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「大阪は感染を抑えすぎた」はミスリード?「子どもに感染しやすい」は本当?変異ウイルスの影響を感染研所長に聞く

「大阪は感染を抑えすぎた」という見方は適切なのか。そして、変異ウイルスについて現在わかっているのはどのようなことなのか。感染研所長に聞いた。

大阪府や兵庫県をはじめとする関西圏で、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の勢いが増している。

4月13日には、大阪府で報告された新規感染者数は1000人を超えた。背景にあると考えられているのが変異ウイルスによる影響だ。

大阪府の吉村洋文知事は4月1日、Twitterで「NEWS23で脇田座長がコメントしてた緊急事態宣言で大阪は感染を抑えすぎた、結果、変異株が既存株にとって変わる速度が早まり、変異株が急拡大してる説」と発信。このメッセージに対し、疑問の声も上がっている。

「大阪は感染を抑えすぎた」という見方は適切なのか。そして、変異ウイルスについて現在わかっているのはどのようなことなのか。BuzzFeed Newsは国立感染症研究所・脇田隆字所長に話を聞いた。

※取材は4月12日に行い、記事はその時点の情報に基づいています。

変異ウイルス、感染力の違いはどれくらい?

ーー現在、関西ではイギリス由来の「N501Y」という変異ウイルスに感染した人が増えていることが報告されています。これまでのウイルスに比べ、感染力も高いと見られていますが、どの程度であると考えられるのでしょうか?

感染研では4月5日、変異ウイルス「N501Y」の「実効再生産数」(一人の人が何人に感染させるかを示す指標)は、従来のウイルスの1.32倍と考えられると発表しました。

また、大阪の臨床現場では重症化率も高く、重症化するスピードも速いのではないかといった声も上がっており、40代や50代でも重症化するケースが増えていると言われています。

ーーこの感染力の違いが、関西圏での感染拡大を引き起こしているのでしょうか?

ウイルスのタイプの違いがどれほど感染拡大に影響を及ぼしているのか、断言することはなかなか難しい状況です。

もちろん、変異ウイルス「N501Y」の感染力が従来のウイルスよりも高いことの影響はあると思います。

一方で、「年度末」である3月末の時期に、人の流れが抑制されなかったことの影響も大きいと見ています。ここ1〜2週間の感染者数の増減は、この年度末、年度替わりの影響が反映されるでしょう。

思い返してみれば、2020年の3月末から4月頭にかけても、感染が急拡大しました。そして、年末年始にかけても感染が拡大した。

やはり人の流れが活発になる時期、それも通常会わない人に会う機会が増える時期に感染拡大が起きやすいのだと私は考えています。

ですから、東北、特に宮城県における感染拡大も東日本大震災から10年というタイミングで人の流れが活発になったこと、そして年度末の影響が表れたのではないかと見ています。

もちろんウイルスが持つ感染力そのものの影響もしっかりと注視し、分析する必要がありますが、それらと合わせて人の流れが活発になることが感染拡大へつながることに注意が必要です。

大阪や兵庫では8割が変異ウイルス

ーー関西では現在、変異ウイルスがどれほど感染拡大しているのでしょうか?

4月7日に開催された厚生労働省の専門家組織・アドバイザリーボードでは全体の感染者のうち、どのタイプのウイルスがどの程度確認されているのか割合を示すデータも公表されました。

これは自治体から送られてきた感染者のウイルスをゲノム解析した結果をもとに、第1波、第2波、第3波における株の置き換わりを各県別に分析したものです。

2021年1月の段階では全体のうちごくわずかしか確認されていなかった「N501Y」変異ウイルスが、2月の段階で徐々に広がり、3月には大阪府や兵庫県の感染者のうち8割以上を占めていることがわかります。

一部地域では、かなりの置き換わりが進んでいますが、全体で見るとこのような移り変わりが見えます。

感染研の感染症疫学センター・鈴木基センター長が分析したデータには、関西(大阪、兵庫)と関東(東京、神奈川、千葉)における検査陽性者のうち「N501Y」変異ウイルスが占める割合とその増加率の変化が記載されています。

それを確認すると、この「N501Y」変異ウイルスの割合は、関西では2月の後半から急増していることがわかります。

また、現在この変異ウイルスの感染拡大が確認されているのは大阪府や兵庫県ですが、今後、東京都や神奈川県、千葉県でも同様の現象が起きる可能性も示唆されています。

実際、首都圏においても「N501Y」変異ウイルスが全体に占める割合は関西と比べてほぼ1ヶ月遅れで増加が始まっているように見えます。

「N501Y」の感染拡大、今後は東京でも?「子どもが感染しやすい」は本当?

ーー今後、首都圏でも「N501Y」変異ウイルスが主流になるのでしょうか?

