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刑事罰は「見せ球」? 新型コロナめぐる混乱は「政治の過失」と社会学者が言う理由

罰則ありきの議論に感染症の専門家などから懸念の声が上がる中、国会での議論が進む。「こうした議論は平時に慎重に行うべき」と警鐘を鳴らす社会学者の西田亮介さんに話を聞いた。

新型コロナウイルス感染症への対策として、営業時間の短縮命令に応じない事業者に過料を科すことを可能とする新型インフルエンザ等特別措置法改正案と、入院を拒否した感染者に1年以下の懲役または100万円以下の罰金を科すことを可能とする感染症法改正案が議論の的となっている。

罰則ありきの議論に感染症の専門家などから懸念の声が上がり、感染症法の懲役刑については、与野党が削除する方向で合意した。

コロナ危機の社会学 感染したのはウイルスか不安か』の著者で、社会学者の西田亮介さんは「こうした議論は平時に慎重に行うべき」と警鐘を鳴らす。

※取材は1月25日午後。その後、与野党協議の結果を補足している。

社会学者が抱く懸念とは

法改正に向けた動きが加速する事態に、西田さんは「十分な議論がなされないままに、また既存の感染症法や特措法の選択肢があるにもかかわらず、強制力を持つ措置が導入され、人々もまたこれまでの感染症対策の丁寧な議論に逆行する強制的措置や自由の制限に、不安の渦中でなんとなく賛成していく図式に強い懸念を覚えます」と苦言を呈す。

「そもそも強制力が必要な出来事が、どの程度生じているのか。例えば入院の勧告を無視するような実態がどの程度あるのかという、法改正の必要性の有無を論じるための前提となるデータが共有されていません」

「何らかの強制力を持った措置が必要だという主張については、野党も共産党を除くと概ね肯定の立場です。刑事罰の導入についてはわかりませんが、特措法や感染症法を改正し、強制力を持った措置を可能にするという政府の提案はこのまま通過する可能性があると考えています」

不安と不満、分断が浮き彫りに

日本ではハンセン病やHIVに対する差別や偏見が広がった過去の教訓をもとに、感染症法が成立した。

我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。(感染症法前文より)

新型インフルエンザ特措法第5条にも同様のことが書かれている。西田さんは、現在の議論が「これまでの感染症関連の法整備の流れと全く逆のトレンド」と指摘する。

しかし、NHKが実施した世論調査では、86%が「個人の自由の制限は許される」と回答するなど世論もこうした政治の流れを後押ししている状態だ。

背景には「人々の強い不安感と現状に対する不満、そして分断がある」と分析する。

「日本はこれまで、数多くの自然災害を経験してきました。ですが、発災当初が最も悪い状態で、そこから線形に復旧していく自然災害と感染症の危機はかなり異なります。第1波、第2波、第3波と3つの感染拡大を経験する中で、状況が良くなったり、悪くなったりするのを長期間経験する、しかも終わりが見えないというのは未曾有の出来事で、この事自体が大変ストレスフルです。そのため、国民が強い不安感を覚えることは想像に難しくありません」

「政権は感染症の収束が第一であると言いながら、オリンピックであったりGo Toキャンペーンであったり、経済政策など別の問題に関心を示しているように見えます。いいかげん何とかしてくれと、政府が取り組むべき事項であるはずなのに収束の兆しが見えないことに対する強い不満もあるはずです」

「自粛など様々な感染症対策に既に十分協力してきたと感じている人たちの側には、対策に協力しない人たちのせいで現在の状況が生まれているという感覚もあるでしょう。分断です。そのため、個人の自由を制限するという時に、影響が及ぶのは自分以外の人たちであるはずであると考え、そのような措置を肯定するという現象が起きているのではないでしょうか」

刑事罰は「見せ球」?

