医療機関の協力を得られにくい。

医療機関の経営状況の悪化は深刻な課題ですので、12月からは新型コロナ患者の診療報酬の点数を3倍にするなど対策は進められていますが、なかなか問題解決にはいたっていません。

簡単ではないことは良くわかっています。ですが、医療機関の連携を進め、役割分担をすれば改善可能な部分があると考えています。

ーー病床数を増やすことはできても、人員は簡単には増やせません。どうしても限界があるようにも思えます。

そうした問題も、役割分担を明確にして、それぞれの医療機関がより効率良く新型コロナ治療に当たることができれば、多少は改善できると考えています。

加えて、新型コロナ治療に当たるスキルがあるスタッフへ、より多くの給与を払うような仕組みを整えれば負担に見合った対価が得られるようにもなるでしょう。

もしかしたら、より良い条件になるのならば、感染症対策のことや人工呼吸器の扱いを習得したいと思う人も出てくるかもしれません。

経済学の視点で見れば、こうしたインセンティブ設計によって改善を図れるポイントもあると思います。

医療崩壊が叫ばれはじめて、もうすぐ1年。でも…

ーー第1波を迎えた4月の段階から医療提供体制の逼迫は訴えられ続けてきました。この数ヶ月でもっと体制整備を進めるべきだったのではという声も上がっています。

そうですね。そこは、私たちも何とかしなくてはいけないと考えてきました。

昨年の5月14日の基本的問題対処委員会でも医療提供体制の充実について集中的に対策をすべきだと述べましたし、8月の段階では同じく新型コロナ分科会の構成員を務める小林慶一郎さんと「これは何とかしなければ」と考え、1兆円を投じることになったとしても、コロナ重症者病床を拡充することが急務であると発信しました。

しかし、結局のところ何も動きませんでしたね。

もちろん、医療の仕組みは複雑で、そう簡単には動かないということは良く理解しています。ただし、誰かがそれぞれの医療機関の役割を明確にし、権限を整理して、それぞれが調整できるような仕組みを作らなければいけません。

皆さん、そうした理屈はご理解いただいていると思います。ようやくこの1年で、日本の医療の仕組みが抱えている課題がボトルネックとなっているのだと共通認識を得られたという状況でしょうか。

「経済学者は何でもお金で解決できると言うじゃないか」と言われるかもしれませんが、現在の新型コロナ対応が抱える問題を解決するためには、お金を投入することは必要なことです。

もっと効率的な仕組みを作ることはできます。だから、改善すべきことをリストアップし、それぞれのどの部分に課題があるのかを洗い出し、検討が必要でしょう。

取り組むことは難しい。でも、やらなければいけないことです。

今の体制をすぐに大幅に変えることは難しいかもしれない。でも、こんなことならば出来るのではないかと考え続けていかなくてはいけません。

民間のPCR検査の品質管理を

ーー分科会では経済活動を活性化する側面から、民間の検査機関の質を管理した上で活用を検討すべきと発言されていますね。

検査のキャパシティが小さい段階では、必要と判断された人々に検査をすべきということには同意します。

現在は症状のある方、無症状の方でも濃厚接触者や感染者が発見された高齢者施設や病院などでのPCR検査が進められています。たしかに陽性者を見つける上では無症状の人に検査をすることは非効率的です。

また、そのPCR検査の結果が陰性であったからといって、感染していないということを証明するわけではありません。

ですが、徐々に検査体制が整備され、1日の検査数も増えてきました。また、民間のPCR検査も増えてきています。

保健所への情報共有のあり方などの検討を進めながら、経済活性化につなげるためにも、PCR検査の産業を育成し、コントロールすることが必要と考えています。

ーー分科会からの提言を受け、厚労省は民間のPCR検査機関をまとめた一覧を公開しています。しかし、あくまで情報をまとめただけで、品質の管理まではされてません。厚労省はお墨付きを与える「ホワイトリスト」の公開も検討していないようです。

まずは第一歩として情報をまとめてくれたのだと理解しています。品質の管理は必要です。その条件が整備されるのであれば、より具体的な検討へと移るべきと考えています。

経済の専門家として発信を避けてきた理由

ーーこれまで感染症の専門家の意見が伝わってくる機会が多かった一方、経済の専門家の意見が伝わってくる機会は少ないという指摘も上がっていますが、どのように受け止めますか?

我々も発信をしていないわけではありませんが、注目を集めることは少なかったと感じています。

また、専門家会議や分科会としてコンセンサスが得られた意見は尾身先生から発表されています。多少食い違う意見があったとしても、提言が出された後に「本当はこうやるべきだ」と発信すれば、提言そのものの効果も弱まってしまいます。

ですから、そのような発信は避けてきました。

医療提供体制の充実が経済にとっても効果的であるということは先ほど申し上げたように5月の段階からお伝えしてきました。

たしかに多くの予算を必要としますが、Go To キャンペーンにあれだけの予算を使えるのであれば、もう少しできたこともあったと感じています。

ーーGo To トラベルは多くの批判を集めました。大竹先生はあの施策をどのように評価しますか?

感染が飲食の場で広がるという時に、そこでの感染拡大と人の移動を完全に切り分けて考えることは難しい。

Go To トラベルを利用した人が感染を広げたかということよりも、「旅行をしても大丈夫」というシグナルを発信してしまったという点を含めて評価しなければけません。

当初、分科会が呼びかけた少人数や家族での旅行や、旅行先での行動に気をつけていただくことができたのであれば、それほど問題はなかったかもしれません。

また、当初から感染が再び拡大すれば止めるということを決めていました。

しっかりと安全のための自動ブレーキを設定していたはずでしたが、結果的にブレーキは機能しませんでした。

ーー合わせて、小規模分散型旅行や休暇の分散も提言していましたね。

私たちは人々の需要が集中する時期は価格を高く、需要が少ない時期の価格は安くする「ダイナミックプライシング」をより強くすることで、人々の行動変容を後押しできないかと考えていました。

ですが、なかなか難しかった。

もっと平日に少人数で旅行をした方がお得になるような形で平日の割引率が高くなり、休日には使えないような補助金制度を作って、強力なダイナミックプライシングを強化する仕組みとしてGo To トラベルが導入できていれば、効果が期待できたと思います。

やっぱり今までの習慣からすれば、土日や祝日に旅行をしたいという気持ちもよくわかります。人々の習慣や行動を変えたいというのであれば、やはり相当強いショックがないと難しいのだと思います。


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