伝説のAV女優・黒木香を演じて――『全裸監督』で見いだされた若手女優は何を見たのか?

    Netflixによって制作された『全裸監督』は、80年代の日本を舞台に“放送禁止のパイオニア”村西とおるの半生を描いた作品だ。山田孝之演じる村西がブリーフ1枚にカメラを背負い、性行為をしながらAVを撮影する。そんな村西に食らいつくのが、森田望智演じる佐原恵美。後の黒木香だ

    美術を学ぶためにイタリア留学を夢見る女子大生。上品な佇まいの彼女は、白いタートルネックがよく似合う。しかし、ベッドの上では全く違う表情を見せる。

    一世を風靡した伝説のAV女優、黒木香。バスローブを脱いだ姿に見る者は圧倒された。

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    Netflixによって制作された『全裸監督』は、80年代の日本を舞台に“放送禁止のパイオニア”村西とおるの半生を描いた作品だ。山田孝之演じる村西がブリーフ1枚にカメラを背負い、性行為をしながらAVを撮影する。そんな村西に食らいつくのが、森田望智演じる佐原恵美。後の黒木香だ。

    BuzzFeed

    黒木は村西に見いだされ、1986年『SMぽいの好き』でデビューを果たし、一世を風靡した伝説のAV女優となった。

    「当初は、撮影の日が心配でたまらなかった」と森田は語る。カメラの前ですべてをさらけ出すのは覚悟が必要だ。彼女は、『全裸監督』に出演して、何を見、感じたのだろうか。

    私は、そういうことをする女性を見たことがなかった

    山田孝之が演じる村西とおる。自分で男優として撮影に挑むスタイルは型破りだった。

    黒木香には普通ではない点がいくつもある。「わたくし」という一人称に「〜でございます」という語尾を使う。いびつさを感じるゆっくりとした話し方も目を引く。そして何よりもインパクトを与えたのは、両脇に携える黒い茂みだ。

    多くの女性は、まるでそこに体毛など存在していないかのように手入れをし、白い肌を覗かせる。だから、黒木が脇を見せるとギョッとしてしまう。

    恵美は「イタリアへ留学に行く資金を自分で稼ぎたい」と、村西の事務所にやってきた。親からの呪縛や扶養から抜け出し、自立したいと思っていたのかもしれない。

    劇中でも恵美は村西の商売敵に「それは剃った方がいい」と言われる。すると途端に軽蔑の表情を浮かべて拒み、憤る。普通、処理されるものなのに、彼女にとって重要な存在なのだ。もちろん、森田にも脇毛は生えていなかった。

    「チーム村西」の面々。満島真之介、玉山鉄二、柄本時生らが脇を固める。

    「オーディションの時は、黒のマジックで脇を黒く塗って演技をしたんです。自分にとっては大きなチャンス。絶対受かりたいと思っていたので。それが監督の中で印象的だったようです」

    「でも、どうして黒木さんは脇毛を生やしているのか、よくわからなくって……。アダルトビデオ業界に飛び込んだ気持ちも、わかるけどわからない……私にはできないと思う行動をとるので『どうしようかな』と悩みました」

    「エロは金になる」。法律の間をかいくぐるヤクザは國村隼が演じる。

    森田が生まれたのは1996年。80年代の空気感、社会における女性の立ち位置、そして何よりアダルトビデオ自体も遠い存在だった。

    それ故、当初は本作の見所でもある『SMぽいの好き』の濡れ場シーンの撮影は身構えた。男女が拮抗する様が描かれたアダルトビデオとして、世間にショックを与えた”問題作”だったからだ。

    「首を絞めて」「もっと欲しい」と黒木は臆すことなく絶叫し、食らいつき、主導権を握る。疲れ果てた村西を無視して、自慰行為をしながらセックスを誘う。女性の社会進出もままならない時代、この作品は伝説となった。

    「大事なシーンだとわかっていたし、作品自体がすごく過激なもの。女性が主導権を握って、自ら挑みかかったり……私は、そういうことをする女性を見たことがなかったので……脱ぐまであと2週間、1週間……みたいな。撮影が中止になればいいのにって。覚悟はしていましたが、そんなことを思った瞬間もありました」