懲役刑など刑事罰のあり方も争点のひとつだ。

西田さんは、入院拒否をした人に懲役を科すことの「妥当性は低い」「そのような条項が残ったまま法案が可決するのか疑問がある」と言う。

与野党は修正協議を続けており、1月28日には、入院拒否した感染者への懲役刑について、感染症法改正案から削除することで合意した。

「これは国会対策政治における見せ球なのかもしれません。野党にも国会での分かりやすい『成果』が必要です。『ありえない条文の修正を飲ませた』というのは典型例ですよね。迅速な成立に向けて、与野党の妥協のために、まずはありえない過剰な球を投げておきながら、野党の意見を踏まえて修正したとうことで華を持たせて、法案成立への落とし所を探っていく。実際、政府は国会審議の場で与野党の議論を積極的に行うという姿勢を公言しています。もし見せ球でないとするならば、刑事罰を含む罰則導入は正常な判断ではないと言えるでしょう」

西田さんは、感染対策を進める上で憲法が定める公共の福祉による制限が必要になることは「あり得る」と一定の理解を示しつつ、こうした議論は平時に慎重に行われるべきだと語る。

現在のように予断を許さぬ感染状況ではなく、終息か、せめて一定程度収束したタイミングで時間をかけて議論すべきとの考えだ。

「もしも、今回のような緊急事態宣言で不十分ということになれば、知事による外出自粛の全面的な要請や法的根拠は明確ではありませんが学校に対する休業要請など現在使っていないメニューを使うこともできる。拙速な法律改正の前に、まだできることは色々とあるはずなのに、なぜこのタイミングで強制力を持った措置の導入を急ぐのかという点に関しては大変疑問です」

5月以降、1月まで更新されなかった基本的対処方針。そこに見える課題とは…

昨年6月から10月にかけて国会は閉会していた。

議論すべきトピックが山積しているにもかかわらず、国会を閉会し、問題を先送りにしてきた点について、西田さんは「政治の道義上の過失とも言える」と批判する。

「本来は、医療提供体制や検査体制の拡充、特措法の改正にしても、本気で熟慮しながら導入を急ぐのなら臨時国会を開いてもよかったはずです。しかし、そういった対応はなされてきませんでした。政権の道義上の問題は看過できないと思います」

その上で、西田さんは基本的対処方針が更新されぬまま年が明けたことに疑問を呈した。

政府は昨年3月、「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を決定。

1度目の緊急事態宣言下の4〜5月に7回の改正を重ねたものの、夏の第2波のさなかにもアップデートはなし。今年1月7日の2度目の宣言に至るまで、改正されることはなかった。

「新型インフルエンザ等特措法の18条では、国民に対して状況分析や対処の全般的な方針などの大局を周知しながら対応に当たるという旨が明記されています。にも関わらず、基本的対処方針は5月末以降、手付かずのままでした」

「つまり、新型コロナの問題に対して政府がどのような大局観を持っているのか、国民に公式に説明がなされてこなかったということです。直感に反しますが、5月25日の状況認識のままで良かったというのであれば、そのことについて繰り返し説明がなされてもよかったでしょう」」

「大局観が示されないまま、その時々で思いつきにしか見えない政策を打っているようでは『政権が自分たちにとって都合の良いことだけをやっている』と見られてしまっても仕方がない状況だと言えますし、政府が感染収束後に実施するはずのGo To トラベルにあれだけ注力、固執したわけですから、経済再開にもっとも強い関心を持ってきたことの現れだと受け止める人がいたとしてもやむをえないでしょう」

「せめてもの救いは、内閣支持率の急落」

「支持率の低下は政権にボディーブローのように効いてくるのだと思います。実質的に秋までに選挙をしなければならない中で、国民に菅政権が支持されないとなれば、政権の自民党内での求心力自体が問われてきます」

「このまま選挙に突入すれば、自民党は議席を減らすことが見込まれます。そうした事態は、安倍政権のもとで選挙に勝ち続けてきた自民党議員からすれば不満でしょうし、とくに当選回数の浅い自民党議員にとっては同時にとても不安な状況でもあると思います。感染症対策と支持率が相関しながらジリ貧になるようであれば、自民党内からも改善や不満の強い声が出てくることでしょう」

〈西田亮介〉 社会学者、東京工業大学准教授。博士(政策・メディア)。専門は公共政策の社会学。著書に『コロナ危機の社会学 感染したのはウイルスか不安か』『無業社会 働くことができない若者たちの未来』『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』など。