感染症疫学センターが分析したデータを見る限り、首都圏も「N501Y」へ感染する人が増える軌道には乗っているので、ハンマーを下ろして全体の感染者数を抑制したとしても、ウイルスの株の置き換わりはそのまま進むことが予想されます。

ーーとなると、今後首都圏における感染者数増加のスピードも増す可能性があるということですか?

感染者増加のスピードはウイルスの特徴だけで決まるものではありません。対策による人の流れの変化とウイルスの特徴、さらに人口密度や気象条件などの環境要因も重要であり、様々な要素のかけ合わせで決まります。

今後、年度末の人の流れによる影響が薄れてくる中で、大阪や兵庫のようなスピードで感染者数が増えるのかはわかりません。一方で、感染性の強い変異株に対してはこれまでよりも強い対策が必要な場合も考えられます。

ーー「N501Y」については、従来よりも子どもが感染しやすいとの見方もありますが、そのようなことが言えるのでしょうか?

変異ウイルスについて、年代別の感染者数をまとめたデータも公表されています。

たしかに、これまで広がっていた従来のウイルスと比較すると、変異ウイルスは0歳から14歳の子どもたちもそのほかの世代と同じように感染している。

ただし、依然として報告されている感染者数は15歳から29歳の、いわゆる若者が多い状況です。

そのため、この「N501Y」という変異ウイルスでは、子どもが特に感染しやすいということは言えません。

今まで感染しにくいと見られていたが、その他の世代と同じくらい感染するという理解の仕方が適切でしょう。

ただし、他の世代と同じように感染するとなると、保育園や幼稚園、学校といった集団生活の場が感染拡大へつながらないか注意する必要があります。

場合によっては学級閉鎖や休校という選択肢もあり得るかもしれませんが、今は状況を注視する段階です。

ーー関西圏で「N501Y」変異ウイルスが感染拡大する中、首都圏を中心に拡大しているのが「E484K」というタイプの変異ウイルスです。

アドバイザリーボードに提出されたデータからも、東京都や神奈川県、埼玉県、千葉県などでは「E484K」と呼ばれる変異ウイルスへの置き換わりが進んでいることが見てとれます。

ーーこの変異の特徴について、わかっていることはどのようなことですか?

「E484K」については、今のところ「N501Y」のように感染力が高い、重症化率が高いといったことは報告されていません。

ウイルスの中和抗体に関する感受性、つまりワクチンがどの程度効果を発揮するのかということについては未確定な部分もありますが、多少は効果を発揮しにくくなる可能性はあります。

ですが、「E484K」という変異1つで、どの程度ワクチンが効きにくくなるのかは、まだ確かなデータがありません。そのため、はっきりしたことは言えません。

今後、注意して見ていく必要があります。

「感染を抑えすぎた」という発信はミスリード?

何故大阪で感染が急拡大したのか。NEWS23で脇田座長がコメントしてた緊急事態宣言で大阪は感染を抑えすぎた、結果、変異株が既存株にとって変わる速度が早まり、変異株が急拡大してる説。逆説的でえっ?と思うが真実をついてるかもしれない。緊急事態宣言解除時の大阪の陽性者は1日約50人だった。

Twitter / Via Twitter: @hiroyoshimura

ーー先日、大阪府の吉村知事が脇田先生の見解であると説明した上で、「緊急事態宣言で大阪は感染を抑えすぎた、結果、変異株が既存株にとって変わる速度が早まり、変異株が急拡大してる説」と発信しています。このメッセージについて、どのように受け止めていますか?

前提となる、ウイルス進化の考え方をまずは説明させてください。

生物の進化について、ダーウィンは「種の起源」を説明し、自然淘汰されていく中で生き残るのに適した性質を持っているものが生き残っていくと唱えました。例えば、より感染性の強い変異株は生き残りやすいと考えることができます。

しかし、それだけではどうにも説明できないことがある。それを説明可能としたのが、国立遺伝学研究所の木村資生さんが提唱した「進化の中立説」です。

この「進化の中立説」において、遺伝子の置き換わりが起きやすい状況とはどのような状況なのか。

それは集団が小さいときです。

遺伝子の中では常にランダムな形で、遺伝子の「浮動」と呼ばれる現象が起きています。「浮動」とは、ある特定の遺伝子が占める割合が、偶然変動する現象です。その浮動による影響は集団が小さいほど大きくなりやすい。

そのため、「ボトルネック効果」や「ファウンダー効果」と呼ばれる現象が引き起こされるというのが基本的なウイルス進化的な捉え方です。

*ボトルネック効果:隔離された集団の個体数が著しく減少したときに、生き残った遺伝子の浮動が促進されること。遺伝子の均一性が高まる。

*ファウンダー効果:隔離された集団で、祖先となった少数の遺伝子の偏りの影響をより強く受けること。

これを新型コロナウイルスに置き換えると、どうなるのか。

ウイルスが、あまり感染者がいないところにポンと入り込む。すると、「ファウンダー効果」によって、その地域でそのタイプのウイルスが感染拡大します。

これは、現在の東北で起きている現象です。特に宮城では首都圏で感染拡大していた「E484K」が主流となっています。これは、まさに「ファウンダー効果」によるものと考えることが可能です。

ーー関西についても同じように、感染者数の減少が変異ウイルスの感染拡大に影響したと考えて良いのでしょうか?

