• covid19jp badge
  • mediaandjournalism badge
  • medicaljp badge
Updated on 2020年9月24日. Posted on 2020年8月22日

「記者は気持ちいいかもしれないが…」新型コロナの速報合戦、専門家分科会メンバーが批判

「陽性者や感染者に関する個人情報の公表とその報道は、新型コロナのまん延防止に役立つものだけで十分ですよねという合意を得たい」と語る武藤香織教授。新型コロナウイルス収束に向けて、今、本当に必要とされている報道のあり方とは。

メディアは連日、新規感染者の報告数の速報を打ち、政府の緊急事態宣言の発出についての動向を伝える。

しかし、こうした報道に果たしてどれほどの意味があるのだろうか。

自治体が公表した感染者の情報をそのまま、もしくはそれ以上に詳しい個人情報を特定し、掲載するメディアが存在するのも事実だ。

感染拡大を防ぐための行動歴という範囲を超えて、広く発信されるそうした情報が感染者への差別や偏見につながる。

こうした中で、新たに内閣官房新型コロナウイルス感染症対策分科会の中に組織されようとしているワーキングループが取り組むのは、差別や偏見といった感染者の人権に関する課題だ。

Yuto Chiba / BuzzFeed Japan

「陽性者や感染者に関する個人情報の公表とその報道は、新型コロナのまん延防止に役立つものだけで十分ですよねという合意を得たい。私はこのワーキンググループに望みをかけています」

新型コロナウイルス対策専門家分科会メンバーで、医療社会学や医療倫理を専門とする東京大学医科学研究所公共政策研究分野の武藤香織教授はこのようにBuzzFeed Newsの取材に語る。

新型コロナウイルス収束に向けて、今、本当に必要とされている報道のあり方とはどのようなものなのだろうか。

【前編】なぜ感染者の職業を公表?市区町村まで明かされるケースも… 新型コロナ分科会メンバーが問題視する情報公開のあり方

その報道は新型コロナの収束につながるか?

「感染者の存在がもの珍しいものではなくなり、数ヶ月前に比べれば比較的落ち着いたトーンの報道が増えてきたと感じています」

武藤教授は2月から現在までの新型コロナウイルスに関する報道のトーンを振り返り、変化をこのように語る。

「当初はどこかの地域の1例目や死亡例の1例目、集団感染といったことについて非常に大きく、詳しく報道を行っているという印象を持っていました」

「『新規の感染者数』として毎日報道されているものは、保健所から発生届が提出された日を基準とした陽性者の数に、医療機関が行った検査で判明した陽性者の数が加わったものです。陽性者と感染者の定義は異なりますし、保健所の業務量や曜日、検査実施数によって変化する不安定な数字にも関わらず、大きく意味を持たせた報道が続いてきたように思います。毎日、都道府県が発表する時間帯に合わせて、いかに早く報じるのかを競う側面もあったのではないでしょうか」

「現在もこうした報道は続いてはいますが、感染動向のモニタリングとして使っている指標、つまり人口10万人あたりの感染者数や7日間移動平均で見るといった試みも少しずつ増えています」

「また、誹謗中傷や偏見、差別と闘う事例の紹介も増えてきていますよね。こういったものはプラスの変化です」

時事通信

東京都職員らが東京・歌舞伎町を回り、「『3密』を避け、ソーシャルディスタンスを保ってください」などと注意喚起を行うイベントを取材するために集まった報道陣(一部加工しています)

しかし、課題を感じる報道も少なくないという。それが、感染者発生に関する公表とその個人情報の取り扱いだ。

基本的に感染者の情報は都道府県や市町村などの地方公共団体、または学校や事業所によって自発的に公表される。感染者の年齢、性別といった情報と一緒に個人を特定しうる詳細な情報が公表されてしまうことも少なくなかった。

そうした中で、発表された情報を「そのまま報じることが適切か」、武藤教授は問いかける。

「本当にその発表内容をそのまま伝えることが、長い目で見たときに感染の収束につながるのか。報道関係者の方には、1度、そのニュースはまん延の防止に資するニュースなのか、しっかりと考えていただきたいんです。もしまん延の防止に資さない内容なのだとしたら、そのまま伝えることにどんな意味があるのかを想像してほしいのです」

8月9日には、島根県の高校の寮でクラスターが発生した。だが、その報じ方に武藤教授は違和感を覚えているという。

「そもそも校長先生が深夜に謝罪会見をする必要はあったのでしょうか。確かに、大規模な感染ではありましたが、濃厚接触者は把握できた事例です。しかし、感染者の少なかった地方で大規模感染が起きたことをショッキングに伝えるた報道や、県や市の苛立ちを伝えた報道が目立ちました」

「こうした報道は、新型コロナと共存する社会経済活動を目指す人を萎縮させ、その地域に住む人や感染者の周りの人をもう1度傷つけるものです。感染リスクを下げる努力をしても感染が避けられるとは限りませんし、対策に失敗することもあるでしょう。関係者の方は非常に辛いだろうと思います」

時事通信

公表された情報を報じることはメディアの性だ、そうした意見が存在することにも武藤教授は理解を示す。

だが、同時に社会が「新しい生活様式」や「ニューノーマル」を探る中で、報道機関もまた、「ニューノーマル」な報道を探っていくべきではないかと問題提起する。

「取材をオンラインツールで行う、インタビューを行う際にはマスクを着用するということだけではなく、公衆衛生上の危機における報道機関の役割を問い直すことのできるチャンスとして、この機会を使っていただきたい。新型コロナの収束に向けて、報道機関の皆さんには一緒に何をしていただけるのか、問うていきたいと思っています」

時には報道が現場のリソースを圧迫する。その報道は本当に社会のためになるのか?