    絶対にいい作品にしたいという気持ちと、恥じらいや不安とが混ざっていた。おそらく後者が大きかった。でも、ベッドの上で性欲を貪る演技からはこの葛藤は想像できない。完全に開眼しているのだ。

    迷いを払拭したのは、武監督や山田孝之といった現場の力だ。

    「武監督が本当にひきこんでくださるんです。恵美の動きを監督自身が実演して指導してくださって。監督自ら体をはってくださって……恥ずかしいとか、そんなこと言ってる場合じゃない。自分がアホらしく思えてしまった」

    どう立ち回れば臨場感が伝わるのか、規制内にとどめられるのか、まるでアクション映画のような指導がなされた。また、村西とおるを演じた山田孝之にも胸を衝かれた。

    メイキングショット。メガホンをとった武正晴監督による演技指導。

    「山田さんに対面すると、自然と感情が動く。まるでその時に生まれたかのような言葉を発すんです。『生まれたての赤ん坊のように』というアドリブがすっと出てくる。普段の山田さんなら、言わないであろう村西とおるさんとしての言葉でした」

    濡れ場のシーンは、最小限の人数で10時間かけて撮影された。カットをかけずに長回しで、シーンが進む。目の前にいる山田は台本にない言葉を矢継ぎ早に投げてくる。予想していなかった台詞が体にあたると、自分でも考えられないような言葉や表情が生まれた。

    Netflix

    「カットがかけられないから、永遠に言葉が生まれてきた。村西とおると恵美のやりとりが自然と生まれてしまった。あのシーンを演じて、恵美の気持ちはこの瞬間に動いたんだろうなってわかったんです。だから、考えすぎず、その場に任せて。自分であって、自分ではなくなった瞬間でした」

    「その場にただ生きていた」

    森田は、撮影現場をそう振り返る。

    「黒澤明だとか山田洋次と比較しても負けない」

    村西の前に立ちはだかる武井警部はリリー・フランキーが演じる。

    自身の変化について聞くと、森田は少し間をおいて「……きっと、私は一種の偏見を持っていたんだと思います」と話し始めた。

    「実際の黒木香さんは表現の場としてこの世界を選んだ。アダルトビデオが本当に好きで、モノづくりがしたい気持ちだけで飛び込んだ。私と全く同じ。場所は違えど、同じ気持ちで私は今ここにいる。自分と全然遠くないって気がついたんですね。そこから気後れしなくなりました」

    村西とおる自身、自分の作品は映画に劣らないと自負している。

    やっぱり感動にはレベル、ラベルはないからね。黒澤明で感動した、山田洋次で感動した、村西とおるの作品で感動した、興奮したと。それはさ、アダルトというレベルを剝がしても、甲乙つけがたい、やっぱり村西監督のほうがいいという自負はあるんですね。だから僕は黒澤明だとか山田洋次と比較しても負けない、おととい来いですよ。

    ──本橋 信宏著『全裸監督 村西とおる伝』/ 太田出版


    『全裸監督』には、恵美以外にもAV女優が登場する。彼女たちの存在も森田にとって大きな影響を与えた。

    「もしかしたら、事情があってその場にいる方もいらっしゃるかもしれないけれど、みなさん、アダルトビデオの良い作品を作りたくてその仕事を選んでいる。偏見というか、自分と同じことをしていると気づいた時、強い衝撃を受けました」

    「私は今、女優として映像作品を作らせてもらっています。世の中には、ケーキ屋さんだったり、建築だったり、モノづくりの仕事がたくさんある。みなさんそれぞれ仕事に誇りを持っていて……、そういう世界のひとつにアダルトビデオがある」

    その世界を切り開いたのが、黒木香だった。

    黒木香が脇毛を生やしている理由

    「私は、自由を手にして主張するヴァギナになったんです」

    これは、劇中でも発せられる恵美の台詞だ。『SMぽいの好き』で、村西を食い尽くしたように、彼女は知性と狂気を武器に時代の寵児になった。論客と議論を交わし、脇毛を誇らしく披露し、お茶の間を沸かせた。