3月31日のアドバイザリーボードの記者会見で、東京と大阪の違いは何ですか?と尋ねられたので、私は「大阪はかなり感染者数が減少し、ベースラインが下がっている」「東京はベースラインが高いですよね」と伝えました。

その上で、ウイルス学的に見れば、集団が小さくなったことでウイルスの置き換わりなどが起きやすくなった可能性があるとお伝えしました。

先ほどの変異株の従来株に対する増加率の変化の図をみていただくと、関西では比較的早く立ち上がっていますが、関東では3月の中旬になってようやく立ち上がってきました。クラスター対策などの影響もあるので、この違いの理由を説明をするのは難しいのですが、一旦割合が増え始めるとほぼ同じ速度で増加していくと考えています。

その場ではもう1つの可能性についてもあわせて言及しています。

それは、同じ「N501Y」変異ウイルスと言っても、大阪と東京では入り込んだウイルスの系統に少し違いによる影響も考えられるということをその時点では考えていました。

ーー「大阪は感染を抑えすぎた」ということは?

「抑えすぎた」ということはなく、感染はできる限り抑え込んだ方が良いです。

しかし、いつかは対策を緩和する必要があります。そのタイミングと、緩和は徐々に進めるということが重要と思います。ちょうど年度末にさしかかる時期でしたので、緩和を慎重に進めるべきだったとは感じます。

関西への再びの緊急事態宣言については…

ーー大阪府、兵庫県、宮城県、東京都、京都府、沖縄県で「まん延防止等重点措置」が適用されています。しかし、特に関西圏についてはすでに緊急事態宣言が必要な段階ではないかという声も上がっています。

まん延防止等重点措置がすでに適用された地域については、今後1〜2週間でその効果がどの程度出ているのか、しっかりと分析する必要があります。

なぜならば、感染対策の効果が新規感染者数の数値に表れるまでには、2週間ほどのタイムラグがあるためです。

大阪や兵庫については、4月5日から重点措置が適用されましたので、まさに今週の感染者数の増減を注意深く見る必要があります。その上でさらなる対策が必要と判断した場合には躊躇なく実施すべきです。

これまで、1度目の緊急事態宣言では人と人の接触の8割削減、2度目の緊急自体宣言では飲食の場に的を絞った対策をお願いしてきました。そして、今回は重点措置で時短営業を中心に対策を強化する。

これらの対策を、市民はどのように受け止めるのか。その受け止め方も、どれだけの人の流れを抑制できるのかに影響するため、人の流れの変化をアドバイザリーボードでも分析しています。

ーー人の流れの変化を見ると、どのようなことが現時点で言えますか?

東京都医学総合研究所の西田淳志さんがGPSの行動パターンから仕事以外の目的で繁華街を訪れた人の流れを計測し、データをまとめています。

そのデータによると、大阪府の繁華街における人の流れは重点措置の適用がアナウンスされた頃から著しく減少している。

どの程度効果があるのか、まだ見えない部分はありますが、おそらく繁華街における人の流れを一定程度抑制することはできている。

目の前の感染者に対応するため病床の拡充は必要ですが、同時に重点措置の結果を見て、今後の感染者を抑制するための打ち手を考えていく必要があるでしょう。

ーー高齢者へのワクチン接種も始まりました。今後も、しばらくは感染対策の強化と緩和を交互に繰り返すことになるのでしょうか?

ワクチンがある程度の人に行き渡るまでは、感染者数が増加すれば対策を強化し、減少すれば対策を緩和する「ハンマー&ダンス」でやっていくしかない。

幸いなことに、新型コロナワクチンはとてもよく効く。これまで1年と4ヶ月、我々は新型コロナと向き合ってきましたが、光は見えてきています。

ここで重要なことは、東京の感染をこれ以上拡大させないということです。早いタイミングで重点措置が適用されました。首都圏の感染拡大は全国へ影響します。

今後は、重点措置の効果や隣接する県への影響を見ながら必要な対策を早めに講じるべきでしょう。


BuzzFeed JapanはNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のメディアパートナーです。

今回の対象言説は、FIJの共有システム「Claim Monitor」で覚知しました。2019年7月からそのガイドラインに基づいたファクトチェックを実施した記事には、対象言説のレーティングを必ず記載しています。

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