時事通信

コロナ禍において、専門家はメディアにどのような報道を望むのか。

「記者会見に来る前に『こういう記事にしよう』と決めこまないでほしい」
「速報することで社会に混乱を広げるニュースの出稿に慎重であってほしい」
「クリック目当てにセンセーショナルな見出しをつけるのをやめてほしい」

受け入れられないだろうと覚悟しつつも、武藤教授はこのように語る。

「専門家の発表では多くの人々に届かないので、報道機関と連携することは非常に大切ですし、これまでもとてもお世話になってきました。ただ、現在の報道機関の記事の出稿体制や収益のメカニズムは新型コロナの早期収束とは相性が悪いように思います」

分科会後、各社一斉に提言の内容が報道される。だが、紙面の都合等もあり、最低限の情報が記載されるだけのケースも少なくない。

会見では、通常、尾身茂分科会長が提言の背景にある経緯や押さえるべきポイントを強調して伝えるものの、そうした分科会メンバーの意図が正確に伝わっていないのが現状だ。

時事通信

前提として、報道機関は分科会の発表も批判的に吟味した上で、独立した立場から市民に資する情報を届けることが必要だ。

だが、現在の報道は感染症を収束させるという公益を踏まえた際に、本当に適切なものだと言えるのか。新型コロナウイルス感染症対策専門家分科会のメンバーの1人として、武藤教授は報道機関に問いを投げかける。

基本的対処方針諮問委員会や新型コロナウイルス対策専門家分科会で議論されていた具体的な数値や指標、そして緊急事態宣言について、まだ確定していない段階での速報が相次いだ。

こうした報道について、武藤教授は以下のように語る。

「指標など数字が絡むものなどは、政府が専門家だけでなく、都道府県など様々な関係者と慎重に協議し、丁寧に議論を進めているので、『こんなものが提案されるらしい』と事前に報じることはやめていただきたいというのが本音です」

「そもそも、急いで報じなくとも、数日後には正式に公表されるような情報ですよね。そうした情報を未確定の段階で競って報じることに意味はありますか?新型コロナの収束に役立ちますか?」

速報的に数値や指標、緊急事態宣言の発出の有無について報じることにより、何が起きているのか。

速報合戦に巻き込まれるたびに、現場には負荷がかかってきたという。

「最初に記事を書いた記者やその記者が所属する会社は気持ちが良いかもしれません。でも、あのようなニュースが流れるたび、他社から専門家にも問い合わせが殺到し、役所には議員からも質問がきて、官僚が説明の時間をとられる。報道が結果的に、対策にあたっている現場のリソースを圧迫している側面があります。ニュースに敏感に反応する市場や経済界にも悪影響が出ているかもしれない。みんなを疲弊させるだけではないでしょうか」

「社会全体で感染症を乗り越えるという公益性を考えたときに、あのような報道は公益に反すると思います。せめて、今だけはやめてほしい」

過度な速報合戦や、公表前の数値を報道することではなく、「厄介な新型コロナの特徴や臨床検査の限界、医療従事者の疲弊、複雑な医療制度、振り回される経済界など、社会の色々なところがつながっていることや人々の連帯を壊すことがないことにも慮って、わかりやすく伝えることに心を砕いてほしい」。

それが、コロナ禍の今、専門家がメディアに望む報道のあり方だ。

「いま必要なものは近視眼的な速報ではなく、幅広い視野をもった解説だと思うんです。いかに、的確にポイントを掴み、誰もがわかるように伝えるか。早く打つことではなく、そこを考えていただきたいと思います」

メディア業界でも適切な報道を模索する取り組みが

日本新聞協会

公益に資することは重要だが、同時にメディアは政治や行政が必要な情報を適切に公表しているのか、監視する役割も持っている。

メディアの役割を果たすため、時にフォーカスするポイントは専門家とは食い違う。

日本新聞協会と日本民間放送連盟は5月21日、「新型コロナウイルス感染症の差別・偏見問題に関する共同声明」を発表した。

これは感染者や医療従事者、エッセンシャルワーカーへの差別や偏見が大きな問題となる中で、取材や報道に何が求められているのか専門家と意見交換を行った上で公表されたものだ。

声明の中で両協会は、「こうした差別・偏見、中傷は決して許されない」とし、「今後より一層、差別・偏見 がなくなるような報道を心がけたい」としている。

今、業界の垣根を超えて差別や偏見などにつながらない個人情報の公表や報道のあり方を模索する取り組みが始まろうとしている。

センセーショナリズムや過度な速報合戦に陥ることなく、必要な情報を届けることができるのか。報道のあり方が今、問い直されている。

Contact Yuto Chiba at yuto.chiba@buzzfeed.com.

Got a confidential tip? Submit it here