    小雪が恵美(黒木香)の母親役を演じる。

    親の理想のままに厳しく育てられた物静かな女子大生は、アダルトビデオに出演することで自由を手に入れた。

    物語の終盤では、覚醒した恵美が黒木香としてテレビ出演する様子が描かれる。森田にとっては、性行為とは違う衝撃があった。

    「黒木さんがバラエティ番組で話す姿をはじめてみたとき……強烈なインパクトがあったんです。喋り方、声のトーン、間、内容も仕草も独特で、どれか1つでも欠けてしまったら違うように感じた。監督には、黒木香さんのモノマネをしなくていいと言われていたんですけれど……話し方はとにかく大事だと思っていて……なるべく近づけるようにと思いました」

    なぜ、話し方にこだわったのか? 森田の中に黒木香が生まれていたからだ。

    「黒木さんがバラエティ番組に出られている姿って、彼女の表面だと思うんですね。隙がなくて、異質で、凛としている。それってこう見えたい、こうありたいっていう塊。でも、きっと彼女なりに葛藤や悩みはきっとあった。誰かに愛されたいとか、本当の自分でいたいだけなのに、とか」

    当初は理解できなかった黒木の気持ちが、わかってきた。それは、黒い茂み――脇毛についての台詞に結びつく。バラエティ番組のシーンで、脇毛を生やしている理由を聞かれるシーンは、森田の提案が反映されているのだ。

    「日本には恥じらいの文化がございますけれども、それに縛られる必要はございませんのです。女性からセックスを欲してもいいと思っております。エロスとは性への欲望でございます。私のテーマは愛でございます。愛とは自然の受容でございます。ですから脇毛を生やしているのも私の主張のひとつなのでございます」

    ──Netflix オリジナルシリーズ『全裸監督』より


    「黒木さんの言葉で『愛とは自然の受容』というものがあるんです。私はこれがすべてだと思っているんですね。その話を監督にしたら『劇中で、恵美が脇毛を生やしている理由は言ってなかったね』と言ってくださって、この台詞ができました」

    「黒木さんの言葉って、一瞬『え?』と思ったりもするんですけれど、すごく真実を捉えている。私は『え?』と思う自分にすごくショックを受けたんです。それが一番の衝撃でした。常識というものは、積み重ねた秩序の中で生まれてしまったもので、もともとあった概念ではない。そういうものに囚われてしまっている……今もすごく多いなって。黒木香という人は、そういった束縛をどんどん覆していった。80年代に」

    ありのままの自分で、ありのままに生きる。それが自由であり、愛なのだ。

    モザイクで隠すものなど、何もない。

    ある女が、ひとつの作品で、覚醒した。



    STORY:
    会社は倒産、妻に浮気され絶望のどん底にいた村西(山田孝之)はアダルトビデオに勝機を見出し仲間のトシ(満島真之介)、川田(玉山鉄二)らとともに殴り込む。一躍業界の風雲児となるが、商売敵の妨害で絶体絶命の窮地に立たされる村西たち。そこへ。厳格な母の元で本来の自分を押し込めていた女子大生の恵美(森田望智)が現れる。ふたりの運命的な出会いは、社会の常識を根底からひっくり返していくのだった―。

    Netflixオリジナルシリーズ『全裸監督』
    総監督:武正晴
    監督:河合勇人、内田英治
    出演:山田孝之 満島真之介 森田望智 柄本時生 伊藤沙莉 冨手麻妙 後藤剛範 ・吉田鋼太郎 板尾創路 余 貴美子 / 小雪 國村隼 /玉山鉄二 リリー・フランキー 石橋凌
    原作:本橋信宏「全裸監督 村西とおる伝」(太田出版)
    脚本:山田能龍、内田英治、仁志光佑、山田佳奈
    美術監督:中西梨花 音楽:岩崎太整
    撮影:山本英夫 美術:清水剛 照明:小野晃
    録音:竹内久史 衣装デザイナー:小川久美子
    配信:2019年8月8日(木)、Netflixにて全世界独占配信
    【Netflix作品ページ】https://www.netflix.com/全裸監督

    バズフィード・ジャパン スタッフライター

    Contact Yui Kashima at yuuuuuiiiiikashima@gmail.com